第3話

朝練より30分早くブルペンに入った穂積と栞は、今現在の持ち球を確認した。

速球、スライダー、シンカー。球速は女子高校野球の平均の110キロに届かない。それが穂積の持ち球のすべてだった。あとはしいて言うなら速球を味付けできるくらいだ。

だがこれらを完璧に制球できたとしても、神のコンビネーションなんてものにたどり着けるとは瑞穂には思えなかった。

一にも二にもスキルアップ。現状スピードの強化は望み薄だから、球種の増加が課題だろう。

と思ったら栞に止められ、代わりの提案をされた。

それは三種類の球種を六種類に増やすというものだった。

「???」

意味が分からず小首をかしげる穂積。小さな頭の小さなボブカットが揺れる。

「ざっくりコンビネーションは左右・上下・緩急の三種類」

栞の説明は明確だった。

「状況でさまざまに変化するけど、基本はこの三種類の組み合わせ」

いまいちピンと来てない穂積に、さらに噛んで含めるように説明する。

「えーと、同じコースを続けるより、インコースの後にアウトコース、低めの次に高めっていうように、視角差をつけられた方がバッターは打ちづらいのは知ってるでしょ?」

コクコクとうなずく穂積。

「中里さんは」

「チューリでいい、ずっとそう呼ばれてた」

「わかった。私は特にニックネームで呼ばれたことはないから、叶でも栞でも好きに呼んで」

「じゃ、カノー。かっこいい」

少しイントネーションを変えて言う穂積。

新鮮な響きだったのか、栞は少しうれしそうに笑った。

「今チューリにあるのはスライダーとシンカーの横の変化。縦の変化は後に回すとして、緩急が絶対欲しいわ」

女子高校野球創成期に比べ、今のレベルはかなり上がっている。体力的には男子と比べるべくもないが、技術的には中学と高校の間くらいにはある。横の変化だけでは一回戦突破もままならない。

「……チェンジアップ?」

「ううん、安易に新しい変化球に走るのは賛成できない。だからスライダーとシンカーをレベルアップしたいの、わかる?」

穂積はしばらくボールを手の中でいじった後、栞の意図を了解してうなずいた。

この速球と二種類の変化球にもっと球速差をつけられないか、ということだ。

「ん、やってみる」


その日から、穂積の緩急修得の日々が始まった。

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