『想いは雫のように』
今も昔も、人が思うことは変わらないようだ
「おかぽん、バスケやんない?」
「いいよ」
「よっしゃ、じゃあ、3on3な」
「ん」
--みんな、体力有り余ってんなあ
羨望をはらんだ呆れの眼差しで、和希はクラスメートを見る。その中に勇也がいなければ「パス」と言うところだ。けれど勇也がマメシバみたいな顔で自分を見るものだから、和希はその輪に混ざることにした。勇也のようなタイプを、和希はどうにも無下にできない。
「ゆーやんとおかぽんはセットで、あとはグッパージャスで」
「なんでそこ即決なんだよー」
グループ分けに異議を唱えるのは勇也だ。
「おかぽんとゆーやん、足して2で割ったらちょうどいいじゃん」
「ちっさい言うな!」と勇也はムキになって、クラスメートをぽかぽかと叩く。「ぽかぽか」としか形容できない、そのパンチがかえって彼の小柄さを物語っていた。和希はグループの最後尾でボールをもてあそびながら、ぼんやりその様を眺める。勇也がいて、割とよく遊ぶクラスメート4人が続く。
--前はオレ、勇也、ってきたら、ひかりだったよなあ
3人は同じ団地に住んでいて、子どもの頃からよく遊んだ仲だった。同じ学年の子どもがちょうど3人いたので、自然とそのメンバーでつるむようになった…と周りの大人たちは思うに違いない。それは間違いではないが、厳密な理解ではない。もともとは勇也とひかりのセットだった。そこに和希を引き入れたのがひかりだ。
「おともだちになってね!」
勇也がマメシバなら、ひかりはラブラドールレトリバーあたりだな、と和希は思う。だれにでも話しかけるし、だれとでも仲良くなってしまう。ひとりで遊ぶのを好んだ和希が、今、こうして人並みに「社交」しているのは、ひかりの存在が大きい。和希は初めこそ面食らったが、すぐにその面子の中にいることに、居心地の良さを感じるようになった。きっと同学年の子どもが他にいても、結局はその3人でつるんだんじゃないかとすら彼は思う。
その繋がりが途切れたのは、中学校に入学した、この春だろうか。
校区も当然同じになる3人は、同じ中学に入り、クラスもたまたまいっしょだった。
だが、明らかに3人の距離感は変わった。
「おっしゃ、おかぽんいても、ゆーやんとセットなら勝ち目あるぞ」
「うるせっ、最強ガードにおののきやがれ」
勇也は大好きな漫画のキャラをきどって、速攻を決めてきた相手にすぐさま食いつく。だが無情にもボールは勇也の頭上を越えて、軽々とパスされる。
「かずきいいい、とめろおおお」
「どの面さげて命令形なんだよ…」
と口で言いつつも、勇也が人一倍プライドが高いのを和希は知っている。だから、口よりも先に足が動いていた。ボールを持っているのはバスケ部に入った男子だ。小学校でミニバスをやっていたと言うだけのことはあって、ボールの扱いが他とは格段に違う。ボールは彼の手のひらに吸い付くように踊る。和希が両腕を広げて立ちはだかると、彼はくるりと身体を反転して守りに入った。
--こなくそっ!
