Second contact~異世界交流

「お姫様…だと…?」

「ええ、そうです」


 俺は目の前にいる美少女――ティアナから事の顛末てんまつを聞いていた。


 ティアナことティアナ・オ・ルー=ベイスは、俺が転移した先の街であるテリオットほか幾つかの街を有する国である“ベイス”を治めている王の娘、つまり一国の姫なのだそうだ。

 そんなお姫様は、数日前にお忍びで城下町を散策していたところをさらわれたのだという。

 お忍びの為、護衛は幼馴染でもあるベイスの騎士団長一人のみだったらしく、多勢に無勢でティアナを人質に取られてしまい、手も足も出せなかったみたいだ。

 ティアナを攫った奴らはどうやら奴隷商だったようで、ティアナを遠くの国の富豪に高額で売り払うのだと息巻いていたらしい。

 しかし幸運な―奴隷商からしてみたら不運な―ことに、馬車の不調を直す為にテリオットに立ち寄らざるを得なくなった。

 まだ自国の領土内であるから、街には検問が張られているはず。

 これで助かったとティアナは思ったそうだが、あろうことか門番は奴隷商から賄賂を貰っていたようで、ティアナが助けられることはなかった。


「まさか門番が金で簡単に見過ごすとはなぁ…」

「国の騎士団とは違って、彼らは街の自警団の所属ですから、その…」

「国に対する忠誠が低い、か?」

「はい…お恥ずかしながら……」


 そう言って、ティアナは顔をうつむかせる。


「まあそれで、馬車が修理中で外に出させられていた隙に逃げ出したと」

「はい、おっしゃる通りです」

「そのあと、偶然俺と遭遇したんだな?」

「はい。アクル様に助けていただき、感謝の言葉もありません」

「あぁ、その…なんだ…様付けはめてくれないか…?」

「ご迷惑…でしょうか…?」

「あぁ、いや、迷惑ってほどじゃないんだけど…」

「でしたら、是非アクル様と呼ばせてください!」

「あぁ、うん、わかった…」


 そんなに目をうるうるさせられると、どうにも断れないよなぁ…


「とりあえず、姉ちゃんが帰ってくるまでにはまだ時間あるし…ひとまずシャワーでも浴びてもらうか」

「しゃわー…?」


 ティアナはシャワーが分からないらしく、こてんと首をかしげる。

 正直無茶苦茶可愛いです、ありがとうございます。

 てか、あんな現代っぽいトイレがあるのに、シャワーはないんだな。

 俺はティアナを風呂場まで案内し、お湯の出し方やボディーソープの使い方など順を追って説明してゆく。

 ティアナは説明する度に目を輝かせながら驚き、可愛らしいリアクションで楽しませてくれる。ここが天国か。

 最後に着替えとタオルを持たせ、俺は脱衣所のドアを閉めた。


 ちなみに手枷と首輪は、トイレから出た時に勝手に外れていた。

 何故外れたのかは分からないが、外す手間が省けたので良しとしよう。


 さて、今の時間は午後3時。

 姉ちゃんが帰ってくるまで、まだ5時間ぐらいあるな。

 ティアナがシャワーから上がったらまずは服を買いに行って、適当なビジネスホテルでも探してそこに匿って…

 異世界への行き方は明日あしたにでも探そう。

 よし、緻密に組まれた完璧なプランだ!


 ――ガチャ


「ただいま~」


 俺の完璧なプランは早くも崩れ去った。


「お、おおお、おかえり姉ちゃん!きょ、っきょきょ、今日は早いんだね!」

「もう、今日はランチだけだから早く帰るって言ったでしょ?」

「あ、あぁ、そ、そうだったねぇ!あはは~…」


 やっべぇ、忘れてた…

 どうしよ…まじでどうしよ…


「変なあく。あれ?誰かお風呂入ってんの?」

「え!?あ、ああお風呂ね!えっと…そう!と、友達!友達が来ててさ!」

「ふーん。友達ねぇ…」

「そうそう、友達…」


 そう言っていぶかしむ俺の姉ちゃん。

 友達が風呂に入ってても、別におかしくはないはずだ…!


「でも、玄関にはあくの靴しかなかったけど?」

「え?あ、そうだね、靴ね!いやぁ、隠して驚かそうかなぁ、とか…」

「…ふふーん、お姉ちゃんわかっちゃったぞぉ~」


 一体、何が分かったって言うんだ…

 もしや、トイレが異世界と繋がってることを知ってて…!


