1-6 動き始める

 放課後。試験対策をしていた俺は、一区切りがついたということで、指導担当のリーゼから帰宅する許可をもらうことができた。

「いやもう、無理……。外真っ暗じゃないか」

 ぐてー、と椅子の背もたれに体重を預ける。

 もう、体力も、頭も、全て使い切った。今は何もしたくない。

 リーゼはゼミに来てから全く変わった様子もなく、俺を睨む。

「この体たらくだと、試験が始まるまでに全科目をこなせませんよ?」

「試験日が遅い科目は、始まってからでいいんじゃないのか?」

「ダメです。一夜漬けは今のカルトさんだと無謀です」

 俺はぐうの音も出なかった。というより、声を出すのさえ億劫だった。

 しんどい。あまりにしんどい。もう、筆記試験は多少手を抜いてもいいんじゃないかと、甘い言葉が脳内をこだました。

 俺は天井を見上げ、回復に努める。

「でも……今日のカルトさんは頑張ったと思いますよ。今日の内に基礎魔法工学に入ることはできないと考えていたので、想定以上に進めました」

 リーゼの声が聞こえた。

 ――でも、リーゼは俺に付き合ってくれてるんだよな。

 以前、わざわざ試験勉強はしていない、と言っていたっけ。それくらい、普段から勤勉なのだろう。迷惑をかけているのは俺の方だ。ここで投げてしまうなんて、いくらなんでも自分勝手すぎる。

「――――うっし」

 今日しっかり休んで、また明日から頑張ろうと意気込む。

 俺は立ち上がり、リーゼに感謝を伝える。

「今日もありがとう、リーゼ。おかげでだいぶ理解できた気がする」

 本に目を落としていたリーゼは、予想に反して、顔を上げた。

「はい、お疲れさまでした。ところでカルトさん、私に感謝をしてくださるのなら、一つ、お願いを聞いてもらえませんか?」

 俺は眉をぴくりと上げる。

「内容による。何だ?」

 リーゼは紙片にさらさらと何かを書いて、俺に手渡してくる。

「そこに書いてある本を買ってきてほしいんです。明日、届けてもらえませんか?」

「えーとなになに、『月刊赤いりぼん』、『別冊プリンス』……別冊まで読んでるなんて本当に好きなんだな。――――って、パシリかよ!!」

 俺が叫ぶと、リーゼは睨みつけてくる。

「カルトさんの勉強を見ないといけないので、本屋に行けないんですよ? 選択肢なんて無いはずですが」

「それはそうだけども……夜に買いに行けばいいじゃないか」

 リーゼはため息をつく。

「門限があるので夜に校外への外出はできないんですよ」

「もうそんな時間か。しょうがないな、帰るついでに買っておくよ」

「そうだ、試験が無事に終わったら、カルトさんにも貸してあげますよ?」

「別にいいよ、俺そんなに少女漫画大好きってわけじゃないし……。それじゃあな」

 こうして俺は帰りに本屋に立ち寄り、頼まれた本を購入したのだった。



 翌日。試験が近いというのに一切ペースを緩めない講師陣に文句を垂れながら、早足でゼミ室へと向かっていた。なんとなく、持っている少女漫画の雑誌を早く手放したかったのだ。

 ちょうど、第一校舎の玄関を過ぎた頃。背後から喧噪に混じって、俺の名前が聞こえる。

「おーい、カルトくーん!」

 明朗な声音はよく耳に残る。俺は振り返りつつ、声の主を確信した。

 二人の女子が俺に向かって歩いている。リーゼと、もう一人だ。

「アルネ……。どうかしたか?」

 アルネ・リープハフ。

 セミロングの髪は栗色。背丈はリーゼと同等か、少し高い程度だ。

 とにかく明るくて元気な奴で、良い意味で女子っぽくない。一年生の頃に同じクラスだったが、成績最底辺、地元出身、キャリア無し。とある方面から嫌われる要素ばかりな俺にも気軽に接してくれた。

