第2章『生きる覚悟と殺す覚悟』


友達との出会いは中学校だった。


同じ中学の部活動で初めて顔を会わせた。


私はその当時友達が居らず、同性からの苛めの対象となっていた。


その友達は私とは対照的で友達がたくさん居た。


友達は私とも友達になってくれて、友達はたくさんの時間と思い出をくれた。


一緒に行った夏祭りや部活の合宿、海にも行ったし家に泊まったりなんかもした。


私の友達を増やしてくれて、毎日が楽しかったのだと思う。


だからこそ、私はその友達を助けたいと思った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ショウ達は階段を上ると、足跡を辿って歩いていた。


「なんで俺に引っ付いてくるんだ?」


両端を牧瀬が恐る恐るといった状態で付いてきていた。


「だって、ジョン君の言葉は分からないし、梅木さんとはさっき……。」


梅木は梅木で竹下にくっついている。


竹下はそれを鬱陶しそうにしながらも細い指を絡め合って手を繋いでいた。


竹下はなぎなた部である。


片手には競技用の棒が握られていた。


「そういうことか。」


ショウは細野を背負っている。


ジョンは片腕しか無いので背負うことは難しいようで、少ない男手な自分が最初に背負うこととなった。


「いざとなったら私も頑張るからね!」


意気込む彼女は両手をグッと胸の前で握りしめた。


それが牧瀬の決意の現れなのだろう。


「へぇー、牧瀬さんにそんな事出来るの?


ショウ君が危なくなったら私の弓とかなのなぎなたで助けるから余計なことだけはしないでよね。」


強気にそう言う梅木を竹下が苦笑して頭を下げる。


「ご、ごめんね牧瀬さん!


ほら、あんまり酷いことは言わないの!ね?」


竹下も大変だな。


森の地面は、硬めの土とそれを覆う柔らかな草が生い茂っている。


裸足で歩くのには抵抗が有ったが、先程の悲鳴の真実を知るには進む他無かった。


待っているという選択肢も無いわけでは無かったが、梅木とジョンが行く気満々だった。


残った場合はショウは細野と二人きりにされたに違いない。


またスライムが現れでもしたら細野を連れて戦うだけの自信は無い。


団体行動をするしかなかった。


それは、牧瀬も竹下も同じことなのだろうが……。


森を進んでいくと、一人ジャージ姿の女子生徒がうつ伏せで倒れていた。


「剣道部のマネージャーの人じゃない?」


梅木が駆け寄り、頬を叩くが、反応はない。


その後、梅木はマネージャーに耳を寄せた。


「息はしてる。」


どうやら生きているようだ。


「谷田先輩みたいだな。


うつ伏せで分からなかった。」


谷田はショウの中学時代からの先輩後輩の関係である。


マネージャーのような格好をしているが、それは女子剣道部で問題行動が有ったため活動停止となり、その間は男子剣道部のマネージャーのような手伝いをしてくれていた。


黒い髪を後ろで纏めており、容姿は整っている。


先輩後輩という関係も有ってかショウに対しては少し強気な印象がある。


「谷田先輩は私達が肩を貸して歩くね。


どうしたんだろ?」


と、竹下と梅木が谷田先輩へと肩を貸したとき、牧瀬が突然前に向けて指を指した。


「アレなんだろ?」


その示す先を見て俺も首を傾げる。


太めの木の真ん中にギザギザの目立つ穴が開いており、その奥にキラキラと光って見える物が有った。


「光って見えるな……。」


ショウも目を凝らしてそれを観察していると、牧瀬がそれを目指して歩き始める。


足跡もそちらに続いているので、ショウ達もそれに続いた。


「わぁ!


見てみて!


宝石じゃない!?」


指を指してはしゃぐ牧瀬にショウとジョンは怪訝な顔をした。


どうして木の中にそんな物が?


良く見てみれば、宝石の他にも金や銀のような物が転がっていた。


「かな、私達お金持ちじゃん!」


と、ガッツポーズして見せる梅木。


竹下はジョンと同じで怪訝な顔をしていた。


こんなところに有ることをショウとジョンと竹下は疑っていたのだ。


そこに、無警戒に腕を伸ばした牧瀬。


身を乗り出して穴の中に上半身が入った直後ーー


その穴は閉じた。


ギザギザが食い込むように牧瀬を襲う。


「バカ!!」


ショウとジョンはそれぞれギザギザの上と下を持って上に押し上げる。


「ナニナニナニナニ!?


