ダッグアウト 1

 久しぶりの部活オフ、栞は一人のんびりと元町から山下公園に出て、中華街で遅い昼食をとろうと天長門の近くを歩いていたら、人ごみの中に見慣れた小さなボブカットを見つけた。

「チューリ?」

 思わず声をかけてしまった。

 いつものように抑揚なく振り返る穂積。しばらくじっと栞を見ると、ポツリと答えた。

「帰る」

「えっ?」

「家」

「あ、ああ帰るのね。こんなに早く?」

「来る?」

 思わず栞はうなずいた。

(今更だけど、チューリのプライベートって想像つかないのよね……)

 中華街から歩いて15分ほど、山の手にある閑静な住宅街の中を通って、プールつきの大きな家に連れてこられた。

 カメラ付きのインターホンを押す穂積。

「ただいま母親」

「あらあらまあまあ、ほっちゃんがお友達つれてくるなんてっ」

 穂積を一回り大きくしたような、それでも十分小柄な穂積母が、パタパタと玄関に現れた。

 穂積は手のひらで栞を指し示して。

「カノー」

「初めまして、中里さんのチームメイトの叶です」

「初めまして、穂積の母です」

 丁寧にお辞儀をし合うと、穂積母はほっとしたような笑みを穂積に向けた。

「よかったわ。ほっちゃん無口だから、高校でお友達ができるか心配だったの」

「トモダチ?」

 小首をかしげる穂積。

(チューリ、そこ否定するの!?)

「仲間」

(……そっちの認識だったのね)

 広い玄関でスリッパに履き替え穂積についていくと、優に十畳はあるリビングの前に通りかかる。細身の紳士がソファーでくつろいでいた。

「ただいま父親」

「初めまして、お邪魔します」

 こくりと無表情でうなずく穂積父。冷淡な感じはなく、もともと無口で感情が表情に出にくいタイプらしい。外見は母親、性格は父親に似たようだ。それにしても。

(親のことを父親母親って呼ぶ家庭、初めてよ……)

 長い廊下に出ると、複数の足音が聞こえてきた。廊下の向こうから怒涛の勢いで走ってくる三匹の犬を指さす穂積。

「マダックス、グラビン、ㇲモルツ」

 三匹の大型犬に飛びつかれ、無表情で下敷きになる穂積。

「チュ、チューリ大丈夫!?」

「……重い」


 その日は帰るまで、中里家でのカルチャーショックに栞は翻弄された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る