 あと、リーゼの親友だ。生真面目なリーゼと、明るくてちょっと抜けた所のあるアルネは、何で気が合ったのだろうかと、他の学生たちから不思議に思われている。

 アルネは相変わらずの明るい表情で、言う。

「リーゼから聞いたよ。退学の危機で、最近、勉強を教えてもらってるんだって?」

 ちらりとリーゼの顔色を窺う。ゼミ室の時より幾分和らいでいる表情を崩さないことを確認して、頷く。

「ああ、そうだけど」

「水くさいなぁ、カルト君。そうと言ってくれれば、この私、学年成績10位台のアルネも手伝ってあげたのに」

 ふふん、と胸を張っているアルネを見て、俺は渋面になる。

「手伝ってくれるという姿勢はありがたいけど、お前が絡んでくると、大切なところで大ゴケする気がするんだよなあ……」

「うわ、ひどいなあ! 私ってそんなにドジじゃないよ、ねえ、リーゼ?」

「……」

「無言で目を逸らされた!?」

 アルネはむう、と不服そうに頬を膨らませた。

 俺は肩をすくめ、言う。

「俺は時間がないんだ、もう行くぞ?」

「あっ、それなんだけど、私も今日から一緒に勉強することになりました!」

 俺はばっ、と振り返る。

「本気か!? 大丈夫かよ」

 こいつが居ると、勉強の邪魔をされそうだ。

 リーゼは半目になり、言う。

「アルネはやる時はちゃんとやる人ですから、心配ありませんよ。それより、頼んでいた物は……」

「ああ、ちゃんと買ってあるよ。ゼミ室で渡す」

 アルネがリーゼの顔を横から覗き込んでいた。リーゼが気づいて、尋ねる。

「アルネ? どうかしましたか?」

 きょとんとしていたアルネは、少しの間を空けて、笑みを浮かべた。

「ううん、何でも! じゃあ、行こ?」

 二人並んで仲良く歩いていく背中を見ながら、俺は何だか不安な気持ちが沸き上がってくることを自覚した。

 


