1-5 インターン 後編

 グストフさんと俺は、町はずれの森――通称、南西の森の前に居た。

 木々の生い茂る場所の直前に、『危険 道を外れた場所、夜の侵入禁止』と書かれた看板が建てられている。

 空を見上げると、太陽の光が眩しく、思わず目を閉じる。

「真昼間、いいかんじの時間ですね」

「お前、本当に準備はもういいんだな?」

 私服に着替え、小さなバッグを肩から斜めに掛けている俺を、不機嫌そうな顔で見た。

「大丈夫ですって。ささっと行きましょう」

 対するグストフさんは、受付で出会った時の装備に加え、腰にポーチを付けて、左肩には荷物袋を引っかけていた。

「グストフさんは、荷物が多いタイプのハンターだったんですね」

「あらゆる状況に対応できるようにしているだけだ。お前の荷物が少なすぎる」

「あ、別に否定はしていないですよ。俺は師匠――父親の教えに従ってるだけです。……さて、行きましょうか。」

 俺たちは看板を横切り、森の中へと入っていく。

 眩しすぎるくらいだった明るい世界から一変、森の中はしっとりと薄暗い。とはいえ、まだ太陽の明かりが木々の隙間から差し込んでくるので、奥へ入っても松明や魔法で明かりを灯す必要が無い。明るさの問題と、魔獣たちの大半は夜行性なので、昼から夕方が狙い時になる。

 森の中は、出入りの多い都会の町への道中ということもあり、人の手が入っている。恐らく町の役人あたりが造った道なのだろう。

 俺はその道を歩きながら、言う。

「今日の依頼、こっちで知り得たのは、狩る対象が火グマ、ということくらいなんですけど、もう少し詳しく教えてもらえませんか?」

「……最近、バカな奴がハンエルクに向かうため、夜にこの森に入っていた。それでもうすぐで森を抜けられる、というところまで来たとき、遠くに赤い光が灯っているのを目撃したらしい」

「それ、よく無事でしたね」

 フアロダさんは鼻を鳴らす。

「ふん、全くだ。そいつはその光が魔獣だと思い、必死に走ってハンエルクまで来たらしい。その時、大きな生物が追いかけてきているような音を聞いている。そこで俺たち狩猟班が調査をすると、付近に焦げた跡を幾つか発見した。その光は火グマと断定、そして人を襲う危険性があると判断した……というわけだ」

 きっとその人は生きた心地のしない逃走劇だっただろう。そして、そんな恐怖体験を極力させないためのハンターだ。

 辺りは間引きされた木々ばかりで、これといって魔獣も、その痕跡も見当たらない。実に平和な道で、狩猟班の活躍が伺えた。

「なるほど、被害が出る前でよかったです。ところで、俺はクマ系の魔獣を相手にしたことはあるけど、火グマ、という魔獣は地元の方にはみない奴で、初めて相手をするんですけど、どういった魔獣なんですか」

「魔獣の実力も知らずに依頼を受けたのか? 呆れる。……名前の通り、火の力を使うクマだ。といっても火を出すわけじゃなくて、どちらかというと熱だな。火を吹いたりはせんが、身体に直に触れると熱で大やけどだ。武器を触らせてしまうのもマズい。剣も溶かされてしまう」

「そこまでの熱を持っているのか……」

 途端に不安が俺を襲ってきた。

 俺の得意な戦法は、もちろん氷で武器などを造形する魔術を使って、近、中距離で戦うスタイルだ。攻めるも守るも氷を使うので、当然、熱いもの相手には若干の不利がつきまとう。俺としてもその弱点を自覚していたので、なんとか熱に強い氷を造る努力をしているが、それでもやはり、熱と戦うときはハンデを背負うことになってしまう。

 フアロダさんが顔をしかめる。

「おいおい、大丈夫かよ」

「ま、まあ、なんとかなりますよ。多分」

「頼むから大怪我するなよ? 依頼を受けてくれる奴が減りかねん。いざってときは守りはするが、カバーしきれないということも考えられる」

「は、ははは……」

 そんな話をしながら、しばらく歩き続けた。

 


