神のコンビネーション

mirailive05

第1話

 野球部に入部した時から覚悟はしていた。

 全国的には無名だが、卦美かみ学園は全国大会出場にあと一歩というところまで行ったこともある強豪校だった。

 過去形なのは、最近これといった実績を残せなくなって何年もたっていたからだ。

 それでも、毎年そこそこの選手が集まってくる。

 中里穂積なかざとほずみは周りの野球部員を見るたびに絶望する。どの部員も自分より大きく、運動能力も高い。

 それでも穂積がやめなかったのは、いまだ自分は野球で何の実績も残せてはいないという思いと、女子野球では希少な左投だったからだ。

 いまだに女子高校野球はマイナーなスポーツだ。バレーやバスケットなどと比べると競技人口も規模も小さい。ほとんどの高校で女子の野球部はないのが普通だ。

 その中で女子野球部を維持・運営しているということは、狭き門をくぐってきた選手たちが集まるということでもあり、必然と競争も厳しいものになる。

 新入部の挨拶もそこそこにランニングやキャッチボールなどの全体練習に入り、内外野のノックを受け、フリーバッティングへ。

 その中で一人、初日から目立つ部員が居た。

 叶栞かのうしおり、穂積と同じく左投の彼女は無名の中学出身ながら肩は強いし足も速い。何より捕球が柔らかく、手に吸い付くように捕るのが印象的だった。

 その彼女がバッティングゲージに入るところで、穂積は監督に言われバッティングピッチャーに就いた。

(ここでも同じかもしれない)

 頭に不安と絶望がよぎる。コントロールがよく打ちごろのスピードの穂積は、中学時代もよくバッティングピッチャーに指名された。結局その三年間、練習試合以外で登板する機会はなかった。

 彼女が右バッターボックスに入る。お願いします、と彼女は丁寧に言った。

 初球。バッティング練習とは言え実戦を想定しているので真ん中には投げない。コースも高さもアウトローのストライク。見送るのかと思われた瞬間ボールが消えた。気が付くと右方向の強烈な打球がフェンスにまで駆け抜けていった。

 絵に描いたようなダウンスイングからの右打ち。ここまできれいに打ち返されたことは、今までにはなかった。

 続いて同じコースに同じボールを投げる。再び同じ打球を返された。

 才能。その違いを見せつけられているようで、気持ちが沈みかける。それを頭を振って無理やり追い払い、三度同じコースに穂積は投げ込んだ。

 それをなぜか彼女は打ち返さずに見送り、じっと穂積を見たあと左バッターボックスに入り直した。スイッチだったことに軽く驚いたものの、再び彼女の願いします、の言葉で投げ始める。

 やはりアウトローへ、ただしバッターが左打席に立ったのでコースは反対になる。

 今度は一転、彼女は踏み込んで引っ張ってきた。同じような強い打球が右方向に駆け抜けてゆく。徹底した進塁打、それが彼女の持ち味らしかった。

 最後の方は両打席両コースともに、右方向左方向センター返しと打ち分けて、彼女のバッティングは終わった。センスもさることながら、練習によって身に着けたであろう技術力の高さに、穂積は圧倒された。なぜそんな選手が無名だったのか、穂積は少し疑問を持った。


 全体練習が終わり、各自が課題をもって取り組む個人練習が始まった。

 穂積は今日はいきなりバッティングピッチャーをしたのでどうしようか迷ったが、ブルペンに行くことにした。数球でいい、角度のついたところで投げておきたかったからだ。もっとも、受けてくれるキャッチャーが居ればの話だが。

「中里さん、ブルペンに行くの?」

 最初に声をかけてきたのは彼女の方からだった。その栞の右手のグラブが目に入る。

「キャッチャー……」

 栞のポジションは意外なことにキャッチャーだった、それも左の。守備練の時は、全員が内外野についていたので、てっきり外野手だと思っていた。

「意外?」

 穂積は首を振った。

「叶さんなら、どこでもできそう……」

 左投げのキャッチャーは珍しいが、決していないわけではない。ただ、左特有の不利さ、たとえばクロスプレー時に左から本塁に向かってくる走者に対して、右のミットが遠回りしてタッチに行かなくてはならない等のため、より高い身体能力が要求されるので極めて数が少ない。

「ありがとう。でもキャッチャーがやりたいの」

 そう言った彼女は、少し複雑な表情を浮かべたような気がした。

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