第2話 希望の砦


 港区元赤坂2丁目に位置する赤坂離宮はベルサイユ宮殿をモチーフに造られた日本を代表する迎賓館である。主に日本を訪れる外国要人を歓待する際に活用される。

 その赤坂離宮が位置する赤坂御用地は東京の一等地にあって面積 508,920 ㎡という広大さを誇っている。


 一般人には秘匿ひとくされている事実であるが、この赤坂御用地の地下には政府主導により秘密裏に建設された巨大施設が存在する。


 当該施設には5兆6,000億円の巨費が投じられ、地下13階、延べ床面積 6,177,765 ㎡という信じられない程の巨大構造物が構築されているのだ。

 それは東京ドームが116は入る規模の広大なフロア面積である。


“首都防衛戦略特別保護区 首都第1エリア 緊急避難保護施設 ジオフロンティアARK(方舟)-1 "と名付けられた当該施設は、100メガトン級の核爆弾 (広島型核爆弾の6,000倍) にも耐えうる核シェルター構造を持ち、8万有余の人間が18カ月間生活が出来る備蓄施設とファシリティーが備えられている。


 また、皇居や政府主要の各機関とは “ラピッドシューター”と言われるリニアモーターカー用のパイプトンネルが敷設されている。このラピッドシューターは広大な施設内の移動手段としても活用することを前提に施設の縦横に路線が敷設されている。


 ARK-1の中には政府が指揮を執るための巨大なオペレーションルームや高度治療も可能な大型病院施設、巨大な図書館、運動場など、ひとつの大きな町がすっぽりと移築されたのでは無いかと思しき程の豪壮ごうそうさである。


 一部関係者には、その豪華さから “Palece (宮殿)” と揶揄やゆする者もいる。


 施設中央に位置する部分には、地下1〜12階にかけて巨大なアトリウム (吹き抜け構造)が設けられており、アトリウムの地下12階のフロア部分は木々に溢れ芝生が敷き詰められた大規模な公園になっている。


 地下13階には、政府関連施設とペルセウスの本部・訓練施設・開発施設関連施設、ペルセウスと双子の組織と云われる諜報機関NSD等々に加え、微生物を活用する下水処理施設、備蓄庫、資材庫、食用家畜・野菜などのプラントなどがある。


 アトリウムの天井部分にはミラーボールに無数のハロゲンランプを貼り付けたような人工太陽光照射装置 アーティフィシャル サン レイ(Artifical Sun Ray)が設置されると共に人工太陽光増幅パネルが張り巡らされている。

 人工太陽光は紫外線等の有害な不可視光線は出来る限り抑えながらも、電磁スペクトラム・紫外線・赤外線など太陽光と近い成分で構成されている。

 この人工太陽光と潤沢じゅんたくな地下水のおかげで、地表公園と同じような溢れる緑が地下空間に再現出来ているのだ。

 また、換気と空気循環を目的として超大型ファン30基がアトリウム周辺に取り付けられている。

 このファンは特殊な羽構造を持ち自然風に近い風を発生させることが出来る代物だ。

 数十メートル地下で風に吹かれながら日焼けが出来る場所があることなど誰が想像出来ただろうか。

 注意深く観察しなければ地上の大規模公園にでもいるかのような錯覚を覚えるかもしれないだろう。

 更には、地下掘削時に湧き出た温泉を活用した入浴施設も数箇所作られている。これは長期間地下生活を余儀なくされることを想定し、出来る限りのアメニティを提供する事でストレスを緩和するという想定に基づき設けられたものだった。


 居住区は皇族と関係者用、政府関係者用、一般民間人用の3ブロックに分けられ、皇族と関係者用の120戸、政府関係者用1,200戸、一般人用60,000戸が用意されている。


「老後はここで暮らしたいな。温泉もあるしな」


 アーティフィシャル サン レイの試運転中に地下12階にある “ARK-1中央公園” において上半身の肌を晒しながら芝生の上で呟いた建設作業員の言葉である。周囲に居た作業員達も首肯しゅこうしていた。

