中:試練VSプロのチート技
「寒っむ!」
自分で移動しておきながら、イフネの第一声がこれである。
もちろん、俺も立っているだけで凍えそうなほどの凍気に晒され、秒単位で身体に雪が積もっていくのを感じる。
あまりの寒さに、不満を言おうにも口を開くことさえままならない。この冷気に負けない冷たい視線をイフネに送るので精一杯である。
「いや申し訳ない、ちと手順をミスったな。ちょっと待ってくれよ、そらっ」
そんな合図とともに自分の周りに球体の膜ができ、それと同時に緩やかな暖気が身体を温めてくる。
もちろんその全てが、イフネの魔法とやらなのだろうことは察しがつく。
「……ここはいったい……」
「ここか? ここは三種の神器の一つである『氷河の盾』の眠る地だ。そしてほら、話の途中だが最終試練のご登場ってわけだ」
イフネの指差す先には、こちらに向かって歩いてくる白く巨大な人型の影がある。
なんか色々あってもうだいぶ慣れてきたが、やはりここは自分の住んでいた世界とは別世界なのだということを実感する。この世界には怪物が多すぎる。
「うーん、笑っちゃうほど典型的な
「はあ」
こちらに理解させる気もない意味不明な独り言を垂れ流し、イフネはニヤニヤ笑いながら氷でできたその巨人を見据えている。そしてひとこと、こう言い放った。
「それでは、今からアイツを倒します」
「倒せるんですか?」
「まあ俺くらいになればいくらでも手はあるのだよ。見た感じ本来は多分石板とかを集めて何らかのキーワードで機能停止させるっぽいんだが、そんなことは知ったこっちゃない」
そこまで解読できていてなお、イフネはそのままこの氷の巨人を自力でどうにかする気満々である。
「いいんですか、試練をそんなズルで突破して……」
「いいんだよ、こんな
いうが早いか、イフネはいつの間にか巨人を正面に見据え、一枚のカードを掲げている。そしてただひとこと、その言葉を発した。
「
イフネの手のカードが一閃したかと思うと、次の瞬間、氷でできていた巨人はそのまま崩壊してただの氷の塊となっていく。
それを魔法といわずして、なにを魔法というべきか。
「結局、
「いや、普通そんな手を使う人はいないでしょう……」
これでは試練を考えた人物も浮かばれまい。相手が悪すぎた。
一方のイフネは、そんな溶けゆく氷の塊を見ながら今度は白い無地のカードをかざしている。どうやら先程の巨人の魔力をそのカードが取り込んでいるらしい。
「まあ一応
この人の頭の中以外になにがめでたいのかまったくわからないが、俺は巨人の中に埋もれていた白く丸い盾を渡され、手に取った。
見た目に反して軽いが、それでも、この盾を手に入れることになった過程の軽さに比べればまだ重い。
「いいんですか、もらっちゃって。なにも試練なんて受けていないのに……」
「所詮はメタアイテム、どうってことないさ。そんなわけでさっさと残りの神器も揃えて例のドラゴン退治に向かおうじゃないか。異世界転移なんてものは、日帰りくらいがちょうどいいんだ」
相変わらず、この人の発言と行動は滅茶苦茶だったが、それ以上に、このイフネ・ミチヤという魔法使いの能力は滅茶苦茶で、規格外だった。
見えない空気の壁に阻まれるはずの風の迷宮回廊は、より強力な障壁でトンネルを作って一直線に突破し、針の霧雨の森では先程の氷巨人の中をくり抜き、その雨を全て弾き返して進んで解決する。
知恵も工夫もありもしない。あるのは圧倒的な力だけだ。
こうして、魔法を使った彼はともかく、後ろをついていっただけの俺は苦労らしい苦労など何もしないまま三種の神器を揃えてしまったのである。
「もう日も落ちそうだな。そろそろあの騎士さんたちも城に着く頃か」
あらためて草原に戻ってきて、イフネがぼんやりとそんなことをいった。
その言葉通り、双子の太陽の片割れは既に姿を消し、世界は半分の明るさになっていた。
冷静に考えてみると、レアラたちがドラゴンの元にたどり着くまでの間に三種の神器が揃うのだから、もはや申し訳ない気持ちにすらなってくる。
「あー、なんか感傷的になっているところ申し訳ないが、今から俺たちもその城に向かうんだぞ」
「えっ!?」
「えっ、じゃない。あの騎士さんたちが苦労しているところに颯爽登場してドラゴンを倒して新たな伝説となる。それが君の役割だろう」
そんな説明はまったく受けていなかった気もするが。
しかし、レアラたちをそのままにしておくのも後味が悪いのも確かだ。
納得はいかないが俺もイフネの言葉に同意をして、手に入れたばかりの三種の神器を準備する。
どの装備も魔法的な力を持つのか、あまり体格の良くない俺の身体に合わせてその形状を変え、ピッタリのサイズとなる。
氷と、風と、雨だ。そのあたりの柔軟性もあるのだろう。
「おお、似合う似合う。本当に勇者みたいだぞ」
そんな俺をイフネがケラケラと笑いながら冷やかしてくる。
イフネの方もいつの間にかその服装を変え、黒いローブにねじ曲がった木の杖を持ち、いかにも魔法使いといった風采である。
ただ、そのローブの下は量販店で上下セット1980円くらいで売ってそうな紺色のジャージであることも俺は知っている。
いくら動きやすいといっても、もう少し雰囲気とか状況というものを考えてもらいたい。そう主張したら聞こえないふりをしやがった。
「では行こう。
気取った言葉とともに、俺とイフネは今日だけで既に何度目かわからないワープを行う。
そうして辿り着いた先は、埃っぽいどこかの広間のような場所だ。
今日だけでクソ寒い雪原もジメジメした雨林もやけに風の強く吹く砂漠も体験したので、たとえ廃墟だろうが人工物であるだけでもありがたい。
しかし、そんなレベルの低い安堵をしている俺の横で、イフネはこれまでに見せたことのないような真剣な表情でその広間の奥を見つめている。
視線の先には一人の騎士の背中。そしてその先にある小山のようなものと、そこの前に立つ、一人の……少女。
「これは、ちょっと厄介なことになったかもしれないぞ」
聞こえるか聞こえないかのような声でイフネが俺にそう話しかけてきたが、俺は俺で、言葉を失ってなんの反応も返せない。
俺は、その少女を知っている。
そうだ、彼女こそが、
「あ、コウちゃん。まさかもう来るなんて。横の魔法使いがよっぽど優秀なのかしら」
少女……
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