 ゼミ室に入って早々、トーマス教授はアルネの顔を指さして、リーゼに尋ねる。

「え、誰? この子」

 アルネはそんな教授の失礼な態度でも、明るい笑顔を見せて、言う。 

「突然ごめんなさい、私は二年生のアルネです! 試験勉強に来ました」

「今日からアルネも一緒に勉強します。成績も良いですから、力になってくれると思いますよ」

 教授は天井を見上げ、記憶を辿る。

「あるね、あるね……。あっ、思い出した。去年の筆記試験で記号で答えろ、という問題に全て単語で答えて、ほとんど合ってたのに50点だった子か」

「あはは……そうです、そのアルネです」

 うわ、なんだそのうっかりミスは。しかも問題自体は解けているというのが非常に勿体ない。

「あと、魔術戦の練習にも参加してもらえることになりました。アルネは基礎魔術がとても上手なので、参考になると思います」

「ふうん。ところでアルネ君、ウチのゼミに入らない?」

「今考え中なんですよ、面白そうな研究内容してそうですし」

 教授が目を細める。

「ん? ここの研究内容は新しい魔術の企画、なんていうありきたりでつまらないものだと思うけど」

 アルネがリーゼを一瞥して、言う。

「だって、リーゼが所属してるゼミですよ? 絶対に何かあるじゃないですか」

 教授は一瞬、目を見開いて、視線を逸らす。

「……なるほど、アイツみたいな直感タイプか」

 ぼそりと呟いて、顔を上げる。

「確かに、隠し事があるよ。もしゼミに入ってくれたら、その時に教えてあげる」

「ところで場所の確保はどうなったんだ?」

「今からその件で出かける。今日か明日には日時を伝えられるから頑張って試験勉強しておいてね」

 教授は帽子を被って、ヒラヒラと手を振りながら去っていった。



 アルネは唐突に振り返り、キラキラした目で俺を捉える。

「トーマス教授も居なくなったことだし……。カルト君、このゼミで何やってるの? 教えて!」

「ダメだ、お前に教えたら瞬く間に広まるだろ」

「えー、私、秘密はちゃんと守れるよ?」

「とにかく無理なものは無理だ!」

 俺たちは席について、勉強の準備に取り掛かる。 

 アルネが俺に話しかけてくる。

「カルト君、ちょっと変わったね。一年生の頃よりも渋くなった気がする」

「それ、疲れがたまってる俺の顔を見て言ってるよな? な?」

「やっぱり二年生の講義に付いていけてないでしょ。ダメだよ、ちゃんと真面目に勉強しなきゃ」

「やってるっての! ちゃんと勉強していて、ついていけなかっただけだ。第一、真面目に勉強しろ、だなんてお前にだけは言われたくないよ」

「ふふーん、説教は一度でいいからテストの点数で上回ってからにしてほしいな」

「ぐっ……! どうして俺は、こんな奴に筆記で完敗してるんだろう……あっ」

 俺はつい無駄話に夢中になっていたことに気付いて、リーゼを見た。

 どうやら俺たちのことは意に介していないようで、黙々と本に目を通していた。

 アルネは嘆息して、言う。

「リーゼって、本当に魔法の勉強に対して熱心だよね。今の時期はますます」

「それって、試験だからってことか?」

「ちょっと違うかな。リーゼって凄く優秀な成績だけど、一度も一位を取れたことがないの。それが悔しいらしくて」

 俺はぼんやりと言う。

「へえ、リーゼでも勝てない奴か……。あいつのことだよな? ゴルド」

 さすがの俺でも知っている。

 同級生で常に成績は一位。まさに絶対王者という称号が相応しい男子生徒――ゴルド。

 金髪で細身、顔の整ったイケメン。ハンエルクでは有名な家系の息子で、両親も兄も有名な魔道士なのだとか。

 リーゼは俺が発したゴルド、という言葉にピクリと反応した。

「――無駄話している時間はないはずですが」

 ゴゴゴゴ、とリーゼの周囲が震えたような気がした。

「す、すまん。でも意外だなって。リーゼはてっきり順位はそこまで気にしていないのかと思ってたよ、なんとなくだけど」

「気にするに決まってます、学年一位は私の目標ですから。ほら、アルネも真面目にやってください」

「はーい」

 これ以上深追いはさせてもらえないらしい。俺は潔く諦め、前回の勉強の続きを開始する。



 俺は真剣に問題に向き合っているようで、実は一切頭が働いていない事実に気がついたので、休憩することに決めた。

「ちょっと休憩するよ」

「あ、じゃあ私も!」

 アルネが便乗してきたが、どうみても元気そうだった。変わらぬ明るさに、俺は顔をしかめる。

「全然疲れてなさそうだな……」

 アルネはきょとんとして、言う。

「え? そりゃそうだよ、だって今回の範囲、そこまで難しくないもん」

「な、何だって?」

 くらくらする頭を支える。

 なぜか、リーゼに学力で負けている事よりも、アルネに学力で負けている事が非常に受け入れ難い。

 くすくすと聞こえたので視線を上げると、リーゼが笑いを堪えていた。

「アルネはこう見えて成績は上位ですから、カルトさんが及ぶわけがありませんよね……ふふっ」

「知ってたっての! ただ、ここまで差があるとは思ってなかっただけだ」

「ま、私にかかればこんなもんですとも。……て、あれ? リーゼ、私のこと馬鹿にしてない?」

「いえ、していませんよ」

