後:異世界転移のアマチュア

「いやはや、これはなんとも不味い事態だよ。これは本当に不味いぞ」


 俺の横で、自称魔法使いであるところのイフネはそんなことをぼやき続けている。

 先程までのうざいほど過剰な自信もどこへやら、すっかり困惑しきっている様子である。

 だが、俺の方もそんなイフネを相手にしてはいられない。

 なにしろ思い出したのだ、本当の、オリマ・ヒカルを。


「お、オリマ殿!? それに……ん……えっと、誰だ?」


 そんな状況に最も驚き、声を上げたのは、二人の『オリマ・ヒカル』に挟まれる形となった騎士団長のレアラだった。しかしそこに、俺の名前は出てもイフネの名前は出てこない。

 さらに、レアラ以外の騎士団のメンバーは床に倒れ意識を失っているため、イフネについて確認する術はない。

 イフネ・ミチヤはやはりこの世界の異分子なのだ。


「いや、まあ、覚えていなくても問題ないですよ、騎士団長殿。所詮は俺の魔法で作られただけの擬似的な関係ですからね。そういうものです」


 そういいながらも、イフネの口調はどこか寂しげだ。人の心を魔法で弄んだのだから自業自得だろう。


「しかし、この状況で意識を保っているということは、名有り級ネームドクラスの力はあるということか。さすがは騎士団長」


 そしてそんな気持ちを誤魔化すように、イフネはぼんやりと状況を説明してみせる。しかしその言葉もどこかキレがない。


「それで、コウちゃんのお連れの魔法使いはどんなことができるのさ? そこの騎士さんはまあまあ頑張ってくれたけど、やっぱり退屈なのよね」


 折真光オリマ・ヒカルが俺とイフネを見てそう笑う。

 こいつはそういう奴だ。異世界に来てもそれは変わらないらしい。


「だ、そうだが、あの娘さんは君の知り合いかい? くんよ」

「えっと、知り合いというか……」

「いや待って、ちょっとどういうことよ。折真光オリマ・ヒカルは私よ」


 イフネの言葉に当然、本物の折真光オリマ・ヒカルが不満の声を漏らし、無理やり話に割って入ってきた。

 イフネはしばらく悩んでいたが、俺の顔、そして折真光オリマ・ヒカルの顔を見比べ、なにかを理解したようにため息をついた。


「まるほど、わかった、わかった。そういうことか。それで、そちらの真オリマ・ヒカルさんは?」

「はぁ?」


 どこまでいってもどんな時でも会話のペースが変わらないイフネの言葉に、折真光オリマ・ヒカルも流石に困惑を隠せないようである。こいつがこんな表情をするのはよっぽどのことであり、イフネ・ミチヤはよっぽどの輩なのだ。


「おっと、パス持ちとはいえ野良転移者アマチュアか? 君、異世界転移何回目もしかしてニュービー? いずれにしてもここは変に争うのは止めて、合意の上での痛み分けインテンショナル・ドローってことにしておかないか? 俺の方から何枚か珍しい物スーパーレアを提供するから、そっちはあの火炎竜コーザなんとかを出すって感じで。それがお互いのためにもなると思うのだけどね」


 先程の質問の答が分水嶺だったらしい。イフネは態度をますます増長させ、完全に上から目線で話を進めようとしている。しかも早口の長広舌である。

 もちろん、折真光オリマ・ヒカルはそれで黙っているようなタマではない。


「ねえ、それって喧嘩売ってるの?」

「いやいや逆だよ逆。むしろそれを避けたいと思っている。ここで引いてくれれば俺は面倒極まりない報告書レポートを書かなくていいし、君だって痛い思いをしなくてすむ。お互い消耗もなくていい。まさにWIN-WIN敗者なき戦いを絵に描いたような状況じゃないか」

「バッカじゃないの!?」


 これで喧嘩を売っているつもりがないならイフネの神経は狂っているとしか言い様がないが、狂っている可能性も低くないのが困りものである。

 もちろん交渉は決裂し、折真光オリマ・ヒカルはイフネが使ったカードと同じようなカードを取り出し、なにかをつぶやく。


紅蓮の暴虐よ、来たれサモン・コーザリウル


 その瞬間、彼女の持っていたカードが赤く煌き、広間に赤く巨大なドラゴンが姿を現す。それはまさに、これまでイフネがやってのけていたことと同じ力だ。


「ば、馬鹿な!? コーザリウルが……もう一匹だと!?」


 そのドラゴンの姿に誰よりも驚きの声を上げたのはこの中で唯一の現地人である騎士団長のレアラだった。

 彼が驚いたのも無理はないだろう。おそらく、折真光オリマ・ヒカルの後ろに転がっている巨大なドラゴンの死骸と思しき塊こそが、本当のコーザリウルだったものだ。

 しかし今俺たちの目の前には、その死骸とほぼ同一のドラゴンが命あるものとして存在している。それを生み出したのは、他ならぬ折真光オリマ・ヒカルなのである。

 一方で、その赤いドラゴンを見て今にも笑い出しそうといった様子なのがイフネであった。目は輝き、口元にはニヤついた笑みが隠しきれていない。


「いやー、賭け札アンティとして指名して後で茶番再現エミュレートをするつもりだったけど、そっちでわざわざそいつラスボスを出してくれるとはありがたい。これで伝説が再現トレースしやすくなる。まあ、その必要性もだいぶ薄れた感じもあるけどね」


