第十九話 宇宙は鉄壁!ボウエイジャーよ永遠に

 宇宙最強の戦士、デスガルム総司令はボウエイジャーとの戦いに敗れた。


 劣勢を挽回するべく、総司令は最後に巨大化してせめてもの反撃を試みたが、これもボウエイジャーが操縦するカラフルな超巨大ロボ「テッペキカンペキボウエイキング」によって撃破された。

 カラフルな超巨大ロボが長い剣を振り回すと、斬りつけられたデスガルム総司令は普段以上にド派手な火花を散らし、仰向けに地面に倒れた。

 一秒ほど遅れて大爆発が起こり、木っ端みじんに四散するデスガルム総司令。


 戦いに勝利した巨大ロボは悠然と後ろを振り返り、一体誰に見せつけているのか、立ち上る爆炎をバックに剣を振り回すと、重々しい決めポーズを取ってみせた。


 ひとつも、勝てなかった――


 その無様な敗北の様子を、戦闘員Aはテレパシー通信によってボウエイジャー秘密基地の中で聞いていた。

 デスガルム総司令が倒されるとのほぼ同時に、宇宙空間に停泊していたデスガルム親衛隊の母船の各所で一斉に爆発が起こった。ものの二十秒足らずで船体は真っ二つに割れ、船全体が赤黒い炎に包まれると、そのまま木っ端微塵になった。おそらくマグゴリア連隊長が最後の出撃前に、船体の各所に爆弾を仕掛けていったものと思われた。


 デスガルム親衛隊の三人の連隊長たちも最終決戦に出撃し、ボウエイジャーに倒されて全員が戦死した。その中には、裏切り者のマグゴリア連隊長も含まれていた。


 世界最強のデスガルム親衛隊の撃破という、普通に考えたら絶対にありえない離れ業は、マグゴリア連隊長の存在がなければ到底成し遂げることはできなかったはずだ。彼はデスガルム軍の中枢にあって軍事機密をボウエイジャー側に流し続け、最後は出撃するデスガルム総司令のエネルギーコーティングに不純物を混入させるという謀略工作を成功させた。

 彼は間違いなくこの戦いにおける最大の功労者であり、戦後は莫大な報酬を受け取ってしかるべき立場であったが、その最後はあっけないものだった。


 あらかじめ、万代博士とマグゴリア連隊長との間には密約があった。

 マグゴリア連隊長がデスガルム総司令を罠にかけて送り出したら、彼はデスガルム総司令に付き添う形で出撃するが、それに応戦するボウエイジャーは手加減をする。そして総司令が敗北したら、その混乱にまぎれてこっそり戦線を離脱し、秘密基地で合流するというものだ。

 しかし、手加減して戦ってくれるはずのボウエイステルスは、火を噴くような激しい攻撃で容赦なくマグゴリアの持つ武器を吹き飛ばした。そして突進して瞬時に懐に入ると、手にした剣であっさりと彼を切り刻んでしまった。

 マグゴリア連隊長は死に際に驚愕と怒りの恨み言を口にしようとしたが、それを言い始める前にボウエイステルスが止めを刺して口を封じた。


 結局のところ、デスガルム親衛隊は最後までボウエイジャーとの戦いを一切デスガルム星には報告しないままで終わってしまった。デスガルム星の本国からしてみたら、宇宙最強と呼ばれていたデスガルム親衛隊が、ある日突然、全く何の予兆もなく謎の消滅を遂げたということになる。


 地球上でその様子をテレパシー通信で聞いていた戦闘員Aは、万代博士に首を掴まれ仰向けに地面に押さえつけられたまま、天井の一点をただぼんやりと眺めていた。ヘルメットの内側のモニターにリアルタイム生死確認システムを表示させると、先ほどまで生存の緑マークが並んでいた親衛隊員名簿が、死亡を示す赤色に一瞬でパタパタと変わっていく。