 俺はため息をついて、矛を収めた。

 リーゼに疑惑の視線を送っていたアルネは、俺に意識を移し、言う。

「あ、そうだ。カルト君の現状、詳しく教えてよ。退学にならないために、色々やってたんでしょ?」

「色々? リーゼに勉強見てもらってるのと、インターンくらいだけどな」

「インターン!? 大丈夫だったの、それ?」

「どういう意味だよ。一つ目は雑貨屋に行った。氷の造形魔法で店主のアイデアを形作ったりしたな。凄く熱意がある人で、やりがいを感じたよ」

「雑貨屋? もしかしてカルト君がつくった商品が売ってたりするの? 今度見に行こうかな……」

「あとは、南西の森で狩りをする依頼もやった。火グマを一匹倒して無事依頼を完了した」

「火グマ!? あの、時々森に入っていた人が殺されちゃうような事故を起こしてるあの狂暴な魔獣を狩ったの!?」

 俺は急いで首を横に振る。

「いやいや、つがいだったけど強いオスのほうはついてきてくれた狩猟班のグストフさんが狩ったよ。俺はメスだ」

「それでも信じられない話だけど――――えっ? グストフさん!?」

 アルネは机を乗り出して来た。

 俺は勢いに押され気味に、うなずく。

「あ、ああ、そうだけど……」

「羨ましいなあーー、あのグストフさんと一緒に仕事できるなんて!」

「アルネは本当にグストフさんが好きですね」

 微笑してリーゼは言った。

 俺はアルネに尋ねる。

「グストフさんに憧れてるのか?」

 アルネは顔をキラキラ輝かせ、言う。

「うん! グストフさんは私のヒーローなんだ」

「ヒーロー? 助けてもらったりでもしたのか」

「それを言うなら町の皆がグストフさんに助けてもらってるよ? あの人がいなかったら、今頃ハンエルクは壊滅してたかもしれない」

 俺は驚愕する。

「そんなヤバいことがあったのか!?」

「うん、まだ小さい頃の話で、情報も広まっていないからよく知らないんだけどね。リーゼも知らないんだよね?」

 リーゼはうなずく。

「はい……。両親に聞いても詳しくは教えてもらえません」

 俺は腕を組み、呟く。

「ふーん。やっぱり凄い人だったんだな、グストフさんは」

 一話題が終了した。

 俺はリーゼにニヤリと笑いかけ、言う。

「ところでリーゼ――――ゴルドには、一度も勝てていないんだって?」

 リーゼはこれでもかというくらい、不快であることを表情に出す。

「……それが何か?」

 いつも圧倒されているリーゼの隙が見えた気がして、ここぞとばかりにいじる。

「魔術戦試験が始まるんだし、あっちの実力は未知数。今回は勝てるかもしれないじゃないか、めげずに頑張りたまえ」

 リーゼは一撃で調子に乗った俺を引きずり下ろす。

「他人の心配なんてしてる余裕はあるんですか? 魔術戦で良い成績が出せなければ、即刻退学もあり得るんですよ」

「うっ……」

 初めてリーゼを見下ろしていたというのに、その光景は一瞬しか拝むことができなかった。

「……」

 アルネは何やら思いふけているようで、上の空になっていた。



 ハンエルク魔法学園高等部、第一校舎。

 トーマスのゼミ室とは比較にならない一等地にある個室の中へ、ノックもせずに入っていく。

 教授ごとに与えられている個室。その部屋の主は、ウォルター教授だ。

「おーい、居るだろ?」

 ウォルターは、物は多いが綺麗に整頓されている机に向かって仕事をしていた。声が聞こえて顔を上げると、トーマスの顔を見つめ、頬を緩ませた。

「……珍しい客だ。久しぶりだな」

「ウォルターは相変わらず仕事ばっかりしてるね」

 ウォルターは目を細め、言う。

「お前が不真面目なだけだ。そもそも俺と会わなかったのも、全くと言っていいほど外に出て活動していなかっただけだろう」

「だって僕は、お前ほど上昇志向が強くないからね。今の地位で満足してるし、執着もないんだ」

「だろうな。だがそんなお前が、今日は俺を訪ねてきた。何か用があるんだろう?」

 トーマスはニッコリと笑って、言う。

「うん、実は、ウチのゼミ生たちに魔術戦の練習をさせてあげたいんだ。だから、少しでいいからそっちのゼミで使ってる場所を貸してほしいんだよ。誰にも見られないよう貸切でさ」

「ああ、確か……カルト君、だったか、の件か」

「さすがはウォルター、よく知ってるね」

 トーマスの誉め言葉に、ウォルターは照れた様子で言う。

「ちゃんと会議に出席していればこの程度誰にでも分かる。それにしても意外だな、まさか面倒くさがりのお前がゼミ生のためにここまで動いてやるなんて」

 トーマスはため息をつく。

「そうなんだよ、本当はぐうたらしたいんだけど、これくらいしてあげないとカルト君の学園生活が危ないいんだよね」

「そこまで手放したくない人材なのか、カルト君は?」

「彼は僕の研究においては、これ以上にないと断言できるくらい適任だよ。というわけで、ウォルターも何とかカルト君の手助けをしてあげてくれない?」

 ウォルターは椅子の背もたれに倒れこんで腕を組む。

「確かに、ちゃんと進級試験をクリアして二年生に進級しているのに退学させるというのはあまりにも横暴だと感じている。しかし、今の俺では何もできない。まだそこまでの権力は持ち合わせていないな」