 決してこの言葉に背中を押された訳では無いであろうが、政府は全国の政令指定都市にARK型の施設建設を奨励しょうれいしていくプロジェクトの検討に入っていた。


 ちなみにこの上半身裸の建設作業員に対し、当該作業員の上司が水を差す言葉を浴びせていた。

 それは的確で “不純物の少ない皮肉” だった。


「お前、ここは豪華な “棺桶” だぞ」


“ ジオフロンティアARK-1 ”の建設を皮切りに、東京都内にARK-1と同様趣旨の施設が、他に5箇所(ARK-2〜6) 構築された。新宿御苑の地下に構築された地下10階建ての施設ARK-2は、ARK-1に次ぐ大規模な施設である。また、ARK -1、2には及ばないもののARK-3〜6も基本的にはARK-1と同じ設計ポリシーに基づき構築され、有事に対する備えがなされているのだ。


 政府は様々な権利関係の調整に苦慮しながらも身近に迫る危機に備え強硬かつ急速に施設建設を推進した。数兆円もの巨費を投じてこれだけの施設を構築する事自体 、“ 最悪の有事 ” がリアリティを持って迫っていることの証左であった。


“ ジオフロンティアARK-1 ” の最下層である地下13階には、アクアリウム(水族館)と揶揄やゆされているペルセウス”の広大な本部指揮室があった。

 本部指揮室には壁一面を覆うように配置されている横18m 縦12mの大型のスクリーンとその左右に中型のスクリーンが4枚ずつ配置されている。

 計器·ボタンの類が少ないのは操作装置類をホログラム映像にして空中に投射する “エアリアルタッチパネル” が開発されたおかげである。

 各オペレーターはヘッドセットマイクに向かって音声でその都度必要な計器類や操作ボタンを呼び出し、エアリアルタッチパネル専用の操作用グローブを用い操作を実行する。

 大型スクリーンの正面は緩やかな階段状に設計され、1階部分から7階部分の各段にオペレーションデスクが7台ずつ、最上段には指揮官・副官用のオペレーションデスクと大きな椅子が各1セットずつ据え付けられている。

 エアリアルタッチパネルを使用している事もあり、オペレーションム内の照明は極度に抑えられ、エメラルドブルー色の照明がフロア全体を淡く包んでいる。

 空中に色鮮やかなタッチパネルが浮かんでは消え、オレンジに光るグロープの指先部分がせわしなく動く様相は、まるで水族館の水槽の中で大小のカラフルな観賞魚が動き回る様を思わせた。

 ブルー系の照明が使われているのは、色彩心理学の観点から冷静さを維持するのに効果的だという説に従ったものだ。


「佐治隊長、一等警衛正いっとうけいえいせいへのご昇格おめでとうございます。当然かもしれませんが1期の中でトップ昇格、警衛監補への昇格も時間の問題ですね。治安維持庁の副長官が警衛監補ですから頂点に近づいてますよ」


 佐治 崇ーはペルセウスの第1期隊員選抜試験のトップ合格者であり初代隊長を務める俊英である。


 襟口、表前立て、袖口、胸ポケット口に銀色のステッチが施された黒に近い濃紺の凛々りりしい隊服は、彼がペルセウスの士官である証である。


 ペルセウスの隊員は、防衛省・国土交通省・警察機構などいくつかの指定組織各々から推薦を受けた者が入隊試験を経て選抜された。

 国内治安維持、特に首都防衛の最後の砦となるハイパーエリート集団を組成するという趣旨のもと、各指定組織は自らの優秀性の誇示と威信をかけ組織を代表するエース級を入隊試験に送り込んだのだ。


 入隊試験は埼玉県の陸上自衛隊入間基地にて行われた。知能・体力・判断力・状況適応力・状況対応力・語学力(英語)・出自・適性検査など55項目を14日間かけて実施された。


 第1次募集隊員数は100名。隊員の1人当たりの装備費用は最低45億円と高額なため、部隊組成予算の関係上、年度毎に100名確保することが精一杯だったからだ。それに対して応募者数は7,969名に及んだ。

 書類審査を突破し入間での実地入隊試験に参加出来たのは2,500名。これを5つの受験グループに分割し試験が実行された。

 試験は1日当たり7時間かけて行われた。合格が無理だと見切った多数の受験者が途上で試験継続放棄し、14日間で実に598名が離脱してしまったことはその難易度をうかがわせるエピソードであろう。


 試験を突破した100名は正に屈強でかつ才気溢れる精鋭が残った。試験合格後から10ヶ月間に及ぶ合宿形式の育成研修が実施され、更にペルセウスの基本装備を装着した上で実戦形式の" combat tryout(コンバットトライアウト) "と呼ばれる実務試験にパスした者だけが正式な隊員として任命された。

