召喚士の便利屋

牛屋鈴子

財布事件

 部屋を出て、階段を降りる。木造の家にとんとんと足音が鳴る。


 窓の外を見れば、村の皆がせっせと働いていた。


「お兄ちゃん、休憩?」


 食卓に座っている妹が、読んでいた本を閉じてこちらに向いた。肩に掛かる髪に、窓から昼の陽が当たり、柔らかな雰囲気を放っている。


「ああ」


 短く返事した。口を動かすのが少し億劫だった。


「新しい魔法の発明。順調?」


 さわさわとした音が聞こえた。近くの森が風を受けているのだろう。


「……正直、行き詰まってる」


 僕も食卓に座り、目頭を押さえた。酷使されていた眼球が、じわじわと潤っていく。手先も、しばらく楽にしておきたい。


「うちにはまだ、お兄ちゃんのおかげで貯えがあるし、そんなにがつがつ働かなくてもいいんじゃない?」


 妹が、不安そうな顔で僕の顔を覗き込む。きっと、いつまでも消えない目の隈を見ているのだろう。


「その貯えは一時的な物だ。僕はまだ駆け出しだから。これからも定期的に新しい魔法を発明して、職業として安定させなければならないんだ。最も、お前のような穀潰しが居なければ、僕もここまで急ぎはしなかったが」


「ご、穀潰しって、酷い!私だって家事とかしてるのに!」


「家事くらい、僕にもできる。発明の合間にな。家事をしたいんなら、この村の誰かの嫁に行けばいい。お前ももう子供じゃないんだから」


 妹は不機嫌そうに頬を膨らませた。しかし、本当に不機嫌な時はあんな表情はしない。さっきの『穀潰し』という発言が、本気ではないと理解しているのだ。


 実際、すぐに妹はふぅっと頬の膨らみを吐き出した。


「お昼ご飯作るね。すぐ用意するから」


「ああ……頼むよ」


 妹は慣れた手付きで料理を始めた。よくできた妹だ。


 妹は、その内この家を出ていくだろう。寂しいながらも、兄としてそれを切に願っている。穀潰しなどとは思ってはいないが、出て行って欲しいというのは嘘ではない。


 その内、妹の料理の香りが食卓に漂い始めた。


 これを嗅ぐことも、そろそろ出来なくなるのかも知れないと思い、僕は目を閉じてその匂いを感じた。


 次に目を開けると、そこは見知らぬ石の部屋で、目の前で紺の水着を着た少女が土下座していた。



・・・・・・



 さて、君達の言語で自己紹介をさせてもらおう。


 僕は異世界の発明者。新しい魔法の発明に日夜勤しんでいる。君達の世界で言えば……デザイナー?アイディアマン?まぁ、とにかく発明者だ。


 しかし、読者諸君は、今、僕の目の前で土下座している水着少女の方が気になっているはずだ。


 土下座したまま一向に顔を上げようとしない少女に代わって、僕が紹介しよう。少女の名前は水上みなかみ 有彩ありさ。僕をこの世界に召喚した張本人だ。


 初めて僕がこの世界に召喚されたのは、半月ぐらい昔の話。極端に暇を持て余した少女は、適当に魔方陣を描く遊びに熱中。何枚も適当なそれっぽい物を書いていると、その内の一枚が高度な召喚魔法技術と偶然にも一致。読書中の僕は、彼女の目の前に呼び出された。


 彼女は適当な模様の上に、適当に文字を連ねただけだと言っていた。


 ちなみに僕の名前は『ア=イウ=エオ』。僕の世界では珍しくも何ともない名前だが、どうやらこちらの価値観だと、人に名付ける物としてはあまりに適当で雑な物らしい。


 そしてそれ以来、僕はこの少女に頻繫に召喚され、便利屋のように扱われている。


 自己紹介も終わった所で、部屋を見回して見る。こちらの世界の技術でできた石の壁……確かコンクリートと呼ぶのだったか、それの左右に無数の棚がくっついていた。棚のない壁は、下に30cm程の格子が空いていて、そこから雑草が見える。


 その棚の前で、僕に驚いている茶髪の少女が居た。この少女も、有彩と同じ水着を着ている。


「ひ、人が、紙から人が」


 茶髪の少女は俺を見ながら、うわ言のように呟いた。


 足元を見る。僕は、名前と術式が記されている僕の召喚に用いたであろう紙を踏んづけていた。魔方陣には、魔力の残光が微かに光っている。この紙から僕が現れた事が、この茶髪の少女にとっては驚愕すべき事態なのだろう。