「ま、そうだよね。期待はしてなかったから別にいいんだけど」

 ウォルターはトーマスを睨むが、すぐに怒りを静め、言う。

「……分かった。ただしウチのゼミ生も練習があるから、明日の15時から2時間だけ使わせてやる。場所は第二競技場だ」

「ありがとう、恩に着るよ。ところで、何か飲み物が欲しいな」

 一仕事終えたトーマスは一切の遠慮なくソファに座り込んだ。


 コーヒーの熱さに舌をひりひりさせながら、トーマスは口を動かす。

「ウォルターのゼミには、期待の新人はいないの?」

「今年は普通だ。いつも通り、優秀な魔術士ばかりだよ」

 自身で淹れたコーヒーの香りを楽しんでいるウォルターは、目を開ける。

「あ、そういえば一人いるな。その優秀な学生の中でも一際目立つ奴が」

「へえ、お前がそこまで言うなんて珍しい。誰なんだ?」

 ウォルターは小さく笑った後、一人の名前を挙げる。

「ゴルド君だ。ゴルド・。俺も名前を知ったときは驚いたが、納得もしたよ」

「へえ、シェーンベルク家の子か。それは確かに期待の新人だね」

「名前だけで挙げたわけじゃない。ゼミでの活動を見て、彼はとんでもない魔術士になると確信した。魔術の腕は当然だが、魔術戦への意欲、向上心が高い。技術もあり、二年生ながらタマゴの殻を割って、既に才能を開花させている」

 ウォルターのゴルド評を、トーマスは微かに揺れるコーヒーの水面を眺めながら聞いた。

 ぐいっと飲み干してからカップを置き、言う。

「ということは、期待の新人、というのは間違いなのか。期待をする段階をもう超えちゃってるんだね」

「魔術戦試験で、彼の実力は学園中に知り渡るだろう。噂は少しずつ広まってるがな」

 トーマスはゼミへ戻ろうと立ち上がると、扉が開いた。

「ウォルター教授、お聞きしたいことが――おや、トーマス教授?」

 金髪で爽やかな顔立ちをした少年が部屋に入って来た。

 トーマスは笑みを浮かべ、その少年に言う。

「ああ、ごめんね。ちょっと用事だったんだけど、今帰るから」

 ウォルターは言う。

「ゴルド君か。何か質問か?」

「はい、魔術戦での立ち回りについて――――」

 トーマスははっとして振り返り、横切ってウォルターの元へと歩いていく少年を見つめた。

 ――彼がゴルド君か。……リーゼ君も災難だな。彼のような怪物クラスの学生がいなければ学年一位は堅いだろうに。

 ガチャリ、と扉が閉まり、部屋には二人が残った。

 議論が終わったところで、ゴルドはウォルターに尋ねる。

「ところで、先ほどトーマス教授が訪ねられてましたね。邪魔をしていしまいましたか?」

「いいや、本題はとっくに終わっていて……。そうだ、明日の15時から2時間、トーマスのゼミに第二競技場を貸し出すことになった。その間は使えないから研究室で活動すること、と皆にも伝えて欲しいんだが」

「トーマス教授のゼミ……。あの、見学にいってはいけませんか?」

 ウォルターはぴくりと眉を動かす。

「見学? 行きたいのか?」

「はい、トーマス教授のゼミにはリーゼさんがいますから、彼女の実力をぜひ一度見てみたくて」

 はにかむゴルドを見て、ウォルターは苦笑する。

「お前は本当に魔術戦が大好きだな……。トーマスからは貸切にするよう頼まれているから、許可は出せない。しかし、放課後に勝手に一人で行ってしまったら、止める術はないな。姿を見せずに観戦して、見たことを誰にも話さなければ咎められることもないだろう」

「教授……ありがとうございます!」

 ウォルターはニヤリと笑い、心の内でトーマスに謝罪した。

 悪いなトーマス。わがままを受け入れてやったんだ、これくらい許せ。



 


 







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トーマスゼミの活動記録 安心太郎 @Ansine_Taro

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