Third contact~異世界再訪

 ティアナがこちらの世界に来てから数日が経った。

 あれから幾度となく試行錯誤を繰り返しているのだが、どの方法でも異世界に渡ることは出来なかった。

 個室の中で二人で立ったり、俺やティアナが便座に座ったり、二人で漫画を読んでみたりしたが、どうにも上手くいかない。

 異世界に行ったあの日が夢なのではないかと思いたいが、ティアナの存在がそれを否定している。


「参ったな、これでもダメか…」

「…あの、アクル様」


 ティアナがいくらか逡巡したあと、俺に一つの提案をした。


「一緒に…座ってみるというのは、どうでしょう…?」

「一緒に?」

「はい。実は――」


 そう切り出したティアナは、昨日きのうの晩、夢を見たのだと話す。

 その内容は聞いた覚えのあるもので、先日俺も見た夢と似たようなものだった。


「だけど、一緒に座るって言ってもなぁ…あ、椅子でも持ってくればいいか」

「い、いえ、それには及びません…」


 そう言ってティアナは俺を座らせ、「し、失礼します」と言いながら俺の膝の上に座った。


「えっと…ティアナさん、これは…」

「と、共に坐せよということは一緒になって座れということでしょうから、椅子を用意して別々に座るのはきっと違うと思うのです!ですが、トイレの便座は普通の椅子とは違い中央に穴があり分けて座るのは大変でしょうから、僭越せんえつながらアクル様のお膝の上に、その…あうぅ……」


 勢いよく喋り出してはいたがやはり羞恥が勝ったのか、真っ赤になった顔を手で覆い隠してしまったティアナ。


「ティアナ…」


 断りたいのは山々だが、ティアナは自身が恥を搔くことを承知でこれを提案し実行したのだ。

 この思いを無礙むげには出来ないだろう。

 うん、仕方ない。

 仕方ないから、この柔らかな感触と温もりある重みを楽しもう。


「あの…重くない、ですか…?」

「え!?あ、全然!むしろ軽いぐらいだよ!」

「ありがとうございます、安心いたしました…」


 そこで会話が途切れてしまう。


 き、気まずい……

 一人で転移した時は10~20分ほど籠っていた為、少なくともそれぐらいの時間はここままでいなければいけない。

 漫画だ、漫画を読もう…


 ……―――


 沈黙が場を支配する。

 空間に流れるのは、ページをめくる音のみ。

 正直、漫画の内容が頭に入ってこない。

 そんな空気に耐え切れず、口を開こうとした瞬間――


 ――――カチッ


 突如、締めていたトイレの鍵がいたのだ。

 ちゃんと締まっていなかったのか、外から開けられたのか、はたまた勝手に開いたのか…

 人的か霊的かの違いはあれど、後者二つは完全にホラーである。


「外に、出てみるか…」


 俺はティアナを後ろに庇いながら、恐る恐るドアを開ける。


 ドアを開けた先には、大きな窓。

 壁は白亜の様な白色はくしょくで、白の大理石調の床には、金色の装飾が施された赤い絨毯じゅうたんが左右に長々と続いている。

 その余りにも華やかな内装に、前回訪れた場所ではないということをまざまざと突き付けられた。


「あちゃあ…また知らないところかよ…」

「いえ、わたくしは存じております」

「まじ?」

「えぇ。ここは、ベイス城…――私が生まれ育った故郷、ベイスの王城です」






「貴君が我が娘を救ったこと、真に感謝する」


 俺はティアナとトイレから出たあと、見回りをしていた兵に見つかりあわや捕縛されるところだったが、ティアナが事情を説明し事無きを得た。

 兵を通じて王に姫の無事が伝えられると、俺達は急ぎ謁見の間へと連れられ、今に至る。


「娘の命の恩人とあらば、盛大な歓迎と褒美を遣わさねばな。貴君はどこの生まれかね」

「あぁ、えっと…」


 しまった。何て言えばいいのか…


「お父様、アクル様はこちらとは異なる世界の方なのです」

「なんと…アクル殿は異世界渡航者トラベラーであったか」

「とらべらー…?」


 俺はいつだかのティアナの様な返しをする。


「アクル様の様な異なる世界を行き来できる方々のことです。ここ最近はお見掛けしませんが、以前はこの国にも数名いらっしゃったと聞いています」

「ほうほう」


 どうやら、この世界は異世界への耐性があるらしい。

 まあ、トイレを使った異世界渡航なんて俺ぐらいなんだろうけど。


異世界渡航者トラベラーなら、娘の相手としても遜色はないな」


 ん?いま王様なんて言いました?


「どうだろうかアクル殿、我が娘ティアナを貰ってやってはくれぬだろうか」

「…はい?」

「異世界の技術は魅力的だ。貴君が着ている服を見ても、こちらのものとは大きく違うことが見受けられる。この機会に、貴君とは明確な繋がりを持っておきたい」


 俺を利用したいってはっきり言っちゃったよこの人!

 普通は、こう…オブラートに包むもんなんじゃないの!?


「と、言うのは建前でな…」


 王は娘であるティアナを一瞥する。

 ティアナは何のことかと首を傾げていた。


「恐らく、娘は貴君のことを気に入っておる」


 王の一言で、隣に立っていたティアナは一瞬で顔を赤くした。


「お、おおお父様!い、いきなり何をおっしゃるのですか!?」


 普段は落ち着き払っているティアナだが、今は両手をぶんぶん振って慌てふためいている。

 王様なんか「だろ?」みたいな顔でこっち見てるし。


 そして気づいてみれば、客間が埋まっていることを理由に、俺はティアナと同じ部屋で寝泊まりすることになったのだった。



 …おかしくね?





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トイレで異世界行っといれ! むつらぼし @kakira0202

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