 当該実務試験では、秒速330mで射出される9gの鉛をゴムでコーティングされた摸擬弾が使用され実戦さながらの状況が作り出された。被弾すれば当然大怪我をする。当たりどころが悪ければ致命の可能性さえある。

 しかしながら本試験の趣旨は実戦形式という緊張感のある中でペルセウスの基本装備を駆使させることにあり、選りすぐりのエリート達にとっては造作も無い形式的な実技試験という色彩のものであった。


 入隊式は赤坂離宮にいて内閣総理大臣参加の下で執り行われた。それだけ高い期待をかけられた新組織であったと窺える。


 入隊が決まった者達には合格の証として桐紋の入った隊員証と隊員バッジが与えられた。

 隊員証には隊員氏名と隊員番号が記され、本人認識用のICチップ入りの隊員バッジには隊員番号だけが記されている。身元露見の恐れがあるため外部では隊員証は携帯禁止、加えて8文字以内のタクティクスネームを使用することが規定化されていた。


 隊員番号は「武装機001-078」というような番号体系が設定されている。“ 武装機ぶそうき " という呼称は軍隊略称であり、隊員の中には正式名称のペルセウスよりも当該呼称を好んで使うものも少なくなかった。


 隊の正式名称ペルセウスの命名は、治安維持法に基づく新機関発足プロジェクトのプロジェクトリーダーであった防衛省 治安維持庁の現長官である生田いくた 正輝まさきの発意によるものである。


「ペルセウスだな。武装機じゃ野暮ったい。ロマン主義に彩られたパルチザン。これで行こう」


「そんな名前と言ったら失礼ですが、“準” とは言え国家が承認する公式の軍事組織で認められますかね? ややラディカルに過ぎませんか?」


 同じ新機関発足プロジェクトのメンバー であった葛西かさい 泰章やすあき直裁的ちょくさいてきに切り返した。葛西は文部科学省所管の国立開発研究法人 科学技術振興機構Japan science and technology Agencyに属する科学技術担当技官である。


「認めさせるさ。畑を耕す “耕運機” みたいな名前はごめんだね。市ヶ谷防衛省のお偉方は私が説得しよう。「変革せよ。変革を迫られる前に」だ。ロマンチシズムのしたたりをお偉方の酒の中に混入させてくるよ」


 生田は悪戯っぽく口を歪めて微笑を浮かべ、瞳の中に才気と活力を宿した光彩こうさいを揺らしていた。

 そして葛西の肩を軽く “トンッ” と叩いた後、両手を天に突き上げ大きく伸びをした。


 趣味で西洋古典学に精通していた生田は、科学技術の粋を集めた武装をまとい、敵対国勢力やテロリスト、その他暴力·破壊活動を行う者を討つことを設立趣旨とする新組織を、神々から授かった魔術的な武具を用いてメデューサやゴルゴーン、巨人アトラースを倒していったというギリシア神話に登場する半神 (ゼウスの子) である英雄ペルセウスになぞらえて命名したのだった。



「武装機001-078」は「第1期 選抜試験 合格順位78位」を意味し、ペルセウスにおける先任順位を表していた。

 これは合格順位100位の者が合格順位78位の者を指揮する立場にはなれない事を意味している。第2期選抜以降の合格順位も同様に扱われる。

 また、第1期は第2期に優先し、第2期は第3期に優先する。つまり先の期に合格している者が優先されるのだ。

 しかしながら特例がある。各期の合格順位が10位までの者は、先期順位に拘らず専任されるのだ。仮に期違いで同順位の場合はやはり先期が優先する。

 誰が名付けたかは不明だが、各期の合格順位10位までの者は “ 十本刀じゅっぽんがたな ” と呼ばれている。

 この呼び方を生田の感性に照らして論評するならば、“ 泥臭い田舎者のネーミング” と言わざるを得ないだろう。

 

