ワトソン所長とホームズ助手

バッタ郎

第0話・

探偵とは皆が憧れる職業だ。男の夢。女のロマン。

誰しもが一度は思うのではないだろうか。

フィリップ・マーロウのようにタフに、刑事コロンボのように口達者で、 

エルキュール・ポアロのように紳士的で、金田一耕助のように温和で、


そして、


シャーロック・ホームズのように天才的な頭脳を持ちたいと。


かくいうこの私も例外ではなかった。

幼いころからアーサーコナンドイルの小説を読みふけり、

暇さえあれば、ホームズの真似をして推理をするような立派なシャーロキアンになっていた。そんなこともあって、探偵を自然と志すようになっていた。

そして今現在、私は憧れていたその探偵になることができた。

ただ一つ思い違いがあったとするとしたら、探偵になる夢は叶ったが、

現実には、そんなに怪事件は起こらないということだ。


【怪事件】

探偵事務所を開いて探偵を始めたはいいものの、現実にはどこぞの名探偵コ○ンがごとく、ピアノ線で人の首が飛んだりすることはないし、○田一少年の事件簿がごとく、第一話で怪人がでてきたりもしてない。

つまるところ、私は憧れていた『探偵』になることはできたものの、

本当に憧れていた『怪事件』に巡り合わないでいた。

これがどれだけつらいことか。推理をしない名探偵がどの世界にいようか。

推理小説で得た数々の知識をこれでもかと詰め込んだ脳みそは半ばお役御免になっている。

なぜなら、この事務所に舞い込んで来る依頼は消えた猫をさがしてほしいとか

夫の行動が怪しいから調査してくれとかそんな依頼しかこなかったのだ。


【助手】

そんな現実に落胆しつつも、探偵をし始めて数年が過ぎたある日、あることに気が付いた。助手がいないのである。探偵ものにつきものの助手が。私は納得した。

もしかして、助手がいないから事件がこないのでは?と。

そして試しに表に求人募集の張り紙をだしてみた。するとどうだろうか。

人っ子一人こなかった。さすがに自分で自分を哀れんだ。

何がいけなかったんだろうか?募集する人材にに助手と書いたせいだろうか。

それとも、我が探偵事務所の入るビルが九龍城クーロンじょうが如き古さを誇っているからだろうか。

理由は多すぎてわからないが、今日に至るまで助手はきていない。


【現在】

そして今現在、その助手に名乗りをあげてくれた勇敢な若者じょしこうせいが私の目の前に座っていた。うん?じょしこうせい?どういうことだ?


「おーい。もしもーし?」


私の想定ではワトソンのような助手がくるはずだったのだが。

何をトチくるってこのようなうら若き女性がきてしまったのか。


「すいませーん。きこえてますかー?」


そうだ。あれだ。きっとハイカラなカフェと勘違いしてしまったに違いない。

人間誰でも間違いはあるさ。そうとわかればさっさとご退場願おう。


「ここは喫茶店じゃ」

「あーーーーーーーーーーーーのっ!張り紙みたんですけどーーーー!」

「ヒィィィィィィィ!!!...え?」


大声をいきなり出したもんだからびっくりしてしまった。そんなことはいい。

彼女、いま何と言った?


「もしかして外の張り紙を見て?」

「そうです!それなのにあなたはずっと考え込んで、人の話を聞かないし!」

「それは本当に申し訳なかった。なにぶん女性と話すのは久しぶりなもので。」

「そんなんだからまったく依頼人が来ないんですよ!」


そりゃ悪かったなと心の中で悪態をつく。そしてあることに気が付く。


「ひとつきいてもいいかな?」

「大丈夫ですよ。」

「どうして依頼人が来てないってわかった?」


ひとつの疑問。彼女は『まったく』きてないと言い切った。

確かにうちはかなり寂れてる。ここ最近依頼人もきてない。

だが、なぜこの少女がそれを言い当てることができたのか。


「ひとつは雑誌です。」

「雑誌?」

「いま私が座ってるソファに雑誌がありました。

この部屋をみてみると他に依頼人が座れそうな場所はありませんでした。

普通の人なら依頼人と話すソファに雑誌なんて置きませんよ。」


確かに今少女が座ってるソファは依頼人と話すときに使うものだ。


「だが、それだけでは依頼人がしばらく来てないってわからないんじゃないか?」

「その雑誌に少しほこりがありました。この部屋の清潔さはそれなりですが、

雑誌についた埃からおおよそしばらくはきてないのではないかと推理しました。」


確かに1カ月前にソファにおいてからしばらくしてるから埃がついててもおかしくないだろう。

読者の方には説明したが、我が探偵事務所はおんぼろビルの一角に構えている。

少しほこりっぽくもある。けっして事務所が不衛生だったりするわけじゃない。

断じて掃除を怠っていたとかではない。


「なるほど。そういうことか。」

「そういうことです。」

「もう一つ聞いていい?」

「なんですか?」

「どうしてうちで働こうと思ったんだ?」


それを聞くと彼女は少し顔をそむけた。


「私、探偵に憧れていたんです。ホームズのような探偵に。子供のころからホームズのようになりたいなって。だけど現実は残酷でそんなのなれなくて。」


そう語る少女は、


「だけどここを見たらそんな夢も叶えられるんじゃないかなって...」


いつかの自分みたいに


「ダメですかね...」


愚直に、まっすぐに、夢をみていた。


「やっぱり、ダメですよね...わたしやっぱり帰りま」

「気に入った!」

「え?」

「ぜひはいってくれ!君のような人を待ってたんだ!」

「こんな理由でいいんですか?」


いつかの自分のような、まっすぐな。ワトソンのようではないが。

まだ輝きを持った、瞳をしている彼女を。


「そんな理由でいいんだ。そんな理由だからいいんだ。」


そしてふと気づく。

「そういえば名前を聞いてなかったな。君の名前は?」

「えっと...法野須宇です。」

「ほうのすう...ほーのす...ホームズ!」

「親がシャーロキアンでして...私もお名前を聞いてもいいですか?」

「あーそれが...」


今このタイミングで言いたくないのだが...


「和藤...尊」

「わとうそん...ワトソン!」


そう言うと彼女はにっこり笑った。


「ワトソン所長とホームズ助手...」

「まるで真逆ですね!」


この子は笑ってくれているが、割とショックである。


「それじゃこれからよろしく。ホームズくん。」

「よろしくお願いします!ワトソンさん!」

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ワトソン所長とホームズ助手 バッタ郎 @daikonsan

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