放課後の空飛ぶ円盤

美木間

放課後の空飛ぶ円盤


 子どもの頃、富士山の見える町に住んでいたのだが、富士山の樹海に基地があるという噂は、わりと普通にささやかれていた。


 富士山を目指してUFOは来るのだとのことだったが、まあ、言われてみればそんなものかなと、子ども心に感じていた。


 そんなある日、小学三年か四年の頃だったか、同じクラスの男子の一人が、空飛ぶ円盤の出している信号音を聞く方法を伝授すると言い出した。


 お調子ものの男子の言うことだからと無視するのは簡単だったが、とんでもなくくだらないようなことでも、今のようにネットがない時代では、非日常的なそうしたことは、好奇心を刺激した。


 さらに、その男子は、中学生の兄さんから聞いたというので、だったらやってみようかということになった。

 

 放課後の校庭に、私は、クラスメイトの女子二人と様子を見にいった。


 男子は、「見てろ」と言って、いきなり鉄棒をつかむと、逆上がりをしだした。


 彼は、ぎんっ、と目を見開いたまま、ものすごい勢いで逆上がりをしている。


 私と女子二人の合わせて三人は、顔を見合わせて、どうしよう、と目くばせし合った。


 その日に限って、いつもその男子とつるんでいるクラスメイトたちは、塾や習い事でいなかった。


 連続十回以上逆上がりは続けられたと思う。


 男子は、鉄棒から離れると、富士山の方を向いて、両手のひらを両耳にきつく当てて、目を閉じた。


 しばらくそのままでいた男子は、かっと目を見開いて、「聞こえた!」と叫んだと思うと、ふらふらとよろけて地面にしりもちをついた。


「聞こえた、きーんって金属音がした、UFOが出してる信号音だ、昼間だから見えないけど、今、空を飛んでいったんだ」


 興奮気味に話す男子に、私と女子たちはどう答えてよいのかわからず、もじもじしながら後ずさった。


「おまえらも、やってみろよ」


 男子はしりもちをついたまま、逆上がりのしすぎなのか、空飛ぶ円盤の信号音でどこか器官を狂わされたのか、頭をぶるぶる振っている。


「ごめん、これからピアノのおけいこだから」

「お習字教室だったの忘れてた、ごめんね」


 女子二人は、そう告げると、そそくさと走り去ってしまった。


 私だけそこを立ち去る理由が思い浮かばず、足に根が生えたようになってしまった。


 残された私は、いつまでも頭を振っている男子の異様さに泣きそうだった。


 その場を逃れるには、とりあえず形だけでもやってみるしかないと心を決めて、私は鉄棒を握った。


 逆上がりは苦手だったので、どうにか三回回ったところで、男子のやったように富士山の方を見て耳に手を当てた。


 きーーーん


 金属をひっかくような音が耳の奥でうなった。


 逆上がりで、男子のように、三半規管がおかしくなっているのだろうとは思った。


 けれど、空飛ぶ円盤の存在を信じているのであれば、円盤からの信号音ともとれなくはなかった。


 いったい、この音は、何なのだろう……


 男子は、まだ、ぽかんとしてしりもちをついたままだった。

 

 その時、校庭に砂ぼこりを巻き上げながら、風が通りぬけていった。


 私は、その日スカートだったのを思い出した。


 スカートのまま逆上がりをしてしまったことに、にわかに恥ずかしさがこみあげてきて、そして怒りが湧いてきて、私は男子をそのままにして帰ってしまった。



 翌日、先に逃げ出した女子たちが、紙せっけんと匂い付消しゴムを持って私に話しかけてきた。


 だいじょうぶだったかとたずねる女子たちに、私は、自分もあの後すぐに帰ったと言った。


 空飛ぶ円盤の信号音らしきものが聞こえたとは、言わなかった。


 件の男子は、とくに変わったところもなく、けろっとしていた。


 昨日のことを話すでもなく、男子仲間とふざけ合っていた。



 その後、世間では、未確認飛行物体の話題がテレビなどで出ることはあったが、その時の男子も女子も、何ごともなかったかのように、放課後の出来事に触れることはなかった。


 私はといえば、低周波の金属的な響きが時折耳の奥で鳴るたびに、放課後の校庭で聞いたあの音が、空飛ぶ円盤の信号音だったのかどうか、知るすべはなかったのかなと、少し残念な気持ちを抱くようになったのだった。





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