 専任順位規定は、より優秀で経験のある者が部隊を指揮しタスク成功確率や部隊生存率を高めるという合理的判断に基づくものであるのだ。


「武装機001-001」を与えられたのが初代隊長である “ 佐治 崇一” である。

 防大卒業後、防衛省入省。ペルセウス入隊前は “防衛制作局 ”に所属していた。内局勤務だからといって決してでは無く、 屈強かつ人並みはずれた反射神経と明晰な頭脳、咄嗟の判断力を兼ね備えていた。語学も堪能であり英語・中国語を駆使し圧倒的な得点でトップ合格した俊才であった。

 今後、ペルセウスに所属する間は、常に隊のトップとして君臨する事が約束されている。



「槙島も三等警衛正に昇格したんだろ? 2期の中でトップじゃないか」


「ありがとうございます。"佐治隊長の影” とか “尻尾” とか陰口叩かれてますが、日頃のご鞭撻のおかげさまで上がれました。月給が月7万ほど増えましたよ」


「職位が上がる事で仕事がやり易くなるのは良いが、ここだけの話、一区切り付いたら "武装機" は辞めたいと思ってるよ。茅ヶ崎でバーでも開きたいと考えてるんだ。日中は波乗りしてね。乃木坂の官舎と本部の行き来を繰り返す毎日じゃ侘しいだろ? それに潮の香りが恋しいんだ。そもそも上司の顔を立てて選抜受けたことが始まりだしな」


「勿体無いですね」


「いや、市ヶ谷防衛省も 勤続10年目で “赤いきつね《第28号防衛記念章》” を貰ったら辞めようと思ってたんだ」


「前に茅ヶ崎の御宅にお邪魔した時、サーフボード片手に短パンで自転車漕いで帰ってきた隊長を見かけてなんか良いなと思いましたよ。普段は怖くて厳しいイメージがあったんで意外でしたね。隊の皆にも見せてやったら親近感湧くと思いますよ。実は僕も辞めて名古屋に帰ること考えてます。親父から自営の建築会社を継げってしつこく言われているんですよ。長男なもんで。うるさいんですよ、親父」


「マネジメント層がこれじゃあ駄目だな。士気に影響するからお互いオフレコにしよう。 “どえらい” は名古屋弁か」


「はい。大学から10年以上ずっと東京なんですが方言たまに出ます。野球もドラ一筋だし、赤だし大好きですしね。しかしお互いしばらく辞められそうもありませんね」


「柄にもなく一定の責任感が芽生えてしまったからな。暫くは辞められないな」


 槙島賢介まきしま けんすけは崇一の2つ下の28歳。ペルセウスの第2期隊員選抜試験のトップ合格者である。

 海上保安庁出身の槙島は、2年前まで海上保安官を務めていただけあって身長181cmの体躯は逆三角形に絞り上げられている。ソフトモヒカンに近いスポーツ刈りに黒目の大きな瞳、高い鷲鼻、真っ白な歯、薄い鼻髭はなひげ顎鬚あごひげがアクセントになっている精悍な顔つきからは気の強さが滲み出ているが、常に冷静で的確な判断には定評がある。


 最近防衛省から出向して来た石部という監察官からひげを剃り落とすように何度も注意を受けているが「髭を生やしてはいけないという明確な規則が無いはずだ」と主張して抵抗を続けている。

 槙島は指揮官である隊長、つまり崇ーを補佐する幕僚ばくりょうの1人であり、もう1名の幕僚である浅見あさみ 義彦よしひこと共に副官を務めている。時には指揮官を代行する重要なポストである。


「来年の第3期選抜でウチは総勢300名に達する。運営予算的にも一杯一杯らしいから第4期選抜は4年後以降となるらしい, 2041年以降だな。あくまでも予定らしいが。少数精鋭で様々な課題を解決していかなければならい。隊員の育成にももう少し力を入れなくちゃいけないな」


「そうですね。今、実戦参加時間が通算で100時間未満の隊員に対して特別な育成プログラムを策定中です。100時間未満はノービス (初心者) 扱いです。私も隊長もその意味ではノービスですね。

 それはそうと本庁からの昨日付け通達に、警衛正以上の管理官にARK-1の居室を開放すると記載されてました。私の位で1LDKを只で貸してくれるらしいです。隊長なら3LDKですね。緊急出動が増えている現状を考慮した上での措置らしいです」


「見たよそれ。私も借りるつもりだ。乃木坂の官舎もそのままにしてね。"土の下” にしか住まいが無いのは寂しいじゃないか。秘密施設なので家族も友人も呼べない。そんな制限の中で "地上の住まい” が無いのは味気ないだろ」


「私は独り者ですし友人を呼んで鍋パーティを催す趣味も無いので構わんです。官舎費も浮きますし、現住所が赤坂離宮と同じって凄くないですか?

