君の涙が目に沁みる

上ノ森 瞬

第1章 君の笑顔で目を奪われる

第1話

 まだ、夏というには少し肌寒い六月。

 日はすっかり暮れてしまい、神様が涙を流したのかと勘違いするぐらいの雨がぼたぼたと降っている。


 辺りは山で囲まれているが、山々が連なる隙間に目を向けると、高くそびえ立つビル群があり、無数の光を放っている。

 ビル群に背を向ければ、辺りは真っ暗であった。


 山で囲まれた場所の中心には学校の体育館ほどの広さの建物があり、その入り口には提灯の明かりが一つひっそりと辺りを照らしていた。

 建物の中から時折、人々のせせりなく声が聞こえる。


 その中にも、


 「この若さで・・・」


 「なんでこんなことに」


 「昨日までは・・・」


など、落胆した声や涙声も入り混じる。


 入り口に立てかけられた葬儀案内の看板には、庭崎家葬儀式場と書かれている。


 その看板を見ていた170cmの痩せ型の男、津滝 弾(つたき はずむ)はただただ呆然と見つめていた。

 後ろから、弾の肩を支えていた弾と同じぐらいの背格好をした男、葉賀 文一(はが ぶんいち)は周りに聞こえるか聞こえないかのすごく小さな声で


 「行くぞ」


と言って、弾の肩を少し押した。


 弾はがっくりとうなだれ今にも消えてしまいそうな声で


 「あぁ」


と言い、葬儀が執り行われる会場へと少しずつ少しずつ足を踏み入れた。

 会場の中へ入った弾と文一は受付の方へと向かった。


 数名が並んでいたので順番待ちをして、芳名帳に名前と住所を記載して、お香典を差し出し、二人とも小さくかすれた声で


 「この度はお悔やみ申し上げます」


と言った。


 その後、弾は文一に肩を手で支えられて、前から三列目の右側へと係の人に案内されたためそこに座った。

 二人とも無言でうつむき式が始まるのを待っていたが係の人の挨拶が始まるとともに二人はゆっくりと顔を前へと向けた。


 いつのまにか会場には人がぎっしりと入っていて、席に座れず立っているものもいた。


 しばらくたつと、読経が始まり、前の人から順番に焼香が始まった。

 すぐに二人の番になりゆっくりと二人は立ち上がる。

 弾は焦点が合わない目で少しよろつきながらも一歩づつ壇上へと向かう。

 慣れない手つきで焼香を行い、遺族への挨拶を済ませ、自分の席へと戻る。


 せせり泣く声があちこちから聞こえるが僧侶の読経にかき消される。

 弾は涙さえ流してはいないが、周りからはひどく焦燥しているように見えた。


 そして、最後のお別れが始まった。

 故人の顔はとても安らかな表情で、化粧で顔も綺麗に整えられていた。

 棺の前で涙を流す者や大きな涙声で振り切るように別れの言葉を言う者、故人の顔を見た瞬間にがっくりと膝から崩れ落ちる者など様々な人がいる。

 その中に弾と文一の姿もあった。

 文一は呆然と故人の顔を見て口をつむんではいたが、意識はしっかりとしているようだった。

 一方、弾は故人の顔を見た瞬間、目から大量の涙が溢れ、


 「唯加!唯加!本当にごめん!頼むから一人にしないでくれ!」


と叫び、棺に駆け寄る。

 最初は、周りの人も弾には視線を向けていなかったが、次第に大きくなる弾の声と棺を揺らし始める行動に危ないと感じたのか、男の人たち数人と文一は棺から引き離そうと弾の体を抱きかかえる。

 必死に泣きわめく姿は霊に取り憑かれた人間の成れの果てのようにも見えた。


 抵抗する力もなくなったのかがっくりとうなだれ、一人ぶつぶつと床に向かって喋る弾はそのまま抱えられて葬儀式場を後にした。

 文一は抱えて外に出すのを手伝ってくれた数人の男性にお礼を言うと、すぐさまスマートフォンを取り出してどこかに電話をかける。


 「あっ、すいません。・・・はい。・・・はい。そうですね。最悪の状況になってしまいました。・・・はい。はい。・・・よろしくお願いします」


 しばらくすると、式場の前に一台の軽自動車が止まり、中から一人の女性が現れた。

 津滝 楓(つたき かえで)。年齢は20歳。弾の実姉で弾とは3つ歳が離れている。

 小柄でかわいらしい人形のような見た目ではあるが、知り合いからは顔と性格があっていないと言われるほど芯がしっかりしていて、強気な一面を持っている。


 楓は文一に向かって、


 「ありがとう。あとは任せといて」


と言った。


 文一は弾の肩を組んで弾の足を引きずらせながらも弾を車に乗せ、


 「あとはお願いします」


と言って楓に頭を下げた。

 楓は頷き、車の運転席へと乗り込む。

 車に乗った弾は相変わらず焦点が合わず、一人どこかを見ながらぶつぶつと呟いていた。

 そして、ゆっくりと車は加速し始めて、ビル群の方へと走り始めた。

 文一の視界から車が消えたのを確認して、静かに呟く。


 「もし、自分だったら・・・。一体どうなっていたんだろう?」


 少しだけ、息を吸い込んで、文一は会場へと戻った。

 ぼたぼたと降っている雨は、まだ当分止みそうにない。

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君の涙が目に沁みる 上ノ森 瞬 @kaminomori_shun

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