血と汗と涙、そして尿
@suzumetarou
プロローグ
「私と付き合いたいなら、私の血と汗と涙、そして尿を飲んでくれるのかしら」
それが四年間悩んだ挙句、告白に臨んだ山田太郎に吐き捨てられた無理難題だった。
場所は校舎裏。告白といえば、想起させられる定番中の定番であるスポットである。特別教室が多数設備されているその校舎裏は、とても辺ぴな場所でひと気は微塵もない。雑草が生い茂り、壊れた机や椅子など廃品もそこかしこに放置されている。もちろん、それは承知の上で山田太郎は告白という戦いをこの場で臨んだわけだが、たった今彼女の一言に玉砕されてしまった。
「どうするの? 私の血と汗と涙、そして尿を今ここで飲めるというの?」
その言葉を紡ぐ少女の名は、春風雪子。山田太郎の同級生にあたり、幼馴染でもあった。山田太郎曰く、とても愛くるしい顔つきで幼いながらも凛とした爽やかさを兼ね備える美しい女性だという。具体性のない太郎の説明に友人の一人は呆れていたが、誰の目にも春風雪子は可愛く映るほどの可愛さの持ち主であった。実を言えば、これまでの高校三年間、幾度も告白を受ける身であり、誰もが周知の美少女だったのだ。太郎の友人も既に当たって砕けた身、つまり告白は既にし終えていたのだが(無論断られている)、まさか太郎まで告白するとは思ってもいなかっただろう。
そして、当の本人は四年間悩んだ末、幼馴染だからなんやかんやで告白は了承されるだろうと軽薄な考えに至っていた。考えすぎると極論に行きついてしまうわけだ。だからこそ、二つ返事でイエスを貰えなかったことへの衝撃と、彼女の出す交換条件の絶望の相乗効果は凄まじかった。
「僕が……、雪子ちゃんの血、汗、涙、そして尿を飲めだって……?」
「そうね。それなら太郎の彼女になっても良いわ」
それこそ、太郎以外の男であれば二つ返事で了承していたかもしれない。もしくは、大半の男子は咄嗟に低俗な妄想をあれよこれよと増幅させ、思春期の欲望を今すぐにでも曝け出しただろう。
しかし、太郎は荒んだ大地に膝を折り、頭を垂れていた。額に数十滴の汗をも伝わせ、苦悶に表情を歪めていた。僕には無理だと、一言呟いた。
太郎は極度の潔癖症だった。雪子も当然把握している。
太郎の潔癖症が目に余るようになったのは高校に入ってからだった。これまで幼稚園から高校まで、二人は常にクラスは同じで互いの成長過程を見てきた。家も近隣で、登下校や休日出かける時にも顔を会わせることは度々あった。成長するにつれ、お互い絶妙な距離感を感じて徐々に気まずくなるわけでもなく、淡々とした関係を保っていた。
そんな中、雪子が異変に気がついたのは高校に入ってからだった。
些細な出来事かもしれないが、帰路の最中、空席がたくさんあっても太郎が座らなかったことに雪子は違和感を感じた。雪子が座席に座ろうにも、太郎は立ったままで話を続けるのだ。それまでは春帆の気にしすぎだと思われたが、ついにはつり革を持つ手にハンカチが握られていたのである。訊ねてみると、やはり雪子の勘は当たっていた。それからというのも、彼の所持品には身の潔癖を保つための道具が含まれている。
現に、太郎は膝を折り地面に屈してはいるものの、絶妙に地面に触れない程度に腰を上げ、手はズボンの腰にしがみ付いて堪えている。苦悶の表情と言うのも、無理な姿勢を維持していることが辛いのか、雪子の言葉に打ちのめされて辛いのか、計り知れない。恐らく、前者であって、太郎はズボンの裾を砂で汚したくなかったのだ。
「無理なのかしら……?」
再度、雪子は詰問する。
「む…………、無理じゃな……、無理……だ」
つまり、雪子から提示された条件は太郎にとって拒絶の意味合いに等しかった。
太郎は、ポケットに備えていたウェットティッシュで顔の汗を拭きながら下唇を噛みしめた。
「本当にそうしないと駄目なのかな……」
「付き合うというのならいずれ、そういう密接な関係にもなるでしょう。それも出来ないのなら結局は付き合っても、私たちの関係は終わるに決まっているわ」
確かにその通りだと太郎は悔しくも思ってしまった。
「それじゃあまた」
太郎は言い返すわけでもなく、ただ彼女の後姿を制汗剤を身体中にかけながら見つめるだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます