追憶のルニア

達見ゆう

追憶のルニア

「ここが朱鷺山ときやま町か…。」

 バス停を降りた私は独り言をつぶやきながら、周りを見渡した。

 特に何も特徴の無い町、山と海が見える田舎町。

「おじいちゃんはここで生まれ育ったから、何か手がかりがあるのかもしれない。」

 うちのおじいちゃんが認知症を患いだし、施設へ入ったのは半年前。お見舞いに行っているが、ヘルパーさんからおじいちゃんがルニアとつぶやいていると聞かされたのは先月のことだ。

 確かにお見舞いの時に気をつけていると「…ルニア…」と小さな声でつぶやいている。

「おじいちゃん、ルニアって何?誰かの名前?」と尋ねても夢の世界に行っているおじいちゃんには通じない。

 ヘルパーさんに尋ねても、この施設にはルニアなんて人はいないし、何のことかわからないという。

 家に帰って家族に聞いたが、皆ヘルパーさんと同じ反応だった。ネットで検索してもさっぱり出てこない。学校の英語の先生や現国の先生に尋ねても空振りだった。

「認知症というのは、最近の記憶はないが、昔の記憶はハッキリ覚えているものだ。もしかしたら、おじいちゃんが生まれ育った朱鷺山ときやま町に何かあるのかもな。」

 父のその一言で、ルニアの謎に凝り固まっていた私は朱鷺山ときやま町へ出かけることにした。


「まずは図書館かな。」

 私は図書館へ向かった。バス停から徒歩10分くらいだからすぐに着くだろう。図書館の郷土資料になにかあるのかもしれない。


「収穫ゼロ、役場に行こう。」

 役場なら、伝説とか名所にまつわる何かがあるかもしれない。


「ここもダメか、まだまだぁ!」

 バス会社とか、タクシーの人に聞いてみよう。もしかしたら、施設の名前だったのかも。


「ううう、全滅。」

 歩き回って足が棒になった私は休憩して喫茶店のコーヒーを飲んでいた。田舎町とはいうが、マックもドトールもないほど田舎とは思わなかった。高校生には喫茶店のコーヒー700円はなかなか痛い出費だ。

 田舎の喫茶店だから、年配の人ばかりだ。もしかしたら、お年寄りならば何かを知っているのかも。

 ダメ元で、おしゃべりしているおばあさん達に話しかけることにした。

「すみません、この町に“ルニア”という言葉に関するものはありますか?」

「あらあ、懐かしい名前ね。」

「知っているんですか!!」

 思わぬ反応に声を荒げてしまった。

「まあ、大きな声ね。ルニアというのはね、私が子供のころにあった喫茶店の名前よ。よっちゃん、あったわよね、ルニア。」

「ええ、あったわ。懐かしいねえ。」

「喫茶店…。」

 私は復唱した。喫茶店の名前だったのか。おばあさんの見た目から判断してもおじいちゃんが住んでいた時期にあったのだろうなと推測できる。

「そこのマスター夫婦の奥さんの名前から取った店の名前で、奥さんもルニアと言ったのよ。金髪だったからアメリカ人だったのかしらね、よっちゃん。」

「イギリス人かフランス人かもしれないけど、外人さんはみんなまぶしく見えた年ごろだったからねえ。みっちゃん。」

「奥さんの名前…。」

「美人な奥さんだし、この田舎に金髪のアメリカ人だからもう、町中の男性の憧れの的で、みなコーヒー飲んでんだか、彼女見に行ってんだかわからないくらいだったわ。」

「あらあ、女の子たちから見てもお人形みたいで憧れだったわよぉ。」

「そうね、みっちゃん。確かに町のみんなの憧れであり、初恋の人とも言えるわね。」

「えっと、その、お店は今は無いのですか?マスター夫婦は?ルニアさんはどうしているのですか?」

 矢継ぎ早に私は質問を重ねる。

「そんなに慌てるんじゃないわよ。確かねえ、戦争が激しくなってアメリカが敵になったでしょ。いつの間にかお店をたたんで、夫婦は引っ越ししてしまったのよ。」

「そうそう、撃ちてし止まん鬼畜米英という時代だからね。だんだんルニアにも行きづらくなっちゃって。売上も落ちていただろうし、暮らしていけなかったのでしょうね。」

「…。」

 一気に謎が解けた。でも、なんだか切なくなってしまった。おばあさん達にお礼を言い、私は思いを巡らせていた。

「おじいちゃんの初恋であり、青春の思い出か…。」

 今度、おじいちゃんのお見舞いに行く時は少しはルニアの思い出話に付き合えそうだな、と感じながら帰路に着いた。


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追憶のルニア 達見ゆう @tatsumi-12

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