 そして名簿が全て赤に染まり、たった一人、戦闘員Aの欄だけがその中でポツンと緑色に輝いていた。


 ――全てが、終わった。

 しばらく、戦闘員Aは動かなかった。


 昨日まで自分が普通に勤務していた母船と同僚たちが、自分以外の全員、突然きれいさっぱり消滅したのである。

 なんだかその事実があまりにも現実離れしすぎていて、怒りとか悲しみとかよりも、まず「何なんだろうこれは?」という夢の中のようなフワフワとした現実感の無さが彼を包んでいた。


「話しかけても、いいか?」


 万代博士が遠慮がちにテレパシーを送ってきた。

 戦闘員Aは、いいと答えたが視線も体も動かさず、ただ何もない空中をぼんやりと見つめ続けている。万代博士は構わず続ける事にした。

「先ほどの取引の話だ。お前にやって欲しいことがある」


 万代博士は、戦闘員Aの首を地面に押さえつけている手の力を少しだけ緩めた。

「お前も見ての通り、我々はお前がいたデスガルム親衛隊を完全に撃破した。

 だが、これは我々が何年も前から計画を練って、デスガルム親衛隊の内部にマグゴリアなどの内通者を何人も送り込み、謀略で内部から少しずつ崩していく事ができたから何とか成功したことだ。世界最強のデスガルム星が我々にとって、できれば戦いたくない強大な敵である事に変わりはない。

 遠征部隊であるデスガルム親衛隊は消滅したが、デスガルム本国にはまだ、それに匹敵する戦力を持つ国土防衛部隊が健在だ。ボウエイジャーが、果たして今回と同じように国土防衛部隊を倒せるかと言われると、倒せる確率は高いとはいえ、倒すにしてもボウエイジャーも無傷では済まないと思っている」


 戦闘員Aは顔も動かさず、ずっと上を見たままで呟いた。

「それで、私に何をしろと言うのだ」


 万代博士は静かに告げた。

「本国に帰って、今回のデスガルム親衛隊の消滅は、マグゴリア連隊長の突然の反乱による自滅だったと報告して欲しい」

「それに何の意味がある?」

「今回の親衛隊の消滅をマグゴリアの反乱という事にしておけば、我々十二星連合とボウエイジャーは、デスガルム星と敵対関係にはならない。デスガルム国土防衛隊が、我々十二星連合を敵とみなして報復のために攻撃を仕掛けてくるのは厄介だ。お前との取引でそれを防げるなら、それは我々にとってはメリットだ」


 戦闘員Aは万代博士の言葉を鼻で笑った。

「復讐を恐れるくらいなら、最初から戦争など仕掛けなければいい」


 万代博士は、戦闘員Aの憎まれ口は無視して続けた。

「それにデスガルム星にしてみても、親衛隊はマグゴリアの反乱で壊滅したことにしておいた方が、色々と都合がいいはずだ。

 世界最強のデスガルム親衛隊が、まさか地球の原住民との戦いに敗れて全滅したとか、十二星連合が開発した新兵器に敗れたとか、もしそんな事が国際社会に知られてしまったら、それこそ星の運命を左右する大問題だ。

 そうなると、強大な軍事力をバックにしているデスガルム星の国際外交は格段に難しくなる。惑星リノベーションビジネスの上でも、今までならデスガルムの名前を聞いただけで降伏してきたような奴らもそう簡単には屈服しなくなるだろうし、ブランド力の低下で星の売却契約も買い叩かれるだろう。

 今回の件はマグゴリアの反乱という事にしておいた方が、我々にとっても、デスガルム星にとっても一番メリットが大きいのだ。それにデスガルム星の威信低下は各国のパワーバランスを崩すことにつながり、世界中に無益な戦争を誘発しかねない」


 戦闘員Aはしばらく考え込んだ。確かに、他国に敗れたという事実は、世界最強の軍事国家を自他共に任じているデスガルム星にとっては致命的なマイナスになりかねない。だが、万代博士にとってこの取引に何のメリットがあるのか。


「各国のパワーバランスが崩れるだと? だったらお前たちが新たな世界の覇者として、これから『鉄壁戦隊ボウエイジャー』を使って世界を牛耳ればいいだけの話ではないか。それを望んでいるからこそ、何十年もかけてこんな戦隊を作ったのだろう」


