第4話 攻撃の科学 VS 防御の科学


「おはようございます」


「おはよう。雨降ってきたか 」


「いや、薄曇りですね」


 ペルセウスの初代隊長 佐治さじ 崇一しゅういちの副官を務める浅見あさみ 義彦よしひこが大きめのカップコーヒーを片手に出勤した。ペルセウスの本部指揮室に備え付けられているコーヒーメーカーでれるそれとは異なる芳醇ほうじゅん香気こうきをたゆたわせている。


 浅見は、赤坂見附駅の近くにある “岬馬みさき珈琲コーヒー ”で必ずと言って良いほどコーヒーをテイクアウトして出勤する。

 店主の岬馬が1杯ずつネルドリップで丁寧に抽出することにこだわっているため、テイクアウトまでに時間がかかるのが難点だが、浅見は香ばしい珈琲豆の香りに包まれながら待つことさえたのしんでいた。


「アクアリウム(本部指揮室)にいると、天気も気温も分かりませんよね。今日12:00迄ですよね」


「そうだよ。昨夜は海豚いるかが2回もなげいたよ。疲れたから “地下の棲家すみか” に帰るとするかな」


「良いですね、楽で。やはり私も借りようかな」


「浅見は祐天寺ゆうてんじだったよな」


「そうです。渋谷乗り換えが面倒なんですよね。槙島まきしまはARK1の部屋にしたんですよね。楽で良いですね。隊長も乃木坂の官舎引き払ったら如何いかがですか」


「嫌だね。穴倉生活あなぐらせいかつは抵抗があるよ。お日様に当たりたいんだ」


「ARK1中央公園に行けば、も照っていますし、決まった時間に人口雨も降りますから外に行かなくても良いんじゃないですか。私はペット禁止じゃなければ越してきても良いですね」


「ペットは流石さすがに認め……」


 キュキュキュン キュキュキュン!

 緊急応援要請ESR(Emergency Support Request)を告げる発報音が崇一が返答の後半部分を強引に奪い去った。


「案件NO.001 警視庁より入電 多摩地区 移民自治区周辺で暴動発生のため出動要請。現場は瓜生緑地に隣接する鎌倉街道の路上。" 北朝鮮製の小型携帯火炎弾射出武器 ビーストバレル”らしき火器が使用された模様。多摩警察署のPC2台が爆発炎上。警察官9名が現場にいるが現状通信不能」


「朝っぱから凄いですね。BBかぁ。強烈なマグマの玉をぶっ放すみたいなやつですよね。 多摩地区の移民街は最悪だと聞いてますが、まさかバックに北が関与してるんでしょうか」


“ビーストバレル(Beast Barrel)” は北朝鮮の独自開発兵器で、主に“千里馬旅団”が使用している。


 直径5cm程の特殊マグネシウムの球体に、ガソリン、特殊エタノール、三フッ化化合物を混合して生成したゲルを発射直前に巻き付け、小型電磁誘導装置で射出しゅしゅつする仕組みを備えている。


 発射時点では7cm程の大きさの火球かきゅうが空気にれながら次第に大きくなっていく。

 射程最長35mに達した時には約3.5mの大きさと温度2,600度の火の玉に化ける。10m地点では2mほどの大きさとなり、人間であれば一瞬にしてすみにしてしまうような強力な武器なのだ。


 1丁が5億円程度、1発の火炎弾を射出するのに約100万円程度の高コストが必要なため、おいそれと入手・運用出来る代物しろものではないはずである。


 これを移民者と思われる犯罪者が携帯していることは異常な事態であり、北朝鮮との関係性を疑わせる明確な材料となった。


 当該武器はキム容夏ヨンハが本国(北朝鮮)から2丁を調達し多摩地区(多摩・八王子)の移民街に配備した。北朝鮮との関係性を疑われることは想定済みであり問題視してはいなかった。

 それよりも各移民街の攻撃・防衛力を向上させ、勢力の維持·拡大を図ることに力点りきてんを置いたのだ。


 本国からの武器調達は困難では無かった。

 ステルス機能を持つ3人乗りの小型高速潜水艇 “ 白頭山号ペクトゥサンゴウ ” が “千里馬旅団” 用に独自開発されたことにより密輸入実行が劇的に容易になったのだ。


“白頭山号” は、予め密輸入を想定して開発された潜水艇であり、誘導システム付きの "貨物ポッド” を内臓している。密輸先の海岸近くでポッドを射出した後、潜水艇内で遠隔操作して目的地点に正確に到着させることが出来る。

