エピローグ/プロローグ:異世界転移のプロ生活
「えーっ、今日もカップラーメン!? 今回のヤマは大きいから焼肉だって豪語してたじゃん」
「……結局、大きいのは経費だけだったからな。
いわゆるところの『時空のおっさん』の収入は不安定である。
異世界に迷い込むのを事前に阻止できればそれなりのボーナスもあるのだが、それはなかなか難しい。
大抵は事後の後追いになりがちだし、電話くらいしか接触手段もない。懇切丁寧に説明をしている時間もないのでどうしても乱暴な言葉になりがちで、結果としてロクに聞き入れてもらえない。
そうして結局要救助者は異世界に飛ばされ、自分たちも後を追うことになる。
熟練の職人が減りつつあるなどと評されることもあったが、そもそも現代はそういうトンネルが開きやすすぎるのだ。
誰かの妄想が、あっという間に拡散し拡大し、その歪に世界が生じる。
世界ができれば、そこに適応した精神の持ち主が滑り落ちていく。
現在、日本の年間異世界転移者数は1万人にも届くといわれ、一日に25人は何らかの形で転移していると思われるのである。
もちろんその大半は救助の必要もない、夢の中などでの一時的な精神転写でしかないのだが、それでも、監視を怠る訳にはいかない。
まあそういう事務方の仕事は実働部隊である道矢にはあまり関係ない話ではあるのだが、それでも、その数を聞くと気が滅入るのであった。
「それより問題は二つだ。一つは仕事を完遂できなかったこと。このペナルティは重そうでかなわんよな。そしてもう一つ、こっちのほうが大問題なんだが、
そう愚痴をこぼしながら、道矢はキーボードを叩き続ける。
その時だった。
ピンポーン。
インターホンが鳴る。
道矢は気にせずキーボードを叩き続ける。
「ねえ、出なくていいの?」
「どうせ新聞か宗教の勧誘だろう。無視でいい、無視で」
しかし、次に玄関から聞こえてきた声は、道矢の重い腰を引き剥がすには充分なものであった。
「イフネー! イフネー! いるんでしょ! 出てきなさいよ!」
名指しである。
つまり完全に道矢に対する客ということが確定したのだ。
しかしそれ以上に問題だったのは、イフネ・ミチヤはその声に聞き覚えがあったことだった。
これでもかと顔を歪め、道矢は立ち上がり、玄関を開けた。
そこに立つのは、彼の予想したとおりの、制服姿の女学生が、二人。
……二人?
「えっと、君ら、どうやってここに……」
「すいません。俺は止めたんですけど、
「また変な嘘ついて。会いたがったのはコウちゃんの方じゃない! わざわざ各種住所録までハッキングしてさ」
「ハッキングじゃなくてクラッキング」
「どっちでもいいわよ。とにかく、コウちゃんが生きてるかどうか確認したいとか言って聞かなかったわけよ。まあ、比較的近くに住んでいてくれてよかったわ。もし北海道とか九州とか離島とかだったら、また余計な手間がかかるところだったし」
喋り続ける二人を前に、道矢は言葉も出ない。
「私もね、色々気になってしょうがないのよ。あなた、私のことをアマチュア呼ばわりしたじゃない? なら一度プロの生活とやらを見ておこうと思って。でも、あんまりいい生活は送ってなさそうね……」
光の視線は机の上のノートパソコンとカップラーメンへと向いている。
「ねえ道矢、この娘たち、誰?」
「あっ、フェアリー!? なんで!?」
その視線に割り込んだのは、手のひら大の小さな人型の少女である。
彼女こそが道矢の相方兼監視役であるフェアリーのエリアリ。
唯舟道矢は、この郊外のワンルームマンションで、彼女と共同生活を送っているのである。
「とにかく、あまり玄関先で大声を出さないでくれ……。ただでさえ他の住人の目が厳しいんだ」
「働いてないと思われてるからねー、ミチヤは」
そんな言葉に光の表情がますます呆れたものになる。
一方で、もう一人の少女の方は黙ったまま道矢の顔を見つめていたが、道矢がそちらに視線を向けると、ついに感極まって泣き出してしまった。
「なんにしても、生きていてくれて、よかった……」
「あーあ、コウちゃん泣いちゃった。あなた、責任取ってもらわないと。でもこの生活じゃあねえ……」
光の呆れた物言いにも、もうひとりの少女は泣いたままである。
それを見て、道矢の方が彼女へと声をかける。
「まあ、こっちも君が生きてこの世界に戻っていてくれていることで救われたよ。そういえば、まだ本当の名前を聞いてなかったな……。オリマ・ヒカルではないんだよな」
「……折真昴、オリマ・スバルが私の名前です。あの世界では、本当にありがとうございました! そして、これからもよろしくお願いします!!」
深々を頭を下げる少女と、その隣でニヤニヤと笑う少女。
唯舟道矢の異世界転移のプロ生活は、この日からさらに波乱に満ちたものになるのは間違いなさそうだった。
異世界転移のプロ~余所の世界の魔法で無双するヤツ シャル青井 @aotetsu
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