 フアロダさんが立ち止まり、振り返った。

「この辺りだ。警戒を怠るな、いつ出てきてもおかしくない」

 俺はうなずく。

 二人、緊張を高め、周囲を注意深く観察しながら歩を進める。視界が十分に開けた場所だ。出来れば先に発見して、奇襲をかけたいところだ。

「――――っ!」

 だが、それは叶わなかった。

 ビリっとした殺気を感じたと思い、左後方に目を凝らすと――――赤く光った。

「ちっ、バレてるな。俺は少し離れるが……危ないと思ったらすぐに助けを呼べよ」

 どうやらフアロダさんも気づいていたようだ。俺は無言で頷いた。

 遠くから聞こえてくる足音を聞きながら、意識を集中する。

「【”氷の造形魔術・フォーメティブ”・氷槍】」

 右手に氷で槍を造形した。先端に大きめの刃がついている。

 俺自身がデザインしたものだ。この氷槍は時間や魔力、集中力も軽いコストで造り出せるお手軽武器で、中距離の戦闘で好んで用いている。

 ずんずんと走ってくる火グマの姿を完全に捉えた。

 黒、いや、少し赤みがかった毛並みに、こちらも薄赤く光る瞳。身体は人間一人の肩幅を超えるほどの足の太さ。あの腕に捕らえられればおしまいだ。

「先手必勝! フッ!」

 白兵魔術を乗せた投擲。空気を切り裂き、氷槍は突進する火グマの頭に迫った。

 違和感。おかしい、なぜ避ける動作を取らない?クマ系の魔獣の身体能力を考えれば、この程度避けてくるはず――――

 ヒグマは勢いを緩めず、むしろ氷槍に向かって走る。ついに当たる、そのタイミングで、右前足の手の平を氷槍に向かって差し出した。

「なっ!?」

 溶けた。氷槍は足に刺さると思われたが、真っ向からそれを掴んだにも関わらず無傷だ。じゅう、と握られた部分が溶けて、元の魔力に戻って空気上へと霧散していく。

 ぽとりと落ちた氷槍の先端は無くなり、もはや武器として機能していない。

 火グマは低く唸った。

 俺はぞくり、と危機感に鳥肌が立つ。

 右手で隠れていた火グマの顔は、完全に敵意をむき出しにしていた。 

 この一帯を支配するだけの強さを持ち合わせていると見た。

「……」

 俺は突破口を探すが、火グマはのんびり待つわけもなかった。咆哮し、突進。

 目前までやって来たところで、右前足を振り下ろす。

「っ! 【”氷の造形魔術”・氷剣】!」

 咄嗟の判断で、俺は迫って来る右前足の下を潜り抜けるように懐に飛び込み、すぐさま造形した剣で切り付けながら横切る。

 確かな手ごたえと、風圧。そして、火を近づけられたかのような熱気を肌に感じた。

 くるりと態勢を反転し、身体を滑らしながら火グマに向き直る。

 ちらりと剣をみれば、血が滴っていた。

「溶かすほどに熱いのは手の平だけ、ということか」

 火グマはダメージを負い、怒りを露にする。唸りながら睨みつけられるが、怖気づいてはいけない。しかし、凄い威圧感だ。実際、さっきの一撃は凄い威力だった。例え防御しても受けきれるか――

 ジワリ、ジワリと火グマが距離を詰めてくる。先程のような突進ではなく、ゆっくりとだ。

 ――まずいぞ。気付いたのか?