和希はちょっとムキになって、はりつくようにボールを狙う。幸い、背は高い方なので競り勝てないこともないと思った、そのときだった。
和希のガードから逃れるためにパスが出された。だが肝心のボールは、目的地を通り抜けて、テン、テン、と間抜けな音を体育館に響かせる。
そしてそのままコロコロと、反対のハーフコートに転がっていった。そして、座り込んでなにやら話し合っている人だかりにぶつかると、トトト……と軽い音を立ててさらに転がっていく。
「バスケやってもいいけど、ネットちゃんとはってー」
「さんきゅー、伊東ー」
ひかりが「伊東」と呼ばれるのに、和希はいつまでも慣れずにいた。小学校ではひかりは「ぴかり」とか「ぴかちゅー」と呼ばれていた。幼い頃から柔道を習っていたひかりは、よく前髪をひとまとめにしたヘアスタイルにしていた。本名が「ひかり」で、おでこが目立つので、「ぴかり」。それが転じて「ぴかちゅー」という具合だ。
そのおでこが汗でキラキラして見えるせいか、和希は余計にそうしたかつての呼び名を思い出さずにはいられなかった。
ひかりは車座の輪から抜けてボールを拾い上げ、ひょいっと投げる。バシッという音が響くと共に、何人かが同時に「うわっ」と声をあげた。けれども、ひかりは気にする風もなく、トコトコと輪の中に帰っていく。それを見届けると、ボールを受けた男子が和希たちにしか聞こえないようにささやきだした。
「伊東の玉、つよっ!軽く投げてこれかよって感じ!ビリビリしてんだけど!」
その言葉を皮ぎりに、残りの面子も次々とひかりのことを口にする。
「まあ、実際、勝負しかけられたら勝てないわー」
「でもさ、伊東、黙ってたらかわいくね?」
「それな、もったいねーよな、柔道が邪魔してる」
--……うざ……
腹の底がむかむかする、その感覚に、和希はその2文字をあてはめることしかできなかった。その2文字にはおさまりきらないほどの気持ちがくつくつと煮えているのに、他に言葉が見つからない。ひかりについての話は盛んなままだ。聞いているだけでイライラするのに、和希は聞き流せずにいた。スリーサイズがどうのとか、クラスのだれそれはひかりに気があるらしいとか。そうした「伊東談義」を和希はただ聞いているしかできなかった。
「……柔道やってないのなんて、ひかりじゃないじゃんな」
勇也のささやき声に、和希はハッとする。
「え?あぁ……」
和希は煮え切らないような声で短く返しただけだった。勇也は一瞬、和希の反応に違和感を持ったが、その理由を確認する前に攻守交代の掛け声がかかる。
「はい、ちぇーんじ」
そのあと、自分がどう立ち回ったか、そもそもどちらが勝ったのか、和希は覚えていない。
ただ、耳の奥でずっと『伊藤談義』が反響していた。
『アイツ、絶対、伊東に気があるべ』
--関係ない
和希は頭をふった。頭にまとわりつくなにかを振り払いたかった。
--ない、ない。一切、俺にカンケーない
和希はそっと斜め前に座るひかりに目をやった。
--変なの
濃紺のスカートからのぞくひかりの白い足を見つめて、和希はそんな悪態をついた。小学校ではもっぱらジーパンを履いていたひかりの膝小僧はどうにも見慣れない。
「岡田君、岡田君!早く回してよ!」
「え?」
和希はこれまた慣れない「名字+君」呼びに頓狂な声をもらした。前では女子がうちわであおぐみたいに、プリントをバタバタさせている。それにのろのろと手を伸ばした時だった。
「はい」
ひかりの声が聴こえた途端、和希は映画館に放り込まれたような、そんな感覚に和希は見舞われた。
スクリーンに映っているのは、ひかりと、その後ろの男子だ。ひかりが、あのラブラドールみたいな笑顔でプリントを回すと、後ろの男子は顔を伏せてそっとそれを受け取っている。
--関係ない!!!
和希は強引に緞帳を下ろすように、窓の方へ顔を背けた。
開け放たれた教室の窓から見える青葉は鮮やかで、気付けば土の香りも立ち上ってきている。
和希は「ああ、夏がくるんだな」と思ったあと。
今年の夏祭りはどうしようと。ふとそんなことを気にした。
今も昔も、人が思うことは変わらない。
筑波嶺(つくばね)の みねよりおつる 男女川(みなのがわ)
こひぞつもりて ふちとなりぬる
(筑波嶺にぽつぽつとふる雨垂りが、いつしか男女川となるように、雫のようにわずかだった私のあなたへの思いは、今となっては川の淵のように、深いものになってしまった)
千年恋歌 紺藤まこと @mkt_kondo
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