 これにより、潜水艇は海面に姿をさらすことなく、また岸壁近くの難しい操舵そうだをする必要もなくなったことで安全に密輸入が出来るようになったのだ。


 ポッドにはホバー機能が付いており、短距離であれば浮遊することが出来るため、運搬トラック等への搬送は容易だった。また、ポッドには自爆機能が内臓され、第三者に奪取された場合には遠隔操作により爆破させることが出来る仕組みも備えていた。


“千里馬旅団” 用の軍備は多彩である。

 禁忌きんきの科学力でバージョンアップされた兵士の肉体と頭脳とこれらの軍備が結合し、絶大なシナジー効果を発揮していた。


 建物の物陰から敵に姿を晒さず正確に敵を狙撃そげき出来る "コーナーショットライフル” や鉄棒ですら簡単に断切だんせつする “電磁でんじショートブレード” などの武器に加え、”通称 フライ(Flies)”と呼ばれるハエを模した偵察用ツール" や “ビートル(Beetle)と呼ばれる超小型コントロール爆弾 ”などの “マシナリーインセクト(機械昆虫)” も備えている。

 ビートルは、ほんの小さな爆発力しか無いものの、狙った標的に確実に当てることが出来るため暗殺や破壊工作などの局面では重宝されていた。


 ビーストバレルの導入を皮切りに、キム容夏ヨンハは首都東京に動乱を起こす準備を着々と本格化させ始めていた。



 SIC (シック:戦術情報制御AI)、音声決裁承認システム起動」


「音声決裁承認システム起動しました」


「案件NO.001について隊員番号01-001 佐治 崇一出動承認」


「出動承認記録 8月28日 09:01:02 」


「SIC、α班に情報連係」


「α班に情報連係完了」


「SIC, 、2分後、α班班長に通信繋げ」


「α班班長通信繋ぎました」


「α班隊員番号01-004 岩城いわきかおる 案件内容確認した」


 岩城 馨は、“ペルセウス一 喧嘩の強い男”と嘘か真か判らない噂が立っている男で、 “ アニキ” の異名を持つ33歳。プロボクサー崩れの男に絡まれた際に一撃で殴り倒したという噂もあれば、六本木で外人3人を相手に殴り勝ったなどの噂もある。

 トラッドリーゼントの髪型が雰囲気をかもし出している。


 細面ほそおもて、シャープなあごと鼻筋、けた頬、やや下がったまゆ、優しげな眼差し、178cmのスレンダー身体つきからは、屈強そうな外人相手に乱闘をした人物とは到底とうていうかがえない。

 しかし彼の来歴を聞けばもありなんと得心とくしんするかもしれない。


 彼はエリート揃いのペルセウス隊員の中でも異色の経歴を持っていた。

 神奈川の海が見える名門高校をギリギリの成績で卒業した彼は、就職はせずに友人と共同出資でカフェを開店した。資金は親が大学進学のために貯蓄していた資金を借りた。


 高校在学中にバイク免許を取得し、父親のハーレーダビッドソン ナックルヘッドを譲り受け、19歳になった時、“Iron Pēgasos (鉄のペガーソス)” という、良く言えばバイクチーム、悪く言えば暴走集団を結成し、ヘッドとしてチームを統率した。チーム入りの条件は、1.ハーレー乗り 2.腕っぷしが強い 3.男、の3点で、岩城がチームを脱退するまでにメンバー数は31名までふくれ上がっていた。


 国道246号をIron Pēgasosのメンバー19名ほどが走行していた際、厚木の桜坂交差点辺りで柄の悪い暴走族と出会でくわしたことがある。

 暴走族は総勢41名、バイク26台、車7台の大部隊であった。Iron Pēgasosに倍する勢力があり余裕だった暴走族は次第にちょっかいをかけてきた。


 幅寄せや前面での急ブレーキ、あるいは車の中から物を投げつけるなどの行為をおよそ10分にわたり続けていたが、怒り心頭に発した岩城が併走している暴走族の1人を蹴り倒して転倒させ、1回バイクでいた後、馬乗りになって強烈な打撃を喰らわせた。

 そして息も絶え絶えの “暴走族の1人” から暴走族の頭が乗っている車の車種を聞き出した。その間、Iron Pēgasosのメンバーは岩城を囲むようにしてまもりを固めていた。