この木今動いたんだけど!?」


悲鳴に近い声を出した梅木の方向へとショウがを視線を向けると、ギザギザした亀裂が大きく開いた木が複数階段への道を塞ぐように隣接していた。


「まさか、トレントとかか?」


ファンタジー要素の有るゲームをやっているならお馴染みの木に化けたモンスターである。


そんなモンスターが今、目の前に居る。


ショウは指に力を込めて牧瀬を助けるべく歯を食い縛る。


亀裂が浮かび、ジョンも俺と同じように傷口から出血する事もいとわず力を込めていた。


そのお陰も有って、牧瀬が逃げ出せるだけの隙間ができる。


「早く出ろ牧瀬!」


ショウとジョンだけでは、開くだけで精一杯だった。


牧瀬は宝石を両手に抜け出し、そしてショウとジョンも手を離してトレントから距離を取る。


「くそ、階段は塞がれて戻ることは出来そうにない。」


「なら、進むしか無いって事だね。」


竹下が梅木の手を引いて走る。


だが、谷田を置き去りにしていた。


ジョンは慌てて谷田さんを抱え、牧瀬がそれを手伝う。


ショウは細野を背負い直して先を走る竹下を追いかけたのだった。


◇◇◇


青々と生い茂る葉が揺れ、枝が迫ってくるような感覚を覚える。


それを示唆するでもなく、横を走り抜けるとそれは亀裂を作って逃げ道をどんどんと塞ぐように前へ前へと進まされる。


そうして走らされてようやく先に進んだ先輩達との合流をすることが出来た。


だが、その多くは既に死体となっており、目の前には数人を残すだけとなっていた。


剣道部の顧問の中年太りで坊主頭の上野先生が歯を剥き出しにして喚き散らしている。


それを宥める黒縁眼鏡の剣道部副部長の真田。


肩から腰にかけてを何かで引き裂かれて大きく肌の露出をしている柔道部の女子が一人。


叫び泣く弓道部の男子が一人である。


梅木がその弓道部の人に駆け寄ろうとしたところで、目の前の異様な存在に目が釘付けとなった。


横たわる巨大なカマキリ。


それが、この惨状を作り出したのだろう。


固唾を飲み込むどころか、胃から込み上げてきた。


ショウ達は無惨な死体をまざまざと見せられそれぞれの反応を示した。


ショウは目の前の光景を拒絶するようにえづき、吐瀉物で溺れそうになる。


なんとか呼吸を整えて手拭いで口元を拭き、上野に歩み寄る。


「先生、これは一体?」


上野はポケットからタバコを抜いて乱雑にライターで火を起こすと、煙を吸い込み大きくむせる。


「俺が聞きたいぐらいだ!」


カマキリに目を落として上野は唾を吐きかけた。


真田はカマキリに近付いて観察している。


「先輩、ここに居る人たちで全員ですか?」


真田へと首を向けて確認すると、真田は首を振った。


「いや、パニックになって何人かの生徒が散り散りに逃げてしまったんだ。


あの木の化物が後ろの道を塞いでいるから、前に逃げるしか無かっただろうがな。」


トレントの姿は後ろからゆっくりと近付いて来ていた。


トレントの移動速度は早くはないようだ。


そのため、宝石等で注意を引き付けて罠にはめ、退路を断ってジリジリと追い詰めていく。


巨大なカマキリは推定3mだ。


2つの鎌はそれだけ大きく、死体を見れば断面が綺麗なので、切れ味も相当なものだろう。


そう思っていると真田は何かを思い付いたのか、手近な石を拾ってカマキリを叩き始めた。


いや、具体的にはカマキリの鎌の付け根ーー


関節を叩いている。


何度か叩いてショウ達を見る真田。


「手伝えショウ。


この鎌を武器にしよう。」


真田は鎌を外して武器にしようとしていたようだ。


かつて武器の無い時代、人が動物の角や骨を使って槍の先端としたように。


取れた2つの鎌を真田が根本を手拭いでグルグル巻いてショウへと渡した。


「これは、お前の分だ。


それと、もうひとつはジョンが持っていた方が良い。」


真田はスポーツ推薦であり、特待生である自分とジョンの方が強いと思っての事だろう。


だが、それに上野が反対を示す。


「待て!