「……おい有彩。どこだここは。状況を説明してくれ」


 目の前の土下座少女に話しかける。


「イウさん助けて!」


 有彩は僕の台詞を無視し、顔を勢い良く上げて、助けを懇願した。


 ああ、この少女のこの台詞を、何度聞いた事だろう。


「……状況を説明してくれ」


「財布が見つからないの!」


 有彩が僕の顔色を伺うように、そこで黙った。僕は状況を説明してくれと二回言ったはずだが。


「……ここはどこで、こいつは誰だ」


「助けてくれないの!?」


 有彩が涙目で叫ぶ。彼女はパニックになると、人の話を聞かなくなる。茶髪の少女も放心状態で、話を聞ける状態になさそうだ。僕は困った。


「だ、誰ですか」


 その時、後ろで扉を開く音がした。さっきの茶髪ではない。振り返ると、制服を着たおかっぱの少女が、僕を警戒した態度で立っていた。


「ここは女子更衣室です。男子禁制ですよ……?」


 ようやく僕に状況を説明してくれる人間が現れた。


 ここは女子更衣室。なるほど、だから二人共水着だったのか。壁に付いている棚も、制服で二つ埋まっている。さらによく見れば、二人共髪が湿っている。プールでひと泳ぎしてきたのだろう。


「僕の名前は『イウ』。君は?何でここに居る?」


 唯一、話が通じそうなおかっぱと会話を試みる。


「な、何でって、聞きたいのはこっち……」


「イウさん!」


 話が通じない奴が抱きついてきた。衝撃で有彩と共に倒れる。


「何で摩理ちゃんと話してるの!私助けてって言ってるのに!助けてくれないの!助けてくれないの!?」


 間近で叫ばれて耳がキンキンする。上体を起こし、有彩を払いのける。帰りたい。


「……財布が見つからない。だったか?それぐらい僕の力がなくても何とかできるだろう」


「ううっ……でもぉ……。あれ、誕生日に貰った。大切な奴でぇ……」


「……そういう問題じゃなくて」


「うわあああああ」


 いよいよ泣いた。すっかり子供のように大粒の涙をぼろぼろ流している。


「分かった、分かったよ一緒に探してやるから。泣かないでくれよ。もう」


「ほんと!?」


 まるで作り物だったかのように、有彩は涙を引っ込めた。嘘泣きだったら、どれだけ気が楽だったか。


 つくづく甘い奴だと、自分でも思う。しかし、女子供の涙を見ると、どうにも気持ち悪くなって、止めてやらなければ気が済まないのだ。こんな事なら正義のヒーローにでも生まれればよかった。