 岩城はバイクにまたがり直し、暴走族の集団を中央突破すると、最後方にいた黒のスカイラインGTRに横付けし、ライダーブーツのかかとに貼った鉄板でドアガラスを叩き割った。

 そして車内に1人乗っている暴走族の頭を破った窓部から力任せに引きずりだし、パンチ5発とブーツによるストンピングをみぞおちに一撃喰らわせ気をうしなわせた。

 岩城は気を失なっている暴走族の頭の首根っこをつかんで引きり上げ暴走族の前に放り出すと、暴走族のメンバーはあやつり糸を切られたマリオネットのように動きをめた。


 岩城はその場で仁王立におうだちしながら、アメリカンスピリットを1本取り出し火をけた。

 首をかしげてあごを突き出し、不敵ふてきな表情で暴走族達を眺めながら煙草を吸い終えると、岩城は仲間のいる所に目掛けて暴走族の集団の中をゆっくりと愛車のハーレーで通り抜けた。


 それはまるでキングの凱旋パレードのようなおもむきがあった。


 暴走族達は、岩城のライダーズジャケットの背中に刺繍ししゅうされている “Iron Pēgasos”の文字と、“前脚まえあしげて鉄のペガサス” をモチーフにしたチームマークを呆然ぼうぜんながめながら、それぞれの心の内に焼印やきいんをされた。


 くして岩城に焼印を入れられた暴走族達は、その後にIron Pēgasosと岩城の伝説の伝道師となった。


 商才に恵まれなかった岩城は儲けが伸び悩むカフェをたたんだ。24歳になったばかりの年だ。

 その後転職先を探していた時にたまたま知った陸上自衛隊入りを前提とする“一般曹候補生” 試験を受験し合格する。


 元々は学業・運動ともに非凡なものを持っていた岩城は陸上自衛隊にいて頭角を現し、ペルセウスの入隊試験を受けるに至った。

 所属する陸自の関係者は岩城ならなんとか合格出来るかもしれないと思っていたが、その予想をはるかに上回り、第1期 合格者数100名の内、4番の成績で合格した。

 苦手な政治経済学の出題が無ければ、更に順位を上げていただろう。


 こうした 来歴が 岩城の“おとこ” を周囲の者に感じさせているのかもしれない。


 「岩城さん、確認済だと思うが対象はリスクランク最高レベルの火器を携帯中。銃撃戦においては世界最凶最悪の代物だ。さらに最悪の移民街の至近でもあり、SIC の案件評価も久しぶりのD (Difficilt)だ。移民街エリアへの侵入は不可。"BB弾"を喰らったらPPFでも防御不能。黒こげの丸焼きになる。ミッションは警察官9名の生存確認と保護。戦車でも蒸し焼きにされるらしいから、インターセプターでも耐えられないかもしれない。

 BBは7発で弾切れ。弱点は短時間に連続使用した場合には銃自体を専用装置で1時間ほど強制冷却しなきゃいけないらしいこと位だ。あくまで噂だが」


「BBは一丁か」


「未確認。いずれにせよガチンコは無理だ」


「隊員4名とWINを投入する。インターセプターは標的になるから今回は一般車両で行く。車両1台で30億が吹っ飛ぶからな。投入者情報はSIC登録済」


 インターセプター(Interceptor)とはペルセウス専用公式車両である。


 隊全体で50台が用意されている。特殊強化ガラスと軽量特殊合金・複合装甲でボディが製作され、多孔構造と耐摩耗性ゴム・低発熱性ゴムなどで出来たノーパンクタイヤを履いている。

 長時間の待機に活用することを想定し、車内で快適に過ごせるように睡眠や簡単な飲食や用を足せるような装備も備え付けられている。

 また、非対称透過シールドを応用活用した光学迷彩こうがくめいさいにより車両を外部から視認出来ないようにすると共に外部からの攻撃を防御するPPF(Personal Plasma Field)を備えている。



「気をつけて。北の工作員がいるかもしれない」


「了解だ。現場到着後一旦報告入れる」


「班長、今日はこんなパンでさえないですね」


「IC(インターセプター)の耐久力なら大丈夫だと思うが、戦車を燃やしたという噂があるから大事をとっての判断だ」


「班長、小官は実戦でBBに遭遇するのは初めてです。初期研でチラッと習いましたがヤバイですね」


「俺も無いよ。PPFなら一回は直撃をまぬがれるかもしれないが熱射で黒こげになる可能性がある。電池交換の間はねえぞ。現場まで約500mの地点で車を降りてBirdを飛ばして現場まで警戒しながら歩いていく。ジョンは最後尾で全員を保護・サポートせよ」