「彼女でしょ?」

「…へ?」


 予想の斜め上を行く解答だった。


「そうかそうか、あくにもとうとう彼女が出来たかぁ。これはもうお姉ちゃんが貰ってあげる以外ないと思ってたけど、ちゃんとヤることヤってたのね」


 何か“ヤ”の部分が物凄く引っかかる言い方だったけど、気にしない方向で行こう…


「そうとなったらご挨拶しなきゃね」


 そう言って姉ちゃんは脱衣所のドアに手を掛ける。


「ちょ、ストーーップ!」

「ちょっと、何すんのよ」

「何すんのはこっちのセリフじゃ!何しれっと入ろうとしてんの!?」

「別に女同士なんだからいいじゃない。それとも男なの?」

「いや、女の子だけど!これにはちょっと事情が――」

「あのぅ…アクル様…」


 俺が姉ちゃんと言い争っていると、向こうから脱衣所のドアが開けられた。

 そこにいるのは、お風呂上がりで髪が濡れ、色っぽさが増したティアナ。

 着替えとして渡した俺のジャージを、下着をつけることなく直に着ている。

 普通に着ていれば、ただのジャージを着ているお風呂上がりの女の子に見えていたことだろう。

 そう、普通に着ていれば、だが。


「上着の前の部分を留めるには、どうしたらいのでしょうか…?」


 向こうの世界にはチャックがないのだろう。

 留めずにはだけているジャージを恥ずかしそうに片手で抑えている。

 だがその隙間を縫うように、ティアナの白く透き通るような肌が、おへそが、そして形のいいおっぱいが顔を覗かせている。

 裸ジャージ万歳!

 惜しむらくはズボンを穿いているところか…


「…あく?お姉ちゃん、ちょっとお話があるんだけど、いいよね?」

「アッハイ」


 お姉ちゃんいるの忘れてました。






「つまり、うちのトイレが異世界と繋がってて、そのは異世界から連れてきちゃったお姫様、って言いたいのね?」

「はい、左様でございます…」

「…はぁぁ…」


 俺の話を聞いて、姉ちゃん――御手洗みたらしくるるは大きな溜息をいた。


「やっぱり、こんなこと信じ――」

「信じるわよ」

「え…?」

あくるが言ってるんだもの、信じるに決まってるでしょ」

「姉ちゃん…」

「まずは服ね。それから少し狭いと思うけど、向こうの世界に戻れるまでの間はうちに泊まってなさい。少なくとも、明は当分いるからね」

「はい!ありがとうございます、クルル様…!」


 思っていたよりもすんなりとティアナを受け入れてくれた。

 俺のたった一人の肉親が、こんなに理解のある人で良かったと本気で思う。


「うふふ…どんなお洋服を着させてあげようかしら…」


 どうしよう、不安でいっぱいだ。




 それからの時間、姉ちゃんに連れられたティアナは、見事なまでの着せ替え人形と化していた。

 服を買うための服から始まり、カジュアル系、キレイ系、セレブ系、お姉系、ボーイッシュ系、ガーリッシュ系、コンサバ、モード、裏原、フェミニン、etc.。

 ありとあらゆるファッション系統を試し、気に入ったものを買い占めていった。

 俺の金で。

 あぁ…俺の給料がぁ…


「あの、アクル様…」

「ん?どうした?」


 姉ちゃんが俺のクレジットカードで会計を済ませている間、ティアナが申し訳なさそうな顔で話しかけてきた。


「申し訳ありません、わたくしなどの為にこのような沢山のお洋服を…」

「…ティアナ」

「はい?」

「そういう時は素直にお礼を言った方が、男は喜ぶぞ」

「…はい。たくさんのお洋服をお恵み下さりありがとうございます、アクル様!」


 そう言って晴れやかな笑顔を向けてくるティアナ。

 あぁ!この笑顔の為なら、お兄さんいくらでもお金払っちゃうぞー!

 そんな気分になるぐらいの素敵な笑顔だった。


「あら、なら毎日私の笑顔を見てる明は大変な出費ね」


 どうやら声に出てしまっていたようだ。

 ふと隣を見ると、「お金は取りませんよ」とにこやかな顔したプリンセスがいた。ええ子やなー。


 その、靴だの帽子だの小物だのを購入し、ついでに晩御飯を済ませて帰路に就いた。

 ティアナから見たこちらの世界は驚きの連続で疲れているだろうから、当初の予定通り、異世界への帰還方法の模索は翌日に持ち越すことにした。

 成り行きとはいえ、こちらの世界に連れてきてしまった責任はある。

 俺の有休全てを返上してでも元の世界に返してやらねばと心に誓い、俺は眠りに就いた。










 俺は夢を見ている。

 夢を見ているという自覚はあるものの、目の前は真っ暗だし、体を動かせるわけでもない。

 その虚無にも似た空間で、不意に声が響いた。


 ――なんじ孤室こむろにて流離さすら遊子ゆうしよ――


 女性のような凛とした声が聞こえる。

 遊子?俺のこと…なのか…?


 ――なんじ孤室こむろにて流離さすら遊子ゆうし

   ものせんとすればとも

   らばたびかなわん――


 その声と共に夢は終わり、俺は深い眠りに就いた。





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