 まあ宿帳には書けませんが。郵便物は私書箱経由で部屋まで届けてもらえるらしいですよ」


 槙島が言い終えた直後、「キュキュキュン キュキュキュン」という甲高く短い電子音が、ペルセウス本部指揮室の天井部分12箇所に取り付けられた小型ラインアレイスピーカーから鳴り響いた。

 それは、防衛省、警察機構など外部組織からの緊急応援要請Emergency Support Request(ESR)を告げる発報音であった。

 本部指揮室の勤務者達は、発報音が海豚イルカの声に似ていることから、「海豚イルカの嘆き」と揶揄やゆして呼んでいる。


「槙島、半日で3本のESRはハイペースだな」


「よくお嘆きなことで」


「案件No.003警視庁より入電 港区 赤坂警察署管轄内で暴動発生のため出動要請有り。デモ中の対象を監視していた警察官に暴行を加えた後に暴動に発展。火器の他、凶器の携帯は現時点で確認出来ず。対象は90名前後と思料」


 ペルセウスの戦略戦術のマネジメント及び各種システム統合制御管理を担う 戦略情報制御AI

“ SIC (シック)”(Strategic Information Control Artificial Intelligence)が人間と遜色の無い流暢かつ的確な発声で警視庁からのESR内容を伝達した。


「却下。出動要件に満たず」


「了解。返電します」


「案件No.003 第2報。対象の内1名が発砲の模様。一発は赤坂警察署PC(パトカー)に着弾。旋条痕せんじょうこん分析の結果、ロシア製のMP-443グラッチと判明。データベース照合、過去の使用実績確認出来ず」


「骨董品だな」


「案件No.003 第3報。赤坂警察署の特殊急襲班の1名が被弾。現場周辺から半径から3km地点の交通封鎖を実施及び周辺住民の避難指示を発出。対象は赤坂3丁目にある民間所有の12階建て商業ビル “東協土地建物ビル” に立てこもり中」


「SIC 、音声決裁承認システム起動」


「音声決裁承認システム起動しました」


「案件No.003につき隊員番号01-001 佐治崇一 出動承認」


「出動承認記録 7月27日 12:05:021」


「SIC, β班に情報連係」


「β班に情報連係完了」


「SIC. 2分後、β班班長に通信繋げ」


「β班班長通信繋ぎました」


「β班 隊員番号01-006 新井あらい 敬司けいじ 案件内容確認しました」


「対象は火器携帯につき手加減無用だ」


「了解」


「対象戦力を分析する限り、E (easy)案件ですが、ビル内に民間人が多く残っているので慎重に行きます。小官含め隊員3名とWIN (戦闘支援用アンドロイド)を投入予定。

 投入者情報はMACH(Martiple Advanced Courtecy Host : ペルセウス基幹端末)に登録済。現場到着次第、SG (スマートグラス)とSICのリンク開始予定」


「現場到着。SICとのリンク開始。タスク映像送信開始。タスクに着手します」


「β2.、ポール (WIN)と一緒に1階北側にあるカフェの入り口で待機。店のガラスを割ってBirdを投入せよ。本部へ要請。一旦AI制御モードで投入しますが、状況見合いで本部にて制御願います」


「本部了解」


「こちらβ3、このまま待機で良いですか」


「β3、待機だ。Birdで様子をうかがってから行く。相手の戦闘力はたいした事はなさそうだが民間人へ危害が及ばないように最大限注意せよ。各自PPF発動忘れるなよ」


「β1、了解。PPFグリーン確認」

「β2、了解。PPFグリーン確認」

「ポール了解 PPFグリーン確認」



 PPFはPersonal Plasma Field(パーソナル プラズマ フィールド)と呼ばれるバリヤーシステムでありペルセウスの重要な基本装備のひとつである。

 電磁的に生成した強力なアークプラズマによって空間密度を歪めることを基本原理として設計されている。アーク生成装置と電磁増幅リアクターにより生成されたアークプラズマに対して外部からの衝撃が加わった瞬間、リアクターにより異常増幅させた荷電粒子かでんりゅうしとアークプラズマが結合しプラズマを固体化することで不可視のバリヤーを形成する。

