桜の追憶

達見ゆう

桜の追憶

「うわあ、すごい賑やか。」

 私はサッカーファンだ。昨夜はアウェイでサンフレッチェ広島戦を観戦して一泊した。

 二日目の今日は一人旅でもあり、新幹線の時間もまだまだあったので、花見で賑やかな平和記念公園を訪れたのであった。桜は満開でこの光景はとても美しい。

 しかし、ここは仮にも原爆が落ちた所。目の前の人達はかつてそんな事があったとはお構い無しに飲んで騒いでいるように見える。

 数十年も経つとこんなになってしまうのだろうか。

「その顔だとよそ者だね。」

 不意に後ろから声がして振り替えると和装の渋い老人が佇んでいた。髪はきれいな銀髪、大きなほくろが目の下にある。

「はい、昨日サッカー観戦をして今日は観光です。」

「そうか、そうか、まあ、まずは飲みなさい。」

 そういうと、老人は缶ビールを差し出す。私は戸惑いつつも受け取った。

「え、でもお代は?」

「いいんだよ、わしが貰った差し入れだ。わしがどうしようと問題ない。さ、まずは乾杯だ。」

 あっという間に乾杯させられて飲んでしまう。なんだか、お調子者というか飄々としているというか、ペースに巻き込まれている。

「うん、やはりプレミアムビールはうまいな。年々質が良くなっているね。」

「おじいさん、さっきはなんで私がよそ者とわかったのですか?」

 先ほどから気になっていた疑問をぶつけてみる。

「この公園でしんみりしていたり、渋い顔をしていればわかる。8月はともかく、花見の時期にそういう顔をしているのは大抵、原爆資料館を見て出た観光客と決まっている。

 あ、それからわしはおじいさんではない。吉村というんじゃ。」

 吉村と名乗った老人は飄々とビールを飲む。

「だって、ここは数十年前に原爆が落ちて沢山の人が苦しんで、亡くなって…そんな悲しい場所なのに、なんで何も無かったように花見でどんちゃん騒ぎできるのかなって。こんなことでいいのかって。」

「お前さんは真面目だねえ。ここで眠っている人達も365日辛気臭くされると辛いんじゃよ。たまにこうして賑やかに花見して、ばか騒ぎする日があっていい。」

「そんなこと、ここに眠っている人は本当に思ってるのでしょうか…。」

 私はまだ釈然とせずに食い下がる。

「そんなもんじゃよ、地元民は慣れているものじゃ。さ、つまみもあるから食べなさい。」

 そう言って吉村老人は柿の種を差し出してくる。

「あ、ども。やはりお代は払いま…。」

「いいって、いいって。わしが貰った差し入れなんだから。ああ、何だったら乾きものだけじゃなく唐揚げもあるぞ。」

「は、はあ。」

 本当にこの老人のペースに乗せられている。地元民は慣れている、ねえ。


「だけど、お前さんの言うことにも一理あるな。」

 吉村老人はビールを飲み終えて一息ついたのか、独り言をつぶやくように言った。

「え?」

「何十年も経っているからね。こないだは原爆ドーム前で、中学生がピースして自撮り棒で撮影していたよ。『ふぇーすぶっく』がどうとか言ってたが、あそこは自己顕示欲を満たす場所ではない。」

「…。」

「折り鶴が奉納されている所にも女性達が数人で撮影していたな。『カラフルだから“いんすた”映えするね。』なんて言っていた。由来をちょっとでも知っていれば、そんなことはできないはずじゃ。」

「吉村さん…。」

「大事なのは正しく知って、忘れないことじゃ。最近また物騒な気配がするが、過ちは繰り返すな。苦しむのはわしらだけでいい。」

 え?『わしらだけ』?何を言っているのだろう、この人は。

 問いかけようとした時、不意に後ろから怒鳴り声がして遮られてしまった。

「こらっ!陰膳を勝手に食べるんじゃない!」

 え?か、陰膳?って確か死者へのお供えで、えーと、い、いや、これは貰った物だ。

「ち、違います。これは吉村のおじいさんにいただいた物です。そうですよね、吉村さん。」

 慌てて同意を求めようと振り返ったら、吉村老人は居なくなっていた。ええ?まさか逃げられた?

 おろおろしている私とは対称的に、怒鳴りつけてきたおじさんは神妙な顔になった。

「吉村?その人、もしや着物姿で銀髪で、目の下にほくろが無かったか?」

 それだ!その老人だ、なんだ知り合いなのか。良かった、誤解は解けそうだ。

「そうです、その人です。知り合いですか?」

 おじさんはちょっと困った顔になったが、意を決したように語りだした。

「知り合いも何も、その人は私の祖父だ。」

 一瞬、何を言っているかわからなかった。

「え?でも年齢が合わない…。」

「72年前の8月6日に商売で広島に来て行方不明となった。」

「え…。」

「それから、親父から弔いを引き継いで8月6日以外にも花見の季節に、陰膳を置いて一緒に花見をしているんだ。たまに祖父に会う人がいるが、今年はあんただったのか。祖父はどんな話をしていたか教えてもらえんか?」

「はい、是非とも!」


 桜が美しい公園を見渡しながら、私は先ほどの老人の言葉を思い返していた。幽霊だったはずなのに不思議と怖くはなかった。

「忘れない、その言葉大事にします。そして、見守ってくださいね。」

 私は心の中でそっとつぶやいた。






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桜の追憶 達見ゆう @tatsumi-12

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