「あの、貴方は結局、誰なんですか?」



・・・・・・



「……つまり、あなたは異世界からやって来たと?」


「うん。そうだよ」


 摩理。というおかっぱの少女が僕と有彩を訝しむ。異世界からの行き来が、この世界ではよっぽど珍しいのだろう。


「摩理、確かに嘘みたいだけど、あいつ本当にあの紙から出てきたんだよ。ばぁーって」


「柚子……」


 茶髪が放心状態から回復し、摩理に手を広げて説明する。茶髪の名前は柚子というらしい。


「まぁ、とにかく君達に害をなそうとしてここに居る訳じゃない。有彩の財布を見つけたらすぐ帰るよ。まだ昼食も食べてないからな」


「あ……イウさん、急に呼び出してごめんなさい……」


 有彩がしおらしく首を垂れる。素直に謝れる事はいい事だ。それはそうとして僕は有彩の頭をはたいた。


「最後にその財布を見たのはいつだ?」


「9時くらい……こ、この更衣室に入る前は鞄の中にあった……はず」


 有彩が台詞の最後で僕から目を逸らした。


「そこの二人は、何か知ってるか」


「知らない」


「私は元々、今日の水泳部の練習は休む予定で……有彩が財布をなくしたというのも今聞いた」


 茶髪とおかっぱが首を横に振る。


「そうか……まぁ、とりあえず有彩の言葉を信用する他ないようだ。それで、財布がなくなった事に気付いたのはいつだ?」


「練習終わって、着替えようと思ったら、なかった。12時だった」


「……鞄の中と、この部屋。ちゃんと探したか?」


 有彩は抜けているので、ひょいと鞄の中から財布が落ちてくる可能性がある。そうなれば非常に腹立たしいが、さっさと解決してくれるのが一番いい。


「さ、探したよ!ほら!」


 有彩が鞄の中チャックを全て全開にして、上下左右に振り回す。しかし、塵一つも落ちなかった。鞄の中の物は全て外に出して、それでもなかったのだろう。


「この更衣室は?」


「う、全部探した……いんだけど……」


 そこで有彩が壁の棚の一つに目をやると、茶髪がバッと棚の前に立ち、棚への視線を遮った。そこは、茶髪の制服が放り込まれた棚だ。


「あそこだけ探させてもらってない……」


「い、いいだろ別に!私の事疑ってるのかよ!」


 茶髪が声を荒げる。大きな声に有彩が身をすくめた。


「で、でもでも、絶対ここで失くしたし……探してないのそこだけだし……」


「私が盗みなんてする訳ないだろ!それに、水泳の練習でずっとお前と一緒にプールに居たんだから、盗む暇なんてなかった!」


「でも……居るの柚子ちゃんだけだしぃ……何か着替える時もいつもよりゴソゴソしてた」


 有彩がびくびく震えながら茶髪をねめつける。


「……っこの、いじめるぞ!」


「い、言っちゃダメでしょ!そういうの!」


 お互い、騒がしくなってきた。そばに立つおかっぱが気まずそうにしている。友人二人の喧嘩が見るに耐えないのだろう。


 僕からすると、有彩には悪いが、茶髪の言い分の方が正しいと思う。一緒に着替え、一緒にプールに入って居たなら、確かに茶髪が財布を盗む事は不可能だ。


 しかし、あの声の荒げよう。何かあそこに、後ろめたい物を隠しているのは確かだろう。


「イ、イウさん!もうやっちゃってよ!魔法でばーんって!」


「魔法でばーんってやったらあの茶髪死ぬぞ」


「しっ」


「それに、あの棚にある物も全部燃える」


「うう……じゃあダメ……」


 他に、探し物に使える魔法はないかと自分の記憶を探る。僕の世界なら、あらゆる物から微量に魔力が出ているから、それに合わせた魔力探知で探し物なんかすぐにみつかるのだが。


「有彩。僕はお前の財布に触った事があるか?」


「え?ないけど……」


 ならば、僕の魔力の痕跡を辿る事もできない。ただの財布を探知できる魔法はない。やれやれ、一体何のために呼び出されたのか。


「ま、魔法がどうとかよく分からんけど、絶対にここは見せないからなっ!」


 茶髪が棚の前で両手を広げる。完全防御の構えだ。


「うう~っ」


 有彩が茶髪を睨み付け、犬のように唸る。


「も、もういいじゃない有彩。そんな、柚子が見られたくないって言ってるんだし、無理矢理覗かないでも、もっと別の可能性を探してからでも……」


 おかっぱが有彩に近付き宥める。別の可能性……。


「鍵は閉めてたのか?」


「閉めてたよ。女子更衣室だよここ」


 なら、盗難という事もないか。


「あ、でも……」


 おかっぱが壁下の格子窓を指差す。日光に照らされた雑草が青々と生い茂っている。


「夏、授業で何十人もこの更衣室使うから。蒸れないように空いてる格子・・・」


「へぇ、そういう理由で付いてるんだこれ」


 有彩が気の抜けた声を出す。大方、自然を見れるように空いてるのだとでも思っていたのだろう。


「ここは開けっ放しだったの?」


「そうだけど……こんな所から入れる人なんか居ないでしょ?」


「でも、猫くらいなら入れるかも」


「……猫?」


 有彩が首をかしげる。おかっぱの発言の真意が汲み取れていないのだろう。


「例えば、お前が財布を床に落としてこの部屋を出たとして、お前が帰って来る前に猫がそれを盗んだかもしれない」


 おかっぱはそう言いたいのだろう。


「ええ!?何で!」


 有彩が驚き、ぐりんとこちらを向いた。


「お前の財布から魚の匂いがしたか、魚その物に見えたんじゃないか?」


「ええ……?そうだとしたら、今その財布どこにあるの?」


「そこらの雑草に落ちてればいいが、猫は気まぐれだからな。どこにあるかなんて分からん」


 僕がそう言い放つと、有彩は困ったように目を止めた。


「で、でも、警察に届けられたり……」


「お、落ち込むなよ。私も一緒に探すから……」


 おかっぱと茶髪が有彩に声をかけ、励ます。


「じゃあそこ見せてよ!」


 有彩が勢いよく棚を指差す。茶髪は下がって、もう一度完全防御の構えを僕らに見せつけた。


「こ、ここはダメ!」


「ほら、一旦、外探してみよ?案外、すぐ近くに落ちてるかも……」


 おかっぱが有彩の背中を押し、外のプールサイドへ誘う。しかし、僕は外に財布が有る可能性は低いと思う。


 猫が財布を咥えて、遠くに行ったと考えている訳ではない。そもそも、財布を床に落とし、猫が訪れ、それを盗んで行ったという可能性があまりに低い。偶然が重なりすぎている。