 そしてイフネは、もう一度俺を見て意味深に笑った。


「で、どうするよ、偽オリマ・ヒカル君。相手があのドラゴンコーザなんとかである以上、君が主人公であることを証明する大チャンスではあるが、でもそもそも君、もう記憶が戻っているんじゃないか?」


 指摘される。

 俺は言葉に詰まる。

 それはまったくもって事実だ。

 本物の折真光オリマ・ヒカルを見た時に、俺は自分の正体を思い出した。

 では俺は、今からなにをすればいい?

 俺が異世界でしか出来ないことをすればいい。


「倒しますよ。あのドラゴンを、そして折真光オリマ・ヒカルを……!」


 決意を決意として固めるために口に出す。

 そして手の中にある霧雨の剣を構える。

 確かに全ては、このよくわからない男に与えられたものかもしれない。

 しかし俺自身が願っていたことでもあった。

 俺は、俺が主人公になることを願い続けていた。どんな手段を使ってでも。

 絶対に勝てない相手、折真光オリマ・ヒカルを超えることを。

 そのために、俺はこの世界に来たのだ。

 折真光オリマ・ヒカルと俺自身を忘れていたのは、過去の自分に引き摺られて足が止まってしまうのを避けるため。

 前だけを見据え、俺は大地を蹴った。


「コウちゃんが私に勝つつもり? 面白いわよ、その冗談!」


 そういいながら折真光オリマ・ヒカルが俺に向けて手をかざし、そこから白い光球を撃ち放ってくる。その光の眩しさだけで、そこに込められた力が感じられる。

 今の俺なら躱せる。が、それだけであのドラゴンへの最短ルートが阻害される。相変わらず隙のない嫌味さなこった。

 しかし、その光球は俺に届くどころか、折真光オリマ・ヒカルの手を離れた瞬間に粒が流れるように消失する。


現地人モブ相手ならともかく、灯の魔法使いパス持ち相手に派手な技はいきなり撃つもんじゃないぜ。あっという間に手がバレる」


 ちらりと視線を振ると、イフネが勝ち誇った顔でカードを見せている。


「さあ行け、英雄主人公! お前がドラゴンを倒すんだ。その邪魔は俺がさせないぜ」

「うるさいわね!」


 だがどれだけ折真光オリマ・ヒカルを駆使しても、それは俺には届かないし、その度にイフネがそれを打ち消しているのだ。


「こう見えて、俺の得意戦法メインデッキ許可なくして魔法無しパーミッションなんだよなー。意外だろ?」


 なにが意外なのかは全くわからなかったが、とにかく、イフネの妨害もあって折真光オリマ・ヒカルは自由に魔法も使えないようであった。

 闇雲に光球を連打するが、そのどれもが俺には届かず、むしろ力を使い果たして片膝を付く。

 そうなれば、俺のすることはただ一つ。

 迫りくる炎の吐息ブレスを氷河の盾で押さえ込み、爪と牙を疾風の如き速さでかいくぐり、俺は手に持った霧雨の剣をドラゴンの首元へと突き立てた。

 鱗の中へと、刀身が染み込むように突き刺さっていく。

 死を目前とした絶望のような咆哮が廃墟に響き、そしてそれと同時に、ドラゴンの赤い身体が膨張して今にも弾け飛びそうになっている。

 だが、俺はそこから逃れられない。

 霧雨の剣が手から離れず、ドラゴンの身体からも抜けないのだ。


「これは……」 

「チッ、最後にとんでもない時限爆弾退場効果があったもんだ……」


 霧雨の剣が抜けずに立ちすくむ俺をかばうように、イフネがドラゴンと俺の間に割って入る。そして霧雨の剣の柄を俺の手の上から掴み、そこに複雑な模様の書かれたカードを当てる。

 俺の手が剣から外れる。

 だがそのかわりに、今度はイフネの手にが霧雨の剣が握られている。


「イフネさん!?」

「まあ、これも仕事だ。俺もプロだからな、こういう事態になるなら仕方ないさ。ま、俺なら問題はないよ。君はさっさと安全なところまで退避したまえ」


 そう言いながらイフネは巨大な障壁を張ってのたうち回ろうとするドラゴンの巨体を食い止めるが、流石にイフネ自身にも大きな負荷がかかっているようであった。


「……残念だが、どうやら仕事は完遂できなさそうだな……。君はほら、あれだ、あの本物ちゃんと仲直りして、アイツに返してもらえ。アイツもパス持ちだし、元の世界に戻る手段はあるだろ。じゃあまあ、あの騎士団長さんによろしくな」


 似合わないウインクとともに、障壁の中のドラゴンと、イフネの身体が歪んで消え失せる。 

 それは、今日だけで幾度となく繰り返したあのワープを、外から見たらこうなるだろうという想像と一致していた。

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