第5話
穂積の投じたズラすボールはそれだけではなかった。外に逃げたり、沈んだりもした。何とかミットからこぼさなかったものの、栞はほとんどポケットでは捕れなかった
「……カットボールにツーシーム、最後の沈んだのはなに!?」
半円と半円の間、一本の縫い目に平行に指を添わせるような握りを見せる。
「動画で見た、やったらできた」
それはワンシームと呼ばれるものだった。
「ちょっとしか変化しない、使えないと思ってた」
「そんなことないわ、このムービングボールシリーズは武器になる!」
「武器……?」
ピンとこない穂積。変化球は大きく鋭く変化するほど効果があると思っていた。変化が小さいと簡単に打たれてしまうと。
「前にチューリはコントロール以外自分には何もないみたいなこと言ってたけど、そんなことなかった」
小さく変化させることは、大きく変化させること以上に難しい。なぜならよりバッターに近いところから変化させ、速球と錯覚させてバットの芯を外す必要があるからだ。ここがただのキレのない、手前から曲がる投げそこないの変化球との違いだ。
「わかりにくい、気がつきにくいけど、確かな才能があなたにはある」
栞は強い瞳で断言した。
「小さくボールを動かせる、それがあなたの才能」
「私の才能……」
穂積の瞳が大きく見開かれる。ないと思っていたもの、心の底から欲しかったものをついに手に入れた、そう思ったからだ。
「このムービングシリーズ、コントロールできる?」
うなずく穂積。バッピーだったころはただ指示通り投げるだけで、ムービング系など投げたこともなかったが、感覚としては速球に近く、穂積にとってはスライダーやシンカーより投げやすいくらいだった。
新鮮な驚きと喜びがあった。何より自分にかけてくれる期待が嬉しかった。
「なら、このボールを生かして凡打の山を築けるわ!」
ムービングを組み込んだ配球、そしてベンチに食い込む戦略を栞から明かされた。
「カノーすごい、プロのキャッチャーみたい」
「私たちが不利を押しのけ背番号を手に入れるには、一人一人では難しいかもしれない。だから二人でしかできないことをやってアピールするの」
そう言うと栞は、近くに置いておいた自分のエナメルバックから、レギュラー組のスコアブックを取り出して穂積に説明した。
「調べてみたんだけど
びっしりとカウントや走者、球種以外にも、バッターの特徴や戦術まで書き込まれたスコアブックの何か所かを指さす。
現在のところ、ベンチ入りメンバーの中に左の投手は居なく、正捕手はバッティングはいいが肩が弱い。結果、左バッターに出塁されると盗塁をされ、それが失点につながることが多かった。
「対左バッターキラー。そのスペシャリストバッテリーとして、私たちは試合出場組に食い込む!」
「おー」
(この見えにくい才能、キャッチャーとして絶対に生かして見せる。それが私の武器にもなる)
小学生のように目を輝かせている穂積を見て、栞は固く心に誓った。
狙うは来週予定されてる新人紅白戦。そこで監督やコーチ、上級生にどこまで強い印象を与えられるか、そこに今後のすべてがかかっている。
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