ひとつは俺に寄越せ!」


真田はジョンへと渡した鎌をジッと見つめていた。


そして、ジョンはそれを無言で上野へと渡す。


上野は鎌の刃を見つめてニヤニヤと笑う。


光を反射し、上野の顔を映し出す。


「ねえ、ショウ君。」


と、牧瀬がショウの肩を叩きチョイチョイと手招きをする。


疑問を顔に浮かべてショウは招かれた先へと歩く。


牧瀬が手を同じ柔道部の女子に向けていた。


「えっとね。


神城先輩がこの格好じゃ恥ずかしいって……。


だから、良かったらなんだけど……。」


ショウは意図を理解し、胴着の上着を神城へと脱いで差し出す。


「気が付かなくてすみません。


良かったら使ってください。」


そうして差し出した胴着を神城はおずおずと受けとり、背を向けて着用した。


「ありがとねマッキー。


それから、ショウ君。」


控えめな笑顔を向けられ、少し照れ臭くなって頬を掻く。


「ねぇ、あなたの背負ってる彼……。」


細野を指差し、言うべきか躊躇いながらも神城は口にした。


「顔面蒼白だし、呼吸も聞こえないけど大丈夫なの?」


言われて細野へと意識を向け、そして、呼吸を確認する。


呼吸は止まっていた。


自分の背中で静かに息を引き取っていた事を知り、友達だったことも有ってどうしようもない感情が目に涙として溢れた。


「あぁぁぁぁーー


うぁぁぁぁぁあああああ!!」


頭を抱え、死んだ細野の顔へとこぼれ落ちる雫。


この理不尽にただただ向けるべき矛先も見付からず、地面を叩く。


感情の爆発が収まるのを待たずして真田がショウの肩を叩く。


「立てよショウ。


後ろを見ろ。


木の化物が近付いて来てる。


急いでここを離れよう。」


真田に手を引かれ、ショウは顔を涙で濡らし、細野へと手を伸ばすが、それは虚空を掴んだだけだった。


◇◇◇


真田に手を引かれれて走るショウの視界に映ったのは、どんどんと小さくなっていく細野の姿だった。


距離を縮めてくるトレント達は壁のようにズラリと、隙間無く並んでいる。


そして、細野の前にたどり着いたその中の1体がーー


亀裂を作り、細野をその中の入れ、まるで味わうかのように何度も何度も何度も何度も何度も何度も……。


その光景を目の当たりにし、逃げなければ次は自分達がそうなるのだと理解して必死になって走った。


トレント達から距離をとったところで、先へと進むための階段を見付けた。


ショウ達はそこへ向けて走る。


だが、そこで左右から巨大なカマキリが2体程待ち伏せしているのが目に入った。


真田は足を止め、ショウに目を向ける。


ショウは目を向けられ、そして、真田から渡されていた鎌を手に歯を噛み締める。


「カマキリの鎌はリーチこそ長いが、カマキリの体の構造上致命的な弱点が存在する。


それを駆使してさっき俺達はあのデカいカマキリを倒したんだ。


ショウ、俺が気を引いてる内に攻撃をしろ!」


そう言った真田は回り込むようにカマキリの後ろへと移動する。


そして、カマキリの腹部。


最も柔らかい剥き出しとなった後ろの部分へ竹刀を叩き付けていた。


カマキリは一瞬大きく震えると、真田へと向き直る。


「今だ!やれ!」


鎌を振り回し、腹を切り裂いた。


そこまでは良かった。


もう一体のカマキリが真田の後ろへと回り込む。


ショウはそれを視界に捉えて叫んだ。


「後ろに!!」


横凪ぎの一閃ーー


真田はショウの声に反応してしゃがみこんだ。


その直後、カマキリの頭を的確にとらえた矢が突き刺さる。


「梅木!弓を構えろ!」


「はい、葉山先輩!」


梅木と弓道部の先輩葉山が弓を構えてカマキリへと牽制をしていた。


その間に真田は窮地を脱して階段へと向かう。


上野や牧瀬、神城にジョンや竹下も谷田を背負ってそこへと辿り着いていた。


ショウと梅木と葉山もそれに習って階段へと向かう。


その時ーー


頭を撃たれたカマキリが無鉄砲に暴れて振り回した鎌が葉山の首を跳ねた。


首から大量の血を流して葉山の体が倒れる。


「先輩!?」


驚いて硬直する梅木ーー


そこに、もう一体のお腹の破れたカマキリが迫っていた。


ショウは恐怖の中でようやく覚悟を決める。


生きるために殺すーー


梅木の手を引いて階段の方へと投げる。


ショウはカマキリに目を向け、そして鎌を構えた。


勝負は一瞬で決まる。


カマキリの鎌はリーチが有る。


だからこそーー


姿勢を低く、そして鋭く俺は一歩を踏み出した。


頭上を通り過ぎる鎌を感じ、次の瞬間ーー


ショウは鎌を横に振り切った。


その結果、カマキリの胴体が別れることとなった。


ショウは手の中にある鎌を切ったという感触を実感し、もう一体のカマキリへと向ける。


だが、そこで真田から声をかけられた。


「もういい!ショウ!お前も来い!」


真田の声を受けてショウは踵を返して階段へと向かう。


カマキリはそれを追っては来なかった。


死んだカマキリへと歩み寄って共食いを始めていたからだ。


「リーチが有るからこそ、懐に入られるとってやつだな。」


真田の呟きにショウは頷く。


「行こう、奴等が来る前に先に進もう。」


階段の先を見つめ、そして、決めた覚悟を胸に、次なる脅威を覚悟して進むのだった。

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ある日地球にダンジョンが発生した SHOW @SHOWMD

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