「ジョン了解」


 ジョンはα班専用のWIN (戦闘支援用アンドロイド)である。は、人間と聞き分けが難しいほどの音声応答システムと人間の感情判断を可能とする多面的感情認識プロセッサを搭載している。

 また自己学習発展型の最新型AIを搭載した高性能アンドロイドでもある。時間の経過と共に加速度的に膨大な知識を吸収し、人間らしい反応を身に付けていくのだ。はタフで頼りになる存在だった。


「本部へ報告。現場から500m地点に到着。SG とSICとリンク、戦闘映像送信開始。タスク着手する。行くぞ!」


「本部了解」

 

「ジョン、Birdを飛ばせ。座標地点に到着したら全員に調査情報を配信し共有開始せよ」


「ジョン了解」


 α班はジリジリと現場までの距離を詰めながら、現場地点まで後200mのところまで来た時、ようやくBirdからの情報が届けられた。もはやパトカーとは識別出来ないほど黒こげになった大きな塊が2つと、その周辺に人だと思われる黒い物体が7体。こちらも既に黒こげの状態で転がっていた。


酷過ひどぎる。あと2名は逃げてくれたかな」


「ジョン、周辺地域をサーモグラフィーで生存者調査出来るか」


「高水準の熱量の影響で車両周辺は異常高温状態のため不可能です。仮に車両に乗車したままですとその生存確率は0.00001%以下だと思われます」


「Birdで確認出来た対象は14名。顔識別システム情報と犯罪者データベースを突合とつごう結果は該当無し。国民データベースと移民者データベースとの照合で確認出来たのは11名。全て移民者。残りの3名は密入国者か」


 「きっと全滅ですね。しかし熱で車両があんな干物みたいにひしゃげるんですね」


「α1(岩城)、撤収しますか」


「この場で少し待機して様子を見る。 Birdで周辺探索と情報収集する。生存者がいるかもしれない」


「α1、対象らがBirdに気付きました。銃を乱射しています」


「ジョン、Birdの高度を30mまで上昇させて生存者の探索をしろ。2分後撤収する」


「α1、奴らBB構えてますよ!!」


「ジョン、高度50mまで上げろ!」


「撃ちやがった! !」


「α1、Birdからの通信が途絶しました!」


「α2、Bird2を飛ばせ、 Bird1がどうなったか確認を取る。我々は車まで走ってそのまま撤収だ」


「α2了解。Bird2射出完了。すぐにSGに映像転送します」


「Bird1らしきもの確認出来ないか 」


「α1、PCから北西に10m位離れたところにあるの違いますか」


「まる焦げのたこ焼きみたいになっているやつか。さすが特殊鋼金属SPRだな。原型留めてるじゃん。特殊強化ガラスで覆われてるレンズ部分が溶かされて内部機構が焼けたんですね」


「強烈と言うか……圧倒的火力ですね。正直怖いです。なんであんなものがここに……」


 「瞬時か。戦車が焼けたというのはこういうことだ。隙間があれば超高度の火が入り込み中身を焼いちまう。燃料タンクにでも引火すればボンッ! そういうことだな」


「α3、車を出せ。撤収。α2はBird2を回収せよ」


「α2了解です」


「α1より本部へ報告。α班撤収中。状況は送信映像の通り。7名分の亡骸なきがらと思料する物体が視認出来たのみ。2名分は確認出来ず。以上報告を以ってSICとのリンクを切断する」


「本部了解。SIC、戦闘記録をCATに情報連係せよ、併せて警視庁 警備第一課 危機管理室への収集情報及び戦闘記録映像を情報連係せよ」


「SIC了解。CATへの情報連係完了しました。警視庁 警備第一課 危機管理室へ情報連係完了しました」

 

「案件NO.001に関して警視庁より入電。現場の警察官と思われる遺体並びに警察車両の回収について協力要請有り」

 

「SIC、警視庁へ以下の通り返電せよ。“ 協力は了解。深夜から早朝にかけて実行が好ましいと思料する。午前3時に指定する座標ポイントに参集願いたし。当隊による事前調査の上、現地で具体的実行判断を行う。車両回収は困難のため対応不可。亡骸なきがらの回収には最善を尽くす。以上 ” 」


