真夜中の初詣

仮巣恵司

真夜中の初詣

 二十歳も後半になってくると友人たちは忙しくなってくる。

 かつて馬鹿をやった連中も家庭を持てば大人しくなり、たまの長期休暇に遊ぼうなどとのたまう人間は大馬鹿をやっていた連中くらいものだ。

 私もまたこのんで大馬鹿をやる人間だったので、特に親しいのもまた大馬鹿仲間であり、自然とよく会うのも彼らが主だった。


 YくんとKくんの二人である。


 二人とも地元を離れてはいたが盆正月には顔を出す。三人が集まると酒をかっくらうかカラオケで叫ぶか適当な道でドライブと洒落しゃれむかがつねだった。


 この正月ではドライブが選ばれた。


 運転席にKくんが、助手席に私、後部座席にYくんという並びである。

 目的地もなく車を転がす。何しろドライブの主役は会話だ。個室で馬鹿話に花を咲かせられれば問題ない。

 くだらない話、下世話な話で盛り上がり、車内に心地よい沈黙が流れた。

 そういえば、と切り出したのはKくんである。


「初詣行った?」

「いんや」

「まだだねぇ」


 私とYくんがいなと返す。


「それじゃ、いつものとこ行くか」


 いいねぇ、と二人。


 Kくんの指すいつもの場所とは、Yくん宅からほど近い場所に鎮座ちんざする神社のことである。全国的に有名で、初詣となれば近隣で交通整理が行われる程だ。

 今は深夜、丑三つ時もとうに過ぎている。拝殿は閉ざされ出店屋台も閉店、真っ暗な参道だけが解放されている。だからこそ狙い目なのだ、と私たちは知っていた。拝むだけなら参道からでも構わない、人が少ないのならむしろ好都合。何年も前から、私たちは夜の参拝を行っていたのだ。


 再び思い出話に話を咲かせて数十分、私たちは目的地に辿りついた。


 神社には広い駐車場が隣接している。

 昼時は満車も満車で、地元学校の校庭を臨時駐車場にしなければならないほどだったが、今こそ好機、見事なまでにがらがらで、コンクリートの黒に白線が浮かび上がる姿は碁盤の目。どこに停めても文句の言われぬ貸し切り状態なのだった。


 これ幸いと駐車場を一周。


「どこ空いてるかなぁ」


 などと冗談を飛ばすKくんであった。

 Yくんもまた戯れに乗っかる。


「お、一番近いとこ空いてるじゃん!」

「ラッキーだよ、ラッキー。取られないうちに停めちゃおうぜ」


 何とも意味のないやり取りを経て、最も参道に近い場所に車を停めた。

 エンジンが切られる。

 さて行くか、と各々がシートベルトを外した。

 助手席の私もそれに倣いドアを開ける。


「うおっ!」


 地面を見るなり悲鳴が漏れた。


 赤い靴が、綺麗に揃えられていた。


 ハイヒールである。


 まるで私が降りる場所を知っていたかのような配置だった。

 悲鳴に気付いた二人も真っ赤な女性靴を見て驚く。


「お前、これ……いつ仕込んだんだ?」

「……俺じゃないって。開けたらあったんだよ」


 いまだ早鐘はやがねを打つ胸の鼓動を聞きながら、私はハイヒールを避けるように下車した。


「いや、おかしいって」


 運転手のKくんが声を潜める。


「だって、停めるときに見てないもん」


 彼は真面目な人間だ。いくら巫山戯ていても脇見や余所見をするような性格ではない。停車位置を確認したとき、この鮮やかな赤色の靴を見落とすはずがないのだ。他に車のない駐車場である、隠れるような物陰もない。

 突然出現したとしか考えられなかった。


 結局、深夜の初詣は取りやめとなった。

 帰り道の車内では、さすがの私たちでも馬鹿騒ぎなど出来るはずもなく、重い雰囲気の中で解散する次第となったのである。

 その後、私たちは真夜中の初詣は慎んでいる。

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真夜中の初詣 仮巣恵司 @N_charis

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