 戦闘員Aの問いに、万代博士はしれっと答える。

「それも一つの選択肢だが、我々はそれを選びたくないのだ。何しろ戦争にはコストがかかる。自分の所に戦争が回ってくることはできるだけ避けたい」

「勝手だな。世界最強の軍事力は持ちたいが、世界最強の称号についてくる当然の責務は負いたくないと」


 そう言われて万代博士は怒りもしない。むしろ微笑を浮かべながら平然と言い放った。

「ああ、確かに勝手な話だな。我々ヤブロコフ星と十二星連合に加盟する星たちは、経済的には豊かだが、軍事力はどこも貧弱だ。これまでは強力な軍事国家に対して屈辱的な外交を強いられ、莫大な富を不当に吸い上げられてきた。

 そんな奴隷のような地位を脱出して、自分達の力で貿易の安全を確保したいという切なる願いから、我々十二星連合はボウエイジャーという最強の軍事力を開発したのだ。だが、かといって戦争に巻き込まれて余計な戦争のコストを背負うのはごめんだ。我々は別に、世界の覇者になりたいわけではない。ただ自分たちの富を守りたいだけなんだ」


 すると戦闘員Aは、真面目そのものの口調で言った。

「だったら、十二星連合とデスガルム星で同盟を結んで、ボウエイジャーの技術を我々に供与してくれないか。我々ならボウエイジャーの軍事力を完璧に使いこなして、世界の警察役を立派にこなしてみせる。それが軍事国家デスガルムの真骨頂だ」


 その言葉に万代博士はいきなり大声で笑い出し、戦闘員Aの首根っこを押さえていた手を離した。

「自軍は全滅し、左手を失って首を押さえつけられて、次の瞬間には殺されても不思議じゃない状態で、よくもまぁそんな図々しい事を平然と言えたもんだな、戦闘員」


 そして立ち上がると戦闘員Aに手を差し出した。

「やっぱり私は、お前を買っているよ。大したもんだ」


 戦闘員Aは上体を起こしながら博士に毒づいた。

「何を言っている。どうせ、今までさんざん便利に使い倒してきたマグゴリアが、だんだん厄介になってきただけだろう。

 忠実で便利な手駒だと思っていたら、デスガルム星を倒せる可能性が見えてきたあたりから奴が調子に乗り始めて、結局は手に負えなくなったとかそんなところじゃないのか? 単にお前は、私をマグゴリアの代わりの内通者にしようと思っているだけだ」

 博士は一瞬、意表を突かれたような顔をして動きを止めたが、下手に言い訳すると逆に信頼を失うとでも思ったのか、開き直るようにして言った。

「わはははは。さすがだな戦闘員。まあ当たらずとも遠からずだ。だが、お前とデスガルム軍にとっても、これは悪い取引ではないだろう?」


 戦闘員Aは、軽くため息をついて言った。

「まあ、そうだな」


 戦闘員Aは博士の手をつかんで立ち上がろうとして左手を伸ばし、そこで肘から先が無くなっていることに気付いた。

 そして、博士の手は借りずに自力で立ち上がると、「しかし、もし私がこの取引を破って事実を公表したらどう……」という所まで言いかけて、戦闘員Aはテレパシーを飲み込んだ。


 もし戦闘員Aがこの事実を他言したら、十二星連合はデスガルム親衛隊の無様な負けぶりを堂々と世界に公表するだけの事だ。

 十二星連合の側にも、できればデスガルム星と事を構えたくないという思惑はある。だが、それでも彼らはこの戦いの勝者である。今回の戦いの真相を秘密にしておく事で圧倒的にメリットが大きいのは、負けたデスガルム軍の方であろう。

 だからこそ、敵である戦闘員Aに取引を持ちかけても、断られる事も裏切られる事も絶対にないという目算があって、博士は自信満々に取引を提案してきているのだ。

「察しが良くて助かるよ。やはり取引相手とするならお前が一番だと、誘拐された時からそう思っていた」


 戦闘員Aは言った。

「博士、あんた、性格悪いな」


 万代博士こと大富豪フエキ=イオニバス氏は、むしろそれが自分の誇りであるとでも言いたげに胸を張ると、「よく言われる」と答えて笑った。


「戦闘員、いっそお前、本国に帰って報告を済ませたら、デスガルム軍を辞めて我が社に入らないか? 我がイオニバス社は多国籍企業で、社員の出身や出自は問わない。お前さえ良ければ、それなりのポストは用意する」


