妖精と小人

妖精と小人




体が小さいと言うことには利点もありますが、危険も多いのです。

だから二つの種族は共通して警戒心が強く、同じ森のすぐ近くに住んでいるのに、お互いの存在を知らなかったほどです。


一本の樹があります。

私たち人間にしてみれば普通の樹ですが、彼らにとっては世界樹ユグラドシルにも見えることでしょう。

その樹の根元に、小人族の里があります。


小人族の少年は、安全ピンとまち針くらいの弓矢を携え、狩りへ出かけました。その武器はいっけん頼りなげに見えますが、毒が仕込んであるため、ねずみくらいなら捕らえることが出来ます。


少年が狩りに夢中になっていると、いつの間にか辺りは薄暗くなっていました。しかしそれは夜の闇ではありません。雨雲が空を覆っていたのです。


「まずいな…」


いったん雨が降り出すと、とても駆け抜けることは出来ません。小さな体で受ける雨粒は大きいからです。少年は追っていた獲物をあきらめ、急いで里へ帰ろうと走ります。ところが、サッカーボールの様な最初の一粒が目の前に落ちたかと思うと、それを追って次々と降り注いできました。


「ひゃあ、たいへんだ!こりゃ、里までもたないぞ」


少年は雨を避けながら、どこか雨宿り出来る場所はないかと探しました。背の低い草や苔ばかりの中で、ぽつんと一つだけ、鮮やかな赤い色のキノコが生えているのを見つけました。


「しめた。高さも広さも申し分ない。丈夫そうなキノコだぞ」


少年はキノコの下に駆け込みました。


「ふう…」


軸にもたれて一息つき、少年は灰色の空を見上げました。当分止みそうにないな…そう思い、こればかりはじたばたしてもしょうがない、天のことは天にまかせよと、ひと眠りすることにしました。


夢なのか現実なのか。意識がはっきりしない中、誰かに話しかけられたような気がして、少年は目覚めました。目の前にはずぶ濡れの、可愛い女の子が立っていました。


「私も雨宿りがしたいの。入っていいかしら?」

「どうぞどうぞ。君、見かけない顔ですね」

「私、サフィニア」

「僕、シルク」

「あら、あなた羽がないのね」

「羽ってなんのことです?」


二人はお互いを見つめて、同時に首をかしげました。


「あなたも羽が濡れて飛べなくなったんじゃないの?私、花の蜜を集めてたの。そしたら急にこの雨でしょう。とても村へは間に合いそうになかったから、だから…」

「村?村ってどこの村?」

「決まってるじゃない、妖精族の村よ」

「妖精族?じゃあ君は妖精?へえ、妖精なんて絵本の中にしか居ないと思ってましたよ」

「そういうあなたはもしかして、小人さん?この森に小人さんが住んでいたなんて、ちっとも知らなかった。あなた、家族はいるの?」

「いますよ。たっくさん。ほら、あの樹が見えるでしょ?木の根元に、僕たちの里が有るんです」

「私たちの村はあの丘のてっ辺よ。綺麗なお花が咲いていて、晴れた日には蝶がたくさん飛んでいるの」


好奇心旺盛な二人はお互いの種族の話で盛り上がりました。それはとても楽しい時間で、雨の憂鬱さも吹き飛んでしまうほどでした。


二人が我に返ったのは、何時間も経ってからです。雨水が浸食し、周囲の土を掘り返して、川を形成しつつありました。あれよあれよと言う間に、二人は水に囲まれてしまいます。


「まあ、どうしましょう。このままじゃ、私たち流されちゃうわ」

「絵本では、妖精は魔法が使えるって書いてましたけど…」

「そんな都合の良い魔法なんかないわよ。魔法って案外決まりごとが多いのよ。こんな時、小人さんならどうするの?」

「僕たちには魔法は無いけど、技術がありますよ。これを使って、小舟をつくりましょう」


雨で地面がぬかるんでいたため、キノコは簡単に抜くことが出来ます。石のナイフで軸と傘を切り取り、小舟は完成しました。


「さあ乗って、足元に気を付けて下さいよ」


二人はキノコの小舟に乗りました。傘の裏は柔らかいひだ状で、快適なクッションでした。少年は軸を櫂のように操って船を進めます。

途中、アマガエルの親子に出会いました。


「ゲロゲロ、小人さんと妖精さん、雨に濡れたまんまじゃ可哀想ね。蓮の葉っぱでコートをつくってあげる」

「ありがとう、親切なアマガエルさん」


二人は素敵な緑色のコートをもらいました。蓮の葉っぱは水を弾いてくれます。船旅が少し快適になりました。

けれど、雨はまだまだ止みません。水量が増えるにつれ、川幅も広くなります。少女は不安になって言いました。


「ねえ、この川、どこまで続いているの?私たち、ちゃんと安全なところへたどり着けるの?」


少年も不安でしたが、少女を勇気づけるために言いました。


「大丈夫、僕がついてますよ。必ずあなたを村へ送り届けてあげますからね」

「ねぇ、見て!あそこ…」


少女が指さす先には、いくつもの渦が発生していました。たくさんの岩で水の流れが複雑になっているのです。


「あ、あれに巻き込まれたらたいへんだ」


少年は必至になって櫂で水をかきましたが、到底間に合いません。キノコの小舟は渦に巻き込まれ、物凄いスピードでぐるんぐるんと回転し、しまいには岩に激突し、二人は弾き飛ばされてしまいました。


「サフィニアさぁーん!」

「シルクさぁーん!」


水の中で喘ぎながら、二人は手を伸ばしましたが、届きません。自然の力の前になす術も無く、このままでは溺れ死ぬのも時間の問題です。万事休す。少年は覚悟を決め、固く目をつぶりました。

しかし…

二人は無事でした。気がつけば、二人は蓮の花の上にいました。


「これは…なにが起きたんだろう?」

「私…魔法が使えたんだわ!すごい、初めて魔法を使ったのよ!」

「君がこの蓮の花を咲かせたの?」

「ごめんなさい、さっきは強がりを言ったの。だって、まだ半人前だから魔法が使えないなんて、格好悪くて言えないでしょ?だけど、たった今使えたのよ。すごく必死だったからかしらね」

「アマガエルさんにも感謝しなくちゃですね」


とっさに蓮の花を咲かせたのは、アマガエルさんのくれたコートから着想を得たに違いないからです。キノコの小舟から蓮の花の船に乗り換えた二人は、その後順調に航路を進みました。雨も小雨になり、やがて止みました。


川の終わりは、小人の里のすぐそばでした。少年の身を案じて待っていた人々と、雨上がりの虹が二人を出迎えてくれました。


最初、背中に羽の生えた少女を見て驚いた里の人も、二人の話を聞いた後、少女を暖かくもてなしました。

そして羽が乾いて飛べるようになると、少女は自分の村へ帰ってゆきました。


村へ帰ってから、少女は仲間に小人族のことを話して聞かせました。お互いの存在に気が付いた二つの小さな種族は、この機会に歩み寄り、交渉を持つようになりました。小人族も妖精族も平和的なので、争うこと無く幸せに暮らしてゆきました。


毎年、あの赤いキノコが生える季節になると、妖精族と小人族は祭りに興じ、キノコの下で踊ります。そしてそのお祭りでは、種族の友情の記念としてこの物語が語られ、親から子へと受け継がれるのでした。





めでたしめでたし。


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妖精と小人 @sakai4510

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