見えない恐怖

帆場蔵人

見えてます?

学生時代にバイト先の先輩から酒を飲んだ際に聞いた話である。


真夜中に廃墟や心霊スポットに行くなんてのは真夏のレクリエーション、つまりは肝試しだろ。ほとんどが興味本位とか女の子と仲良くやるきっかけなんだよな。


そりゃあ、本当に見える奴なんてのもいるのかもしれないけど。少なくとも俺は見たことないよ。お前はどうよ。幽霊とか見たことないだろ。え? 不可解な目には何度もあってるって。お前は怖がりだからなぁ。その癖、ホラー映画とか好きだよな。


話を進めろって?急ぐなよ。あんまり気持ちの良い話やないしな。そのつまみ美味そうだな。お、悪いな。ビールに合うねぇ。あ、お姉さん俺にもっと同じのちょうだい。なぁ、あの娘、お前好みじゃないか脚が、こうすらっとして清楚な。わかった、わかったから話を続けんだろ。


え、と、そうそう幽霊なんか見たことないって話だよな。先週の土曜日、ほらお前も知ってる前にバイトに入ってたK君覚えてるか?あのK君に誘われてな、隣の市の山ん中まで深夜のドライブをしたんだ。あれって私有地になんのかな。舗装された道路から外れて、車がすれ違いも出来ないような山ん中に面白いもんが見れるからって入ったわけ。なんかさ、入り口の横がスクラップ置場みたいになってて打ち捨てられた感じがあるんだ。突き当たりまで行くと幾らか拓けてて、さきに着いてた奴らの車が二台あったよ。


なんか昔は茶畑でもしてたのかね。山の斜面に見たことあるような茶の木が沢山、植わってた。月明かりだけじゃ暗いんで誰かが持ち込んだろうな。電気のカンテラみたいなのが木にかけてあった。で、だ。その奥には朽ちた小屋があったんだけど簡易便所にしてたのかね、ちょっと臭ってたのが妙に気持ち悪く感じたよ。なんつうか、朽ちてるのに人の気配を感じるっていうのかな。


それでその小屋の横に一本の木があって、周囲に人が集まってたんだ。その木の枝に……ロープが吊るしてあったって言ったら、もうなんとなくわかるよな。


そうそこで首吊りがあったそうなんだ。


な、嘘くさいだろ? 首吊りのロープがなんで残してあんだ?それもご丁寧に下にはボロい椅子が置かれてんだ。つい、笑いそうになったのを堪えたね。皆んな指差したり、きゃぁきゃぁ、言いながら輪になって彼氏にしがみついたりしてんだよ。


その中にK君の彼女がいたんだけど、目があっても俺に気づいた様子がないんだ。ちょうど例の首吊りのロープを挟んで友達と騒いでんだよ。感じ悪いなぁ、と思ってたらK君が言う訳、


ほら、あれ見えるやろ。マジもんや!


俺は意味が解らなかったけど、


首吊りのロープ、雰囲気ヤバイな!それでここにあれの幽霊が出るのか?


て、聞いたらK君すげぇ変な顔で、


え?あれだよ。あの椅子の上に立ってるおっさん。あれ幽霊なんだぜ!すげぇだろ、自殺して幽霊になってもまだ自殺しようとしてんだぜ。どんだけ自殺したいんだっっての。


こんなこと言うんだよ。いや、俺にはさっぱり見えないんだって。ただロープが揺れて木の枝が軋む音が聞こえるくらいで、なんもねぇの。担がれてんのかと思ったんだけどさ、それにしちゃ皆んな一様に視点の集中の仕方とかリアクションのタイミングがあってんだよ。なんか気味が悪いだろ?


もしそこに首吊りをしようとしてる幽霊がいるなら、ロープの輪っか越しにK君の彼女と目があっても反応がなかった理由がわかってくるよな。


幽霊に遮られて気付かれてなかったんだよ。

俺にしたら目があってたのにな。


どうやらその集団の中で俺だけが、見えてないらしかった。そのとき急に椅子がふらふら、と揺れて歓声が上がったんだ。行け、ほら、早く……そんな言葉に俺は段々、気味が悪くなってきた。お前もあいつらの顔を見たら解るよ。人が自殺するところを娯楽映画でも見るみたいに、恐いもの見たさの期待に濡れた顔をしてるんだぜ。中には悪ノリして椅子を揺らしたり、石を投げたりする奴もいて、その度に皆んなが一斉に引き攣ったような笑い声を上げるんだ。


幾らなんでも悪趣味じゃねぇか、そう言おうとしたんだけどあいつらの興味が俺に向いたらって考えてしまったんだよ。あの顔が俺に……あれな、なんて言うんだろうな。ほら集団での虐めとか、公開処刑を見て喜ぶみたいな表情? なんてぇのかな。嗜虐心? あー、そうそうそんな感じだな。いたぶって楽しんでんだよ、ありゃ。


……ねぇ、お姉さんさっき頼んだおつまみ、まだなんだけど。なんか思い出したら寒気がしてきたな。その日本酒、貰っていいか?ぷはっ、日本酒てキツイんだな。暖まるわ。


それでどうしたって?俺には幽霊見て笑う趣味なんて無いからな。そもそも見えねーし。でも気味悪いから、一人でさっさと帰ったよ。途中の山道をあいつら追っ掛けてくるんじゃないかと、気が気でなかったぜ。狭くて木に囲まれた暗い道を一人で逃げるなんて、ホラー映画なら死に筋だろ? 知ってる道に出たときの安堵感たらなかったよ。


しかし。まさか幽霊の首吊り見物なんてな。幽霊よりあいつらにゾッ、としたよ。あれからなんか、心霊スポットに行こうって気がなくなったね。しかし、おつまみ来ねえな。


これで先輩の話は全て終わった。


僕は店長に手を挙げて先輩のおつまみを注文した。何故なら先輩が言う僕好みの脚のすらっとした女性店員が見当たらなかったからだ。そもそも先輩が注文したとき、混雑する店内に遠目にも僕はその女性店員に気がつかなかった。果たして先輩にだけ、見えていたのか。今となってはわからない。


もし、自分だけ見えていないとしたらどちらが正常なんだろう。そんな事を考えて酷く寒気をおぼえた。


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見えない恐怖 帆場蔵人 @rocaroca

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