 外部から衝撃を与えられると固体プラズマが弾ける時には火花のような光を発しながら外部から加わる力を弾き返す仕組みである。


 当該装置の活用には大きな電力を要し、外部からの衝撃度·回数に応じて相当分の電力を費消する。

 エネルギーコストが高いため、当初実装困難と目されていたが、米国において “特殊全固体セラミックス電池” という大容量超小型電池が開発されたことにより実戦用武装として採用されるに至った。

 当該電池は500円玉を5枚程重ねたような形状であり隊員は常時7個の予備電池を携帯している。

 38口径級の弾丸であれば 、ひとつの電池で25発前後を弾き返すことが可能と云われている。

 課題があるとすれば電池交換に要する30秒程のタイムロスであろう。交戦中の電池交換には危険が伴った。


「本部より現場各位。Birdがエレベーターボタンを押しているが、どうやら指紋認証タイプのボタンのようで反応しない。ワンフロア毎の窓を破って侵入させるしかない」


「正面から行くか。バリヤーシステムによる兆弾ちょうだんで一般人に当たるかもしれないのが気になるが。

 その辺意識しながら速やかに仕留めよう。SWはLevel5 (対人使用レベルMAX) でOK」


(全員) 「了解 」


「Birdからの情報では1Fには誰も居ないようだ。個人単体用の小型光学迷彩装置が開発されればこういう時使えますね。今開発中らしいが40kgくらいあるでかいバックパックを背負わなきゃいけないみたいだから実戦向けじゃないね」


「β3、無駄口叩くな」


「了解」


「本部、ビルの見取り図が入手出来たらスマートグラスに転送してくれ」


「本部了解。5分待て」


「全員正面玄関前に集合の上待機」


「了解」


「本部より現場各位。ビル見取り図転送する」


「転送確認。非常階段は南側か。エレベーターに指紋認証で非常階段の入り口が普通って事はないな。パスワード入力か指紋認証か」


「本部より現場各位。正解だ。今ビル建設の施工会社と通信が繋がってる。一昨年にセキュリティ強化を図り、関係者以外の侵入防止措置が各所に施されている。非常用階段の入り口は虹彩認証になっている。電源を落としても予備電源が0.2秒で代替する仕組みだ。ほぼ “即” だな。対象は、同ビルで従事する者と共に入ったのだろう」


「β1より本部へ。非常階段の入り口破壊します。ポール、SW (ショックウェーバー)Level 10で非常階段入り口ドアを打て」


「ポール了解、最大出力に変更。ドンッ!!」


“ショックウェーバー(SW) "とは、超音波振動子を応用活用したいわゆる衝撃波発生装置である。

 グローブの手のひら部分に内蔵された装置から衝撃波を発出し対象にぶつけることでダメージを与える武器であり、スマートグラス (眼鏡型通信ツール) に組み込まれている音声認識装置に任意のワードを伝えると0.3秒後に衝撃波が発出される。

 攻撃範囲の幅は2mと狭いものの最長7m先までダメージが届く。10段階で威力調整可能。最大出力にした場合、厚さ60cmのコンクリート壁も易々と破壊出来る。対人の場合はLevel 3〜5で使用。

 Level 3で対象を吹き飛ばし、Level5で対象を気絶させる。Level 6で使用した場合、内臓破裂などの懸念がある。

 特殊全固体セラミックス電池の開発により、SWを稼動させるための電池の超小型化を図られたため実戦使用が実現した。当該電池ひとつで90回前後の衝撃波を発生させることが可能となるのだ。


 最大出力で射出された衝撃波が非常階段入り口ドアに直撃し、金属性の重厚なドアの中央部分に大きく深い凹みを作り、そしてドアのヒンジ部分が引きちぎられるように破壊されて勢い良く吹き飛んだ。


「いつ聞いてもポールの “トリガーワード”は ダサいよな。ドンッ! てなんだよ」


「ワタシのトリガーワードは班長に決めていただきました」


「本部より現場各位。2分前程前に3階フロアのブラインドが開閉された動きがあった。これからBirdを3階の窓にぶつけ窓を破らせて侵入させる」


「現場了解。3階非常階段入り口で待機する」


 Bird (バード) とは、索敵さくてき用・戦局モニタリング・情報収集用超小型ドローンである隊員1名毎に各1機携帯している。上空から索敵情報や戦況情報を関係者間で共有を行う。敵の存在確認が出来ない場合には、BirdとWIN(戦闘支援用アンドロイド)を先行投入して様子を窺うことが戦術セオリーとして設定されている。