 そして、その可能性を否定し、財布がこの更衣室にあると考えれば、やはり財布が有る場所は……。


「待ってくれ」


 僕は溜息を吐いた後、茶髪が頑なに背にする棚を指差した。


「な、なんだよ異世界野郎」


 茶髪がよく分からない悪態を吐く。


「透視魔法を使う」


 突き付けた指で、右目を覆う。


「は……?透視?」


「下着とかも有るんだろうが、関係ない。僕はさっさと帰りたいんだ。君が使っている棚を、覗く。その上でこの場の人間全員に公言する」


「な、な、そんな事できる訳……」


「そんな事ができる世界から来た」


 足元の魔方陣を指差した。茶髪は、その瞬間を放心する程見ていたはずだ。


「……自首しろ。それが一番だ」


「柚子……、よく分かんないけど、無理矢理見られるよりかは、ちゃんと自分で言った方が……」


 おかっぱが茶髪に語りかける。


「……わかったよ。見せればいいんだろ!有彩には見せるから、二人はあっち向いててくれ」


 おかっぱの説得が功を奏したのか、茶髪が広げていた腕を下げる。


「わ、わかった」


「了解」


 おかっぱと二人で棚から目を逸らす。


「ほら……」


 まぁ、これで財布は見つかるだろう。自首してくれて助かった。


 実は、透視魔法なんて使えない。


 というか、そんな魔法は存在しない。しかし、僕が異世界から現れなければ、きっと茶髪も信じなかっただろう。帰ったら透視魔法を開発してみるのもいいかもしれない。


「うん、えっと……くまさんパンツ!?」


 有彩の叫び声が聞こえる。……くまさんパンツ?


「い、言うなよ!言ったら意味ないだろ!あああ二人も振り向くな!!」


 振り向くと、有彩は可愛らしくデフォルメされた熊がプリントされたパンツを持っていた。


「妹の奴なんだよぉ……間違えて履いて来ただけで、私のじゃなくて、寝ぼけてただけでぇ……」


 茶髪が膝から崩れ落ちる。つまり、こいつは盗んだ財布ではなく、パンツを隠していたという事だろうか。じゃあ、


「私の財布は?」


「知らない!もう一緒に探してあげない!」


「ご、ごめん!」


 振り出しに戻るか……。改めて、茶髪の棚を肉眼で覗いて見る。


「……ん?」


 隣の、有彩が使っている棚を見る。


「あ、ちょっと、イウさん?そこ、私の下着入ってるから、恥かしいんだけど……」


「有彩、ここにどんな風に鞄入れてた?」


「え?こんな風に……」


 有彩が棚に鞄を入れる。押し込むと言った方が正しいかも知れない。


 ただ、まぁ、ともかくこれで。


「あったぞ」


「え?」


「あったぞ。財布」


「ど、どこどこどこ!」


 有彩が僕のポジションを奪いに来る。それを片手で押しとどめる。


「だから、あったんだって」


 更衣室全体に聞こえるように呟く。


「だから、どこに!」


「早くしろ」


 そこで、スッと鞄のポケットが膨らんだ。


「ほら」


 鞄を取り出し、財布を引き抜いてみせる。


「あ、あったー!!私の財布!財布!」


 有彩が僕の手から財布を受け取る。有彩が狂気乱舞する後ろで、茶髪が怒髪天を衝いていた。


「……鞄に入ってたって事は、結局、有彩が見逃してただけって事?」


「え。い、いや、私ちゃんと全部探して……」


 流れるように鬼ごっこが始まり、二人は女子更衣室から出ていった。水着のまま、水泳部らしくプールで追いかけっこするのだろう。


 さて、丁度二人きりになった事だし、再犯防止のための尋問タイムだ。


「……驚いたよ。君みたいな子供が空間魔法を使うだなんて」


 有彩が使っていた棚に目をやる。そこには、棚と同じ色で書かれた魔方陣が記されていた。


 この魔方陣の効果は、平たく言えばワープゲート。ただし、異世界と異世界を繋ぐ事ができる有彩の召喚魔法とは違い、予め設置した場所にしか使えない簡単な物。


「僕の世界なら子供でも使える物だ。それでも、こちらの人間が使う物とすると、かなり高等な物だが」


「魔法……?魔法が使われていたんですか?」


 おかっぱが知らんぷりを続ける。僕も勝手に話を続ける事にした。


「君が犯人だと思う根拠は三つある。一つは、会話の中で僕に棚を見させないようにした事。茶髪を庇ったり、外に出させようとしたり、僕が透視を使うと行った時、茶髪に自首を促したり。とにかく僕にあの魔方陣を見つからないように誘導していた」