 しかし戦闘員Aは冷たく答えた。

「うるさい。取引には応じるが、私は今回の戦いを通じて、お前たちのやり方、実力、背後関係、全て知った。知ったからには次は負けん。絶対に我が軍を立て直して、それでお前を倒しに行く。今回、私を殺さずにこうやって取引の道具にした事、必ず後悔させてやるからな。覚えておけ」


 その挑戦的なセリフを、万代博士はなぜか嬉しそうに、不敵な笑みを浮かべながら鼻であしらった。

「ああ。楽しみにしている。ただ、取引はきっちりやれよ」


「取引は心配するな。約束したことはきちんと実行するし、秘密も守る。だが、取引が終わればお前と私は敵同士だ。せいぜい、自分の首を心配しておくことだ。

 デスガルム星をなめるなよ。いつか必ず、お前のその人を見下した嫌らしい顔に、絶望の表情を浮かべさせてやるからな」


 万代博士を指さしてそう宣言し、「次に会う時は逆の立場だ」と言い残すと、戦闘員Aは腰に巻いた瞬間物質転送装置を作動させた。目標はデスガルム星首都。

 万代博士ことフエキ=イオニバス氏は、そんな不遜な戦闘員Aの態度に腹をたてるどころか、満足げに自信満々な笑みを浮かべながら、転送されていく戦闘員Aに手を振って見送っていた。


 本国に帰還した戦闘員Aはその後、親衛隊唯一の生き残りとして本国に今回の顛末を詳細に報告した。

 マグゴリア連隊長の反乱により、親衛隊があっけなく壊滅したこと。デスガルム総司令は卑劣な罠にはまり、本来の実力を発揮することなく非業の死を遂げたこと。ボウエイジャーとの屈辱的な戦いは、戦闘員Aの胸の中だけにしまい込まれた。


 そして戦闘員Aはすぐさま、今回の事件を知るただ一人の経験者として、その教訓をデスガルム軍全体に浸透させることに心血を注いだ。

 たった一人の連隊長の裏切りと反乱により、世界最強の軍隊があっけなく壊滅したのは単なる偶然ではない。その背景には、宇宙最強の座に長年君臨し、連戦連勝を続けたことによる油断と慢心、そして何よりも組織の硬直化がある。


 戦闘員Aはその点を理路整然と軍上層部に問題提起し、軍制改革の必要性を強く主張した。宇宙最強のデスガルム親衛隊の壊滅という大事件の衝撃は大きく、軍上層部も彼の主張に耳を傾けざるを得なかった。

 デスガルム軍の軍制改革は、古くからの利権にしがみつく守旧派の頑強な抵抗を受けており、一筋縄では進みそうにない。それでも、戦闘員Aの粘り強い説得と丁寧な根回しによって、少しずつだが理解が進み、味方をしてくれる人々も徐々に増えつつある。


 戦闘員Aは、新しい親衛隊の結成に向けた再編成委員会が発足すると、委員会のメンバーになれるよう軍内で立ち回った。そして、旧親衛隊の実態を知る貴重な経験者として、委員の一人として選出された。

 また、彼はそれまでは生活が不便になることを嫌って、今以上の強化改造手術を自分の体に加えることを敬遠していたのだが、現在の彼にもはや躊躇はない。


「カイジンに、なります。それもとびきり強力な、連隊長クラスの戦闘力を有するように徹底的に改造してください。一切後悔はしません」


 それは戦闘員Aにとって、大変な苦痛とその後の生活における犠牲を伴うものだったが、彼の心は晴れ晴れとしていた。体の不自由より、心の不自由の方がよっぽど苦しい。

 こうして、戦闘員Aの新たなる孤独な戦いが、いま始まった。


(おわり)

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戦闘員Aの憂鬱 白蔵 盈太(Nirone) @Via_Nirone7

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