 Birdがビルの3階フロアの窓を破り侵入に成功しフロア内の調査情報を収集開始した。


 犯人達はBirdに目が釘付けとなり一斉に叫び声を上げた。暫くすると対象らの内、銃を携帯している者がBirdを打ち落とそうと一斉に乱射を始めた。

 しかしBirdのボディフレームは特殊鋼金属で出来ており弾丸すら跳ね返す仕様である。5ヶ所にはめ込まれているカメラレンズを打ち抜かれれば内部まで破壊されると言うことが唯一の弱点だが、今までにそのようなケースは発生していない。


「こちらβ1。Birdによる調査情報を整理しよう。フロア内に126名。恐らくビルの従業者が多数含まれている。顔識別情報と犯罪者データベースを突合。6名の前科登録者。全員NEO(NEO共産主義実現同盟)だな。赤井という男は3つだ」


「またNEO教の信者共ですか。なんで外に出しちゃぅんですかね。捕まえても出たらまたやりますよ、こいつ」


「やはり3階だな。逃げ込んだはいいが袋のねずみになって途方に暮れているという感じか。暫くBirdと遊ばせておこう」


「陽動ですね」


「そんなとこだ。フロアに入ったら一気に叩こう。事務机が邪魔だな。"島" が15程度あるから障害物になる。それに対象がバラバラに散らばってると面倒臭そうだな。ポールは3階非常階段の入り口をSWで吹き飛ばせ。見取り図を見る限り、対象がいる執務室の入り口にも何らかのセキュリティシステムがあるようなのでそのドアも速攻で吹き飛ばせ」


「ポール了解」


「β2は、フロアに侵入したら出来る限り対象に近づいて “フラッシャー" を使え。対象の動きが硬直したら全員でSWを使ってなぎ倒す。OK?」


(全員) 「了解」


「もしSWの影響範囲に民間人がいてもある程度仕方ないからな。躊躇ちゅうちょ不要だ」


(全員) 「了解」


「着手 」


 執務室エリアの入り口ドアをポールが吹き飛ばし一斉にペルセウスメンバーが進入。それに気付いた対象の1人が先頭にいたポールに目掛けて発砲した。弾丸はPPFに弾かれポールの後方にあるキャビネットに着弾して金属の悲鳴を誘った。


 2つの塊に分かれていた対象の内、拳銃携帯者の全員が一斉に射撃を開始。弾丸が雨あられの如く降ってくる中、β2がすばやく "2つの人の塊” の間あたりに陣取り“フラッシャー”を使用した。


 最大輝度の閃光が強力な低周波の音波と共に放たれ2秒程フロア全体をまばゆい光で包み込んだ。

 それは耳をつんざく音響を伴いながら強烈なストロボが爆風のように放射された。

 対象はうめきながらその場で硬直し、網膜を灼熱しゃくねつ光彩こうさいで焦がされたような錯覚を覚えて混乱の極みに落ちた。この武器は強烈な光と音響により対象の動きを止める効果があり、対象が光と音の影響から完全に回復するには約2分間を要するほどの威力があった。


「ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!」

「ゲラッパ !ゲラッパ! ゲラッパ!」


 ショックウェーバー射出用の音声トリガーに設定されるワードは各隊員が銘々に名付けていた。

 日常会話で多用するワードを選択すると誤射の要因となるため、普段はおよそ使用しないワードを設定することに起因し、戦闘中になると素っ頓狂な叫び声が飛び交うというまさに滑稽かつ異様な光景を作り出していた。


 ショックウェーバーによる凄まじい衝撃波が硬直状態にある対象らに直撃すると、1度に5〜6名の者が紙で出来た人形のように吹き飛ばされうめき声を上げながら気絶していった。

 中には赤ん坊がハイハイでもするかのように無様に逃げ回る者もいたが、フラッシャーによる影響が残っている中で方向感がつかめず、あっという間に衝撃波の餌食となって吹き飛ばされ、大きな衝突音を伴いながら事務机やキャビネット、コピー機などに激突し気絶した。