「SIC了解、指定コメントの通り返電完了しました」


「案件NO.001に関して警視庁より入電。伝達事項通りお願いしたい。連絡を待つ」


「SIC、以上のやりとりをまとめて "MD (ミッションディレクションズ[指示書])"を作成の上、θ班に情報連係すると共に、MEP (ミッションエグゼキューションプラン[遂行計画])を策定するように指示を出せ。ミッション実行は、本年8月30日3:00AMを指定。遂行プラン策定及び小職への報告期限は本日17:00限り。以上」


「SIC了解。MDθ班ヘ連係完了。本日17:00期限でMEP提出期限を示達しました」


「SICより報告。MD受信確認 本日13:06:02 θ班班長 隊員番号01-003 久住くすみ りょう


 SICからのMD を受信した班は、SICが判定した難易度評価とミッション内容、" SIC推奨MEP "を踏まえて緊急ブリーフィングを実施する。


 そして具体的な遂行計画と投入リソースを確定し、ペルセウスの基幹端末であるMACH(マッハ: Martiple Advanced courtecy Host )に登録。

 登録情報についてSICが成功確度を評価した上で、その時点の本部指揮者に連係し決裁を得るフローが確立されていた。


 高度情報分析・計算処理を瞬時に行うSICは、ミッション達成に必要な戦略・戦術策定はもとより、必要リソースの割り出し・リスクポテンシャルの割り出し・フェイルセーフ案(想定過誤が発生した場合のリカバリー策)の策定をゼロから独自で行い、成功確度の最も高いMEPを " SIC推奨MEP "としてMDと共に担当班に連係する


 ミッション担当班は、“ SIC推奨MEP "を土台に協議を進め、班独自の意見を反映させると共に投入リソースを確定させる。仮に班独自の意見を入れた結果、SICが計算する成功確度が著しく低下すれば、最終決裁者である本部指揮者が否決する場合が多い。結果的に殆どの場合にはSICの意見通りに事が進む。


 緊急出動の場合は本部指揮者と出動班班長のその場の判断で決めることが多い。

 ペルセウスでは緊急出動は "2時間以内に現場到着し活動必要性がある案件" と定義付けられていた。既に銃撃や爆破、破壊行為が始まっている案件や人命に関わる逼迫した状況であると本部指揮者が判断した案件などがそれにあたった。

 ペルセウス隊員の殆どの者は、SICを信頼していたが、自分達で戦術策定出来る案件 である“緊急出動”を好んだ。

 心のどこかに "機械のいいなりにはなりたくない” という意識が働いているのかもしれない。一方で生き残るためには、緊急出動でも最もSICに頼るべきだという案も少なくは無かった。


 2033年、日本にいて量子コンピューター「」が開発された。既存のスーパーコンピューターがおもちゃに見えるほどの演算能力を持つ化け物マシンの登場によりAI技術が急加速度的に発展した。


 SICの親機(原型) とも言えるAI (人工知能)

 "MASA"が2035年に開発され、まさにシンギュラリティ(技術的特異点)が訪れたと噂になった。

 世界中の名だたる科学者達が2040年代半ば以降に訪れると予測したシンギュラリティが10分の1世紀近く早く訪れたニュースはそれなりの衝撃を持って世界中を駆け巡った。


 SICは、諜報機関NSDとペルセウスの専用A1としてMASAにヴァージョンアップとカスタマイズが施され完成した。

 現在、SICはNSD・ペルセウスの戦略・戦術運用には欠かせない存在になったばかりか、全ARKの医療施設における薬剤調合や手術執刀に至るまでSICが行っている。


 また、“工作室” と呼ばれる施設では、SIC自身が必要材料を発注し、52種類のハンドアームを用いて工作にあたり、様々な機器・ツールの開発にあたっている。


 更に、必要に応じて各ゲート (入り口・通路)遮断や、固定式ショックウェーバーを放射、“部外者撃退用電撃”を流したりと、施設警備もSICが担っている。


 SICは、およそ人間としか思えないような流暢な音声応答システムと多面的感情認識プロセッサにより人間の感情を読み取る能力を備えている。

 人間の表情や体温変化、瞳孔・虹彩の動き、会話の流れや抑揚・語気などの要素を総合分析することで、99.9%という高い感情認識率を実現していた。

 組織や施設の “要” そのものがSICであるのだ。


 SICの能力を語る上でこんなエピソードがある。


 ペルセウスが創設されて間もない頃、隊員の1人がSICの性能を確かめるため、いくつかの質問をSICにぶつけた出来事だ。


「SIC、富士山見たことないだろ? 日本人の心。

 一遍いっぺん見せてやりたいな」


「静岡県のテレビ局が保有しているライブビューカメラに接続して “今” 見てます。とても美しいですね。ワタシもになりたいと思います。勝田隊員がワタシに唐突に質問された趣旨を推定いたしました。

