前:しがない、しがない……しがない魔法使い
あれからどれくらい進んだろうか。
反対方向へと進んでいった騎士団の姿か小さく見えなくなったあたりで、イフネが不意に馬を止めた。
「まあそろそろいいかな。とりあえず、降りて話でもしようか」
そういって下馬すると、若い騎士はこれまでのような緊張感のある表情から一変、いかにも親しさをアピールしていますよといった笑顔を向けてきたのである。
なにか、嫌な予感がする。
「それじゃあ、俺の本当の仕事に取りかからせてもらうとしよう。覚悟はいいかな、自称、折真光くん」
そしてその態度から騎士らしさが全て投げ捨てられ、かといってあの棒読みでもない、威厳も緊張感もないフランクな口調がそこに現れた。これこそが彼の本当の姿なのだろうか。
しかしその気さくさとは裏腹に、俺には彼のその態度が酷く不気味なものに映る。
それまで観ていたドラマの登場人物が突如演技を止め、こちらに向かって話しかけてきたかような、そういった類の違和感だ。
「……あなた、いったい何者なんですか。もしかして、俺の……知り合いだったんですか?」
直球でそう尋ねてやると、イフネは気まずそうな表情を浮かべ、目を逸らして誤魔化すように頭を掻く。どうやら自分の言動の不備に思い当たったらしい。
「あーそうか、そういえば記憶が無いんだったか。じゃあまあ、まずは自己紹介から始めていくことにしようか」
そして一つ咳払いして、あらためて俺を見る。
「俺はイフネ・ミチヤ。これは本名だ。だが、本職は騎士じゃない。君を助けるため、こうやって君と合流するべく騎士のふりをしていただけのしがない、しがない……そう、しがない魔法使いだ」
「魔法使い?」
「あ、いや、厳密に言えばぜんぜん違うが、それが多分一番わかり易い表現かと思ってな。本当の仕事は、まあ簡単にいえば異世界転移のプロなんだが、これだと意味不明だろう? あと口の悪い奴らは『時空のおっさん』とか呼んでいるが、これも伝わらないし、なによりその呼び名は好きじゃないし、だいたいまだおっさんじゃない。23歳だ。外見だっておっさんなんかじゃないだろう。折真くん、君には俺がおっさんに見えるか?」
「……いえ、見えません……」
とりあえず外見的には若く見えるが、その喋りは自称した年齢の割におっさん臭くは感じる。もっとも、それを言ってしまうと更に面倒なことになるのが明白なので口には出さないが。
「そうだろうそうだろう、俺はおっさんじゃないんだ。まあ、それはいい。それより重要な点は、俺の仕事は君を助けに来たということだが、実は、ここにいくつか問題がある」
「問題? そもそも、さっきから助けるといってますが、いったい何をするつもりなんですか?」
俺がそう尋ねると、イフネはそれだと言わんがばかりに、大きなため息をついてみせつけてくる。
「ふむ。とりあえず大前提として確認しておきたいことがあるが、君は、太陽系の第三惑星である地球の、日本にいた。これは間違いないかな?」
「ええ、それは多分間違いではないです」
そこからさらに深度が高まるとわからないことだらけではあるが、少なくとも、俺が日本にいたというのは間違いない、と思う。俺自身の認識ではそうだ。
しかしその次の質問が、俺の精神を大きく揺さぶってきた。
「では君は、その地球の、日本へと帰りたいと思うかい?」
「それは……」
答えに詰まる。
そう、俺は意識を取り戻してからそのことについて考えたこともなかったのだ。
だからこうして聞かれても答えは出てこない。
出てこないということはおそらく、帰ろうという意思は薄いということ。
「……そんなことだろうと思ったよ。そもそも記憶が無いのだから、どこに帰りたいのかもよくわからないことだろうしな」
「まあ、そうですね……」
「なのでまずは、君の記憶を取り戻す必要がある。ここまではオーケー?」
「はあ……」
オーケーなどと聞かれても反応に困る。が、言っている内容については概ねオーケーである。
「記憶って、そんなに簡単に戻せるものなんですか?」