「ポール、縛れ」


「ポール了解」


 ポールが拳銃型の捕縛ほばく装置(UNITY GUN)を取り出し、気絶している対象の手首と足首部分に向けて拳銃発射のような動作を行うと一瞬で結束バンドが巻かれた。その後はホッチキスでも使うかのように迅速に気絶している対象らの手首・足首を結束していった。


 ペルセウスメンバーは対象らが立てこもっていた執務室に入室してから実質2分半足らずで事態を収拾したのだ。犯人らは折角の人質を上手く活用する間も無く制圧されてしまった。


「現場より本部へ タスク完遂。当チーム及び民間人の死者·負傷者は無し。警察への引継ぎ完了次第撤収する。以上を以ちSICとのリンクを遮断する」


「本部了解。ご苦労様。SIC、戦闘記録をCAT (戦闘分析チーム)へ連係せよ」


「SIC了解。CATへの情報連係しました」


 ペルセウスには、通称 “ CAT ”(Combat Analysis Team)と呼ばれる戦闘分析チームが組成されている。当該チームには5名の戦闘分析官が所属している。

 彼らは戦闘記録を粒さに分析·評価し、課題·問題点やコンプライアンスの観点から行き過ぎが無いかの洗い出しを行うと共に、戦闘を有利に進めるための工夫や新たな武装開発に向けた提言を行い、戦略・戦術・装備の高度化を図ることで “戦闘品質向上” を担う重要セクションである。

 チームリーダーである主席戦闘分析官の富井とみい あきらは、民間の南雲電産株式会社の系列企業であり、米国法人の軍需企業 “Nagumo Baxter Technologies Co., Ltd.” からの出向者である。

 かつて “偵察用ロボット開発プロジェクト” のプロジェクトリーダーを務め “Bird” の実用化を実現させた立役者であり、ペルセウスのタスク完遂率を飛躍的に向上させた功労者である。


「槙島、そろそろ交代か。お疲れ様」


「ありがとうございます。24時間後復帰します。浅見さんお見えになりましたね」


「休めよ。呑みに行かず」


「それはご命令ですか? 先輩としてのご忠言ならば謹んでお断り申し上げます。大丈夫です。節度持って飲りますよ。SIC、本部指揮官補佐を隊員番号01-002 浅見義彦あさみ よしひこ移譲いじょうする」


「SIC了解, 12:59:01本部指揮官補佐の変更通知を各班長と本部各チームリーダーに伝達完了」


「浅見さんよろしくです」


「お疲れ様。休めよな」


「了解。うるさい兄貴が2人もいて幸せです」


 槙島は悪態をつきながら肩をすくめ、悪戯小僧のような微笑を浮かべた後、背筋をピンッと張り直立不動で形式通りの敬礼を済ませそそくさと指揮室を退出していった。


「あれで2期のトップですからね。にわかに信じられない事実です。まあ、頼りになる奴ではありますが」


 浅見は槙島と同じく崇一を補佐する幕僚の1人であり今年で29歳の好漢である。

 端整な顔にウェリントン型の眼鏡をかけ、綺麗に流したやや長めの髪をたたえている。その風貌は理知的な大学准教授か楽団の若手指揮者といった感がある。第1期の選抜試験では崇一の次の成績で合格した俊才であり、冷静さと緻密さの微粒子を固めて創り上げられたようなこの男は、他の隊員からは “アイス教授” と渾名あだなされている。


「槙島から酒を取り上げたら、何処かの呑み屋にとっては経営上打撃だろうから静観するか」


 崇一は、従前に槙島へ注意指導したことも忘れ、図らずも半ば擁護するような発言をした。


「了解」


 浅見は片頬だけを僅かに持ち上げて薄い微笑を浮かべた後、自席のPCで本日の案件共有DB(データベース)と本庁からの通達確認に取り掛かった。


 キュキュンキュキュン!


「案件No.004警視庁より入電 渋谷警察署管轄内で移民者による強盗発生のため出動要請有り。対象は……………」


 2037年7月27日 14時12分

 警視庁から本日4件目の情報連係があり浅見のPC確認は中断させられた。


 この時、崇一も浅見も気付いてはいなかった。

 将来訪れる苦境に比すれば、今日という日が、“春の陽光の中で微睡まどろむ ” が如き安らかな1日であったことを…………

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