「偶然ですよ」


「次に、ここに魔方陣を仕掛ける事ができた事。この棚の中で魔方陣が書かれているのは有彩が使っていた所だけ。推測だが、有彩はいつも棚のこの場所を使っていた。それを知り、棚に魔方陣を施すなんて事ができるのは同じ水泳部の君だけだ」


 おかっぱは黙りこくっている。


「三つ目。僕が『早くしろ』と言った時に、鞄に財布が戻ってきた事。犯人が僕の台詞を聞いていたという事だ」


「……よく、分かりませんけど、それって決定的な証拠にならないんじゃないですか?」


「……そうか。あくまでそういう態度をとるんだな」


 ならば僕にも手がある。できれば使いたくなかったが、仕方ない。


 僕は、魔方陣に手を突っ込みおかっぱの太ももを鷲掴んだ。


「ひいぃっ!?」


 おかっぱが体を震わせ声を上げる。スカートの中に魔方陣、バレにくいが、こういう危険も考えるべきだ。


「この魔方陣が、君のスカートに繋がっているというのは、決定的な証拠にならないかな」


「な、何で、私が書いた魔方陣を、あなたがっ」


「子供でも使える物だと言ったはずだ。こんな悪用し放題の魔法が子供でも使えるんだぞ?まともな社会が何の対策も取らない訳がないだろ。そして、僕はその道のスペシャリストだと、君にも説明したはずだ。こんな簡単な魔法のハッキングくらい昼飯前さ」


「ぐ……」


 どうやらもう反論はないようだ。


「どうしてだ?」


「……お金が欲しかっただけよ」


 おかっぱが吐き捨てるように言った。


「……じゃあ、どうしてこの更衣室に来た?今日は休む予定だったんだろ?」


 最初からそれを尋ねたつもりだったが。


「え……?あれ、私、どうして……?」


 おかっぱは、涙目で額を抑えた。


「私、本当はこんな事……!!」


 ……僕の知らない理由があるんだろう。それをこれ以上聞く事も、分かったような振りをしてやる事も、僕のするべき事ではないと思った。


 僕はおかっぱの手首を掴み、魔方陣が書かれた札を貼り付けた。札はすぐ、肌と同化していく。


「何、これ・・・」


「これでもう君はさっきの空間魔法は書けない。そしてこの札は僕にしか剥がせない」


「……っ」


「それから、これをやる」


 掴んだ手のひらに、そのまま紙を押し付ける。


「……これって」


「今日はもう帰る。おーい!有彩!」


 プールサイドで茶髪にいじめられている有彩を呼ぶ。危ないのでやめてあげて欲しい。


「帰りの魔方陣を書くから、何か書く物を貸してくれ」


「あれ?いつもは自分で、すぐに帰れるように予め魔方陣書いた紙持ってなかったっけ?」


「……今日は忘れたんだよ」



・・・・・・



「それじゃあね、イウさん。今日はありがとう!」


 木造の我が家。足元の魔方陣から有彩の声が聞こえる。


「……『今日も』、だろ」


 そして魔方陣はシュルルと縮み、あちらとこちらを繋ぐ門は完全に閉じられた。


「お兄ちゃん、お疲れ様」


 背後から妹の声がした。振り返ると、そこにもう昼の陽はない。いくらか時間が経ち過ぎた。


「……ただいま」


 使う言語をこちらの物に直して、帰りの挨拶をする。


「今、お昼ご飯温め直すね」


 妹が料理の皿に魔方陣が書かれた札を貼り、魔力を流す。


「テーブル、焦がさないようにな」


「もう、子供じゃないんだから。あっち、どうだった?楽しかった?」


「別に」


「私も異世界、行ってみたいなぁ。お兄ちゃんみたいに日帰りで」


 妹が呑気な事を言う。


「……旅行に行くなら、盗難には気を付けろよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

召喚士の便利屋 牛屋鈴子 @0423

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