第4話

 人気のない野球部のグラウンドに、やや軽めのキャッチングの音が響き渡る。

 朝練前の30分、球数を決めての早朝自主練を穂積と栞のバッテリーは続けていた。

 選手層の厚さを考えれば、同じような練習をするだけではレギュラーどころかベンチ入りさえ望めない。

 練習量が多いほど実力が向上するとは思わないが、工夫した独自の練習を効率よくするには、ブルペンが使い放題のこの時間がもっとも効果的だ。

「……どう?」

 球を受けていた栞は、微妙な表情を浮かべて穂積にボールを返した。

「スピードは落ちてるけど、今度はがなくなってしまってるわ」

 速球とスライダー、もしくはシンカーにもっとスピード差をつけたい。そういうテーマで取り組み始めて二週間、以前よりはスピード差をつけられるようにはなったものの、そうすると肝心のキレがなくなってしまった。

 回転系の変化球でバッターを打ち取るには、ただ曲げればいいというものではない。特に軌道の変化で打ち損じや空振りをさせる回転系の変化球スライダーやシンカーには、変化の急激度が必要になってくる。その急激度によってバッターは目測を誤って打ち損じたり空振りしたりするからだ。単純にひとくくりにはできないが、それをキレと言ったりする。

 キレをそのままにスピードを落としてさらにスピード差でタイミングを狂わせたいのだが、なかなかうまくはいかなかった。

 穂積はじっとボールを見つめて思い悩むようにうつむいてしまった。粘り強い反面、思いつめてしまうところが穂積にはあった。

「まだ始めたばっかりだし、少しづつ進化させればいいと思うわ」

 敏感に察知した栞は、穂積に近寄ると明るく声をかけてボールを手渡した。ピッチャーはメンタルな生き物だから、ポジティブな気持ちに誘導しなければならないことを、栞は熟知していた。

「それにたとえできなくても、ほかにいくらでもバッターを打ち取る方法はあるし」

「ほか……?」

「たとえば縦の変化とか、錯覚の変化とか」

「……」

 何かに気づいたように穂積は顔を上げた。

「ほかの変化球があるの、スプリットとか?」

「無理」

 そう言って穂積は胸の高さで、パッと手を開いた。そこには、標準よりかなり小さな手のひらがあった。

「縦の変化もスピード差をつけるのも難しい」

 そういいつつ、思い出すようにボールの握りを確かめる穂積。

「けど」

「けど?」

 言いよどむように少し間をおいて栞を見る。

「ズラすことならできる」

「ズラす??」

「投げてみる」

 栞を戻すと、穂積は握りを確かめるようにセットポジションをとった。

 いつもと同じようにモーションに入る。基本中の基本、右バッターを想定してのアウトロー。

(いつものスピード、いつものコース……)

 栞の構えたミットに、いつもと同じように吸い込まれるようにボールが納まる。

 はずだった。だがボールはミットからこぼれベースの横に転がった。

 栞が驚きの表情で穂積にボールを返す。

(ボール一個、いえ二個分内側にずれた!?)

 見極めの難しさを考えて、栞は注意深くミットを構えなおした。


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