最終章「その先で咲く笑顔」




 目を開ければ俺は真っ暗な世界にいた。光なんてない。先なんて見えない。そう思っていると足元が微かに光を放ち、俺はそこへ視線を落とす。もう何度見ただろう。足の下にはビデオフィルムの道があった。

 俺はそれを見下ろし小さくため息を吐いた。

 ここで俺は不意に疑問を浮かべた。俺はここで何をしているんだろうと。

 足元を見て道の伸びている方向を見ればそれは後方のみ。ここで立ち止まっていたところでどうにもならないので、俺は振り返り、続いている道を進んだ。

 先は長く、終わりは見えない。いつ終わるのかわからない道を進んでいく。後ろでは今来た道がパラパラと崩れて消えていく音が聞こえる。俺は一歩、また一歩と進む。だいぶ進んだわりに終わりが見えてこない。

 いや、そんなことより。俺は一体何をしているのだろうか。どこへ向かっているのだろうか。俺は何のために歩いているのだろうか。記憶がどんどんあやふやになっていく。


「――神代くん」


 突然女の声が遠くに聞こえた。聞いたことのある声。けれどそれが誰の声なのかすぐに思い出せない。

 そんな中、前方に光が見えた。俺はその光に導かれるようにしてそこへと向かって歩いていった。



     *



「神代くん」


 女の声が上から降ってきて俺は目を覚ます。視界に映るのは自分の腕と机。そして俺の前に立つ人影。誰だろうと思い目線を上に持っていけば立っていたのは時宮だった。


「……ん。時宮?」


 俺が名前を呼べば微笑みを添えられた「おはよう」が降り注ぐ。


「薫、遅れるよ」


 不意に教室の入口から他の女子が叫ぶ。


「うん、今行く」


 時宮は顔だけをそちらへ向け、短く返すと再度俺を見下ろした。


「もうすぐ式始まるから。行こう? 遅れちゃうよ?」

「ああ、うん」


 彼女の言葉に返事をして机に伏せていた上体を起こす。教室に残っているのは俺と時宮の二人だけだった。


「あ、そうだ」


 入口に向かっていた時宮が突然声を上げて立ち止まる。赤みがかった髪を揺らし俺の方へと振り返った彼女は口角を上げて笑みを浮かべる。真っ直ぐな瞳が俺を見つめる。


「夏休みの花火大会、一緒に行かない?」


 薄紅色の唇が誘いの言葉を告げる。


「いい、けど……」


 花火大会の日、特に予定のなかった俺は無意識にそう答えていた。


「楽しみのしてるね」


 時宮は満面の笑みを浮かべて教室を出て行く。特に仲がいいわけでもない、ただのクラスメイト。そんな俺を誘って彼女は楽しいのだろうか。

 俺も席を立ち、その後を追って教室を出た。



     *



 二〇一七年七月二十六日。花火大会の日。俺は待ち合わせた、神社下の十字路へと向かった。待ち合わせ時間よりも五分ほど早く来たそこに時宮はおらず、俺は彼女が来るのを待った。

 待ち合わせ時間を少し過ぎた頃、下駄の音が近づいた。


「神代くん、遅れてごめんね」


 かけられた声に顔を上げるとこちらへと駆けてくる時宮がいた。

 紺色の中に赤い金魚が描かれた浴衣に赤色の帯を締めた時宮は普段と違い、髪を高い位置で一つにまとめ上げていた。


「大丈夫。さっき来たところだから」

「そっか。よかった」


 少し乱れた呼吸の中、そう言って小さく微笑む時宮は学校でのイメージと少し違った。

 クラスでは思ったことを遠慮せずに言うことで特に女子からはあまり良く思われていないようだった。けれどそれはイコール素直ということでもあり、それは言葉だけではなく表情も同じようだ。


「ねえねえ、屋台見て回ろう」


 笑顔のまま神社に向かっていく時宮。俺はその後を追いかけて隣に並んだ。


「何か食べる?」

「食べる」

「何がいい?」

「んー。あ、りんご飴」

「じゃあ、あそこの屋台見てみよ」


 俺が少し先に見える屋台を指さして告げると時宮は「うん」と素直に頷いた。

 屋台に歩み寄れば台の上には大きいりんご飴と小さいりんご飴があり、時宮は小さいりんご飴を買っていた。

 りんご飴を片手に人混みから離れ、通路の隅で立ち止まる。

 表面の飴が薄くなったところで時宮がりんごに噛みつく。身を削るシャリっという音に微かに飴の割れる音が重なった。そっという間にりんご飴はなくなり、りんごの刺してあった割り箸をゴミ箱に捨てるとまた二人で歩き出す。

 一周してきた俺たちはその足で砂浜へと向かった。

 花火を見るなら砂浜がいいと言ったのは俺だから、俺が時宮を連れていく。


「こことかどう?」

「え、意外。全然人いないんだね」

「穴場なんだ。ここだと花火が綺麗に見えるよ」

「へえ」


 俺の説明に声を漏らすと時宮は穿いていた下駄を脱ぎ、堤防に腰かけた。


「おいで」


 そう時宮に呼ばれ、彼女の隣に俺は腰を下ろした。


「毎年ここで見てるの?」


 唐突に尋ねられ「あ、うん」と答えると時宮は俺の顔を覗き込んできた。 


「来年もここ来ていい?」

「うん、別にいいよ。俺ん家の土地じゃないし」


 俺が苦笑しながら答えると「確かに」と笑い、時宮は海を眺めた。


「やっぱりやめた」

「え?」

「来年も一緒に来よう? 花火見に」


 満面の笑みで時宮が告げた直後、空に花火が上がった。

 俺は時宮の顔を見つめ「うん」と頷いた。

 その後二人で見た花火は、人生で一番綺麗な気がした。








END

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何度目かの夏休みにきみは笑った。 成田 真澄 @narita-masumi

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