「それについてはなんとも言えないところではあるかな。なにしろ記憶を失っている事自体がこの世界での君の役割の影響かもしれないからな。そこで、まずはこの世界の中のボスとして設定されているであろう、あのドラゴンでも倒してみることにしようか」
あれほど慎重に対処すべき存在として竜を語っていたレアラたち騎士団とは異なり、眼の前の騎士モドキはいとも簡単に竜を倒してみようと提案する。
この言葉をレアラが聞いたら一体どんな顔をするだろう。
それともこれこそが、彼の求めていた《竜の落とし物》の本当の力なのかもしれない。
もっとも、この似非騎士の鎧男は、あの場ではいかにも新入り騎士として振る舞っていたのだが。
「とりあえずこの世界の伝承によれば、あのドラゴン様を倒すには『霧雨の剣』『疾風の鎧』『氷河の盾』という三種の神器が必要らしい……が、多分なくても倒せる」
「は?」
イフネは平然と、世界の根底をひっくり返すようなことを口にする。
話していてわかってきたが、このイフネという人物は、そういった物言いでとりあえずの注目を集めようとするのだ。面倒な人である。
「ようするにだ、最も恐るべき
「メタ……? あの、もう少しわかる言葉でお願いします」
言葉は通じても、先程の異世界人と思しきレアラ騎士団長より会話が成立しない。
「おっと失敬失敬。まあ簡単にいえば、特定種類の相手への対策方法といったところか。とにかく、やれ封印せよだ曰く付きだとかいって、それを使わなければ倒せないというわけじゃないなら、ゴリ押しでいけるというわけだ」
「ゴリ押し……」
言葉は通じても、やはり彼が何を言っているのかわからない。
「そうはいっても、ここではあくまで君が主人公だ。まあほら、俺はしがない魔法使いだからな。ドラゴンを倒すのは君であることが望ましいし、三種の神器も揃えるだけ揃えておいたほうがいいだろう。つまらない伝承でも、それをなぞってやるのも主人公の役割だしな。もちろん、君がそう命じるなら、俺がササッと片付けてやってもいい。そこは君が決めてくれ」
「……その前に、ひとついいですか?」
イフネの言葉を遮るようにして、俺は可能な限りの真剣さを込め、目の前の自称魔法使いの顔を見る。
彼がこれ以上何かを語り続ける前に、どうしても確認しておかねばならないことがある。
「あなたは、一体何者なんですか?」
それをあらためて問いただす。
あまりにも唐突で、あまりにも掴みどころがなく、あまりにも不可解な存在。
この異世界に紛れ込んださらなる異分子。
名前を聞き、話をして、俺はようやくこのイフネという人物の持つ違和感の正体に気が付いたのだ。
彼は自分と同じ世界の人間だ。
地球の、日本から来たであろう青年だ。
そんな彼が魔法使いを名乗り、騎士の中にさも同僚のように紛れ込み、その騎士たちさえも恐れ諦めるようなドラゴンをゴリ押しで片付けてみせると
その秘密が知りたかった。
「何者、か……。そう聞いてくるってことは、しがない魔法使いって答えではもう納得していないって感じか」
「ええ。魔法使いなら魔法使いで、その実態について教えて下さい。あなたは何者で、いったい何ができるんですか?」
「何が、と言われると難しいな。まあひとことでいえば、なんでも、だ」
それは予想された案の定な答えであったが、それでも、芯のぶれない口調から、本当になんでもできるという自信が滲み出ていた。そしておそらく、彼は本当になんでもできるのだ。
「簡単に説明すると、俺の仕事は君のような異世界に迷い込んだ人間を救出したり、それを事前に防いだりすることで、そして何故それが可能かというと、俺は
「はあ……」
ハッキリとしたことはわからなかったが、とにかく、このイフネという人物がいろいろな意味でヤバいことは完全に理解できた。
「まあ論より証拠だ。一つ実例を見せるとしよう」
そういうと、イフネは大げさに指を鳴らしてみせる。
その瞬間だった。
目の前の空間が歪んだと思うと、俺とイフネは先程までの草原ではなく、吹き荒ぶ雪原の真っ只中に立っていた。
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