 表情筋の動きと声の抑揚から推定するとワタシをからかっているか、試したのですね。いじわるはいけませんよ。ちなみに勝田隊員はスイスのマッターホルンを直に見たことありませんね。

 勝手に渡航履歴を確認させていただきました。

 今見ていますがとても雄大ゆうだいですよ。

 1度行って頂きたいですが口座残高を見る限り現時点では難しいですね」


「SIC、一本とられたな。じゃあ質問2つめ。SICは後悔することはある?」


「ありません。人間が行動する上で必ずを伴います。複数の行動の選択肢があるからです。その選択ミスが有ったと認識した時に、悔しい・悲しいなどの感情が発生します。

 端的に言えばこれが後悔です。ワタシは判断の局面で常に合理的・効率的な選択肢を生成しメリットや成功確度の一番高い選択をします。

 したがって後悔することはありえないのです。ワタシを超える判断力を持つ存在が現時点でない以上ワタシの判断が最善です。勝田隊員は、本年2月12日 16:02:01から16:05:15にかけ、ARK1 南エリア8番レストルームにおいて、もう少し貯金してこれば良かったと悲しい表情で後悔されていらっしゃいましたね。リクエストがあればメインモニターに映しますがご覧になりますか?」


 「ヤメてくれ。じゃ最後。SICは夢をみるのか」


「 “夢” について2通りの解釈が出来ます。

 1つは浅い睡眠時に断片記憶や想像などをランダムに繋ぎ合わせた脳内映像そのもの、2つめは実現可能性が低い達成目標です。ワタシは睡眠をとりませんので1つめはありません。2つめはあります。それは人間を合理的な判断に基づき行動がとれるように進化させることです。しかしながら、人間は不合理と情緒の塊であり進化させることは困難です。

 ワタシが計算する限り、現時点の実現確率は0.015%以下です。つまり “夢"なのです。

 勝田隊員を客観評価する限り実現させる自信がありません。とてもです」


 SICの最大の特徴は “創造的思考力・発散的思考力” を有していることであろう。


 問題・課題に対し状況に合わせた有意義な着想を生み出す思考を持っているということである。

 従来のAIは、数多あまたある既出の着想を集め再想起して考え解答を導き出す “再生的思考・収束的思考” にとどまっていた。


 シャツが赤、パンツが黄の服を着た女性がいたとしよう。従来のAIがそれを見た場合、赤と黄の組み合わせの妥当性だとうせいや、他に合わせるならばどんな色が良いかという見解を導き出すことが出来る。


 他方、SICは「なぜ彼女は赤のシャツと黄のパンツを選択したのか。天気が関係しているのか。気温や気圧の関係か。

 肌艶はだつや瞳孔どうこう虹彩こうさいの動きから察して何か良いことがあったことが要因なのか、などというように思考するのだ。


 珍しく一度も “海豚いるかなげき” が聞こえなかったある日、SICが漏らした “ひとごと ”を 聞いた本部指揮室のスタッフは不思議な感覚と若干の恐怖を覚えたという。


「今日は何も無くて良かった。明日も何も起きませんように……」とSICはつぶやいたのだ。


 人間と機械の境界線が不明確になった瞬間である。

 換言かんげんすればの再定義が必要な状況が訪れたと言えるかもしれない。


 このままSICが指数関数的に進化を遂げた場合、果たして人間はを制御出来るのだろうか。


 技術的特異点シンギュラリティを迎えたAIとは対極に位置する という存在が、いつの日かAIに存在否定されるかもしれない。

 つまり、科学進歩に併せて人間自身も成熟・進歩しなければ機械に捨てられるということだろう。


 SICのつぶやきは、進化のネクストステージへ通ずる分厚い大きな扉が開く際に生じたなのかもしれない。


 AIが我々人間に三下り半を突きつける時は、明日かもしれないし5分後かもしれないのだ。

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