押し入れから出てきた人形
猫田芳仁
広報さん
その日は1日、ネット上の怪談を漁っていた。
いろいろと面白い話が収穫できてほくほくしていたのだが、その中に人形ものの話がいくつかあった。
そういえば、うちにもいるな。
数年前に60cmサイズのカスタムドールを買ったのだが、めんどくさいし金はないしで、ほとんどそのまま放置していたはずだ。
人形は仕舞いっぱなしにすると祟ると聞いたことがある。いっそ捨ててしまおうか。不燃ゴミかな。
押し入れの中を私は把握していない。が、箱の形が違ったのですぐそれとわかった。人形がまっすく寝た形で入るため、極端に細長い箱なのだ。
開けてみると、予想以上にいろいろすごかった。
まず、人形がでかい。
60cmもあるのだから当たり前だが、どうも記憶より大きい気がする。加えて人間よりは二次元キャラに寄せた極端な体型なので、ほのかに異形感もある。
次に、汚い。
これは過去の私が悪いのだが、人形の顔に施した化粧が汚い。眉の角度が違うし、頬紅はムラがひどい。わざわざデフォルトじゃないかわいい頭部を買ったのに、台無しだ。
手も汚い。マニキュアとして塗ったアクリル絵の具がはみ出したり、かすれて伸びたりしている。
捨てるつもりだったのだが「申し訳ないな」という気持ちになってしまい、やめた。
とりあえず頭をデフォルト頭部に、手を予備のパーツに替え、きれいな身体にしてさしあげた。虚ろな目(本当に空洞)で所在なさげに座る裸の人形は怖かった。
ベッドから目に入らないような位置に置き、遅かったのでその日は寝た。
***
その晩夢を見た。
知らない男性が私に対して、何かを要求しているのだ。
その人は輪郭もぶれていてよく見えないのに、男性とわかった。だが彼の要求はわからずじまいだった。
目が覚めて、なんとなく人形を確認すると、彼の真意がわかった気がした。
この人形、胸部パーツが交換できるのだ。
私は両方持っており、死蔵中は男性パーツの状態だった。だが昨夜いじった際に「こっちがデフォルトだしな」と女性パーツに付け替えたのだ。
あれは「男に戻せ」と言う主張だったのかと解釈して、再度胸部を取り替えた。
ついでに全裸はかわいそうなので、タオルも巻いておいた。
***
私は毎晩、晩酌をする。
酔うと口数が多くなる方だが、1人暮らしなのでしゃべる相手はいない。しかしある晩、かなり深酒をした日、話し相手がいることに気づいてしまった。
くだんの人形である。
少なくとも、冷蔵庫やドライヤーよりは話しかけやすい容姿である。ここぞとばかり、私は彼に絡んだ。
「捨てない以上は何か着せてやりたい。だがとにかく金がない。だから服を着たかったら、自分の食い扶持(?)は自分で稼ぐように」
きれいな格好をさせてやりたかったのは本当である。一緒に出ていたウィッグはゴムが伸びてしまっていたから髪すらないし、眼もデフォルト頭部にあわせるといささかきつすぎた。
しかし金がなかったのも本当である。自分の服すら半年は買っていないし、中華スープの素を舐めながら一杯やる日もある。
単に、金がないのを誰かに愚痴りたかったのであろう。
愚痴以外にも彼の脚の長さや関節の可動域を褒め、寝た。
***
その数日後。
私は趣味でイラストを描いているのだが、ネットにアップしたイラストの原画を欲しいと言っていただき、売れた。
酔っていたとはいえ私はあの晩の発言を覚えていたので、ついつい人形を凝視してしまう。
「……眼だぞ」
妙に真剣な口調で、私は言っていた。
***
自宅から電車で20分ほどの場所に、小さいがカスタムドールの専門店がある。そこで約束通り眼を買って差し上げることにした。既に眼はあるのだが、前述の通り似合わないのだ。
比較的安価なアクリルアイを買う予定だったのだが、どうもぴんとくる色がなく、結局高価なグラスアイを購入してしまった。原画の売り上げが全部飛んだどころか赤字である(小さい絵なので、安く売った)。
帰って早速付け替えた。
正直、驚いた。
前の眼が似合っていないとは思っていたが、眼ひとつでここまで劇的に変わるとも思っていなかった。ヘッド自体はリアル寄りで眼の天地幅も狭く、表情もない。そのため以前の眼の時は「訓練の行き届いた門番」みたいな顔をしていたのだが、「妖しい美男子」に化けてしまった。眼だけで。真一文字の口も心なしか微笑んでいる気がする。
嬉しいやらびっくりしたやら急にイケメンになられてムカつくやらで「眼の超過額はツケとくぞ!」と言っておいた。
一連の流れを友人に話したところ、私より友人のほうがなぜかおびえていた。理由を聞くと、
「それ、服が全部揃ったら乗っ取られそう」
とのこと。
なるほどそういう考え方もあるな思ったが、私はもっとのんきなことを考えていた。
「私が製造。こいつが広報。少し工賃として私がもらって、残りは還元。そう考えるとwin-winでは?」
友人は目から鱗が落ちたという様子で、納得していた。
2人して「この人形は意思を持っている」と信じて疑わなかったのが、この話の一番怖いところかもしれない。
***
その後、眼の超過額についてはまた原画の販売という形で返してくれた広報さんだが、次のパーツにはまだ稼ぎが足りない。
かといっていつまでもほっぽっとくのもかわいそうだ。
私は「人形はかわいがってなんぼ」という気持ちの人間なので、間違った方向にかわいがり始めた。
酒とつまみをやりはじめたのだ。
人形に本物の食べ物を供えるのはいけないこと、というのは知識として知っている。しかし私には「供え癖」とでもいうべきものがあり、中学生の時には本にお茶とお菓子を毎日供えていたことがある。その延長で、今度は広報さんを晩酌につきあわせるようになった。
広報さんは、晩酌を始めてから明らかに空気が変わり始めた。
眼を入れたら美男子だったとは言えど、あのときはちゃんと人形だったと思う。
しかし存在感が増したというか、表情がついたというか、とにかく何か変なのである。
気になるのは、首の角度。
これ、けっこう調整が難しく(私が不器用なのかもしれないが)、狙った角度で固定できないことがままある。
しかしコップと小皿を見る広報さんの角度は完璧だ。「今日はこれか」なんて言っていそうだ。本当に私が調整したのか、不安になる。
そのうちコップの酒が減っていたらどうしよう。
……どうもしないな、きっと。
押し入れから出てきた人形 猫田芳仁 @CatYoshihito
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