 現状を整理すると、俺は火グマに離れた距離から攻めることは不毛だ。火グマからしても、遠距離攻撃の術は持ち合わせていないのだろう。

 そうなると接敵して戦わなければ決着をつけるのは難しいが……零距離では分が悪い。さっきは突進してきたから隙があっただけで、手の届く距離に留まられれば、あの巨体だ、俺の白兵魔術では逃げきれない。

「くっ、手を打たないと。でもどうする?凍らせることもできないだろうし……」

 そうこうしている間に、火グマの大きな手の射程圏内まで詰められてしまった。二本の後ろ足で立ち上がり、俺を見下ろす。

「くそっ!」

 一撃目、右前足。潰そうとするそれを右に避ける。ずん、と地面が揺れた。

 次は左前足の薙ぎ払い。読んでいたその攻撃を、さらに右に飛ぶことで避け、届かない距離を急いで稼いだ。

「はっ!」

 俺は詠唱を省略して氷槍を造形して、すぐさま投擲する。

 しかし、左手の平で止められ、同じように溶けて地に落ちた。

「このままじゃじり貧だ、いずれ読みが外れるか、体力が尽きるか……」

 俺の魔力量は平凡だ。いくら省魔力で造形できるように鍛えてきたとはいっても、あまり使っているとすぐに底が尽きる。

 魔力量を回復する薬も持ってきてはいるが、飲んだ瞬間に効果が発揮されるわけじゃないので、使うような状況になっている時点でよろしくないのだ。

 俺は状況が完全に傾く前に、秘策を出すことにした。

「怒るだろうけど仕方ない! 【契約に則り、我が声に応えよ、”レオン”】!」

 あらかじめ魔法陣を描いておいた紙を引っ張り出し、そこに掴んでいる右手で魔力を流し込みながら、詠唱した。

 すると、紙が光になって消滅。足元に丸い光が生まれ、その中にレオンが出現した。

 これは召喚術の一つらしい。というのも、魔法陣も俺が書いたものではなく、レオンに渡されていただけだ。詠唱も教えてもらっているだけで、全く理解は出来ていない。

「……その紙を使ったという事は、相当やっかいな状況なのだろうな?」

 レオンは俺の顔を見上げる。目は鋭く、明らかに機嫌が悪い。

 俺は急いで説明する。

「すまん! でも今は時間が無い! あの火グマをなんとかしたいけど、氷を溶かされて離れた場所から攻撃できないんだ、どうすればいい?」

 レオンは気怠そうに前を向いて、火グマを見据えた。すると驚くことに、火グマはレオンをかなり警戒したように、ぴたりと動きを止め、威嚇している。

「あの程度の魔獣で手こずっているのか? 全く、強引に呼ばれるこっちの身にもなってもらいたいものだな」

「あの程度って……。この辺のボス格だぞ? しかも相性最悪だし……」

「言い訳はきかん。氷を極めるのなら、燃え盛る炎さえも逆に凍らせるくらいの気概を示せ」

「いやそれはさすがに無理があるだろ……。って、だからどうすればいいんだ!? また動き始めた!」

 レオンは明らかなため息をついて、言う。

「今のお前なら……この程度、造形できるかもしれん。――――これだ」

「これって、え、なんだこれ!?」

 気づけば、俺の頭に、まるで以前から知っていたかのような情報が一つ、新たに増えていた。

 それは、氷でできた槍。されど、俺の氷槍とはわけが違う。

 それは、はるか昔、生命の存在を許さない程に凍えていた土地で人知れず刺さっていた。

 それは、陽気だった周辺の気候を一変させるほどの力。

「これは……」

「我が生きていた時代に、実在したものだ。造形してみせろ」

「え? でも本当に造れたら、この辺りがやばいことになるんじゃ」

「安心しろ、貴様の実力で完全な再現は必ず出来ない」

 馬鹿にされたようでイラっとしたが、そんなことを考えている暇はない。火グマは先程よりも警戒心高く、確実に接近してきていた。

「ええい、やるしかない!」

 俺は目を閉じ、レオンに与えられた情報をじっくりと、湯につかるように感じ取る。

 形、性質、素材。その理想に限りなく近づけるために、俺の全霊を以って模倣する。

 これは俺の力ではなく、ただレオンに教えてもらって真似するだけ。だからこれは、”氷の造形魔術”ではなく、

「――――【”氷獣の造形術フォーメティブ”】」

 これまでに感じたことのない冷気が、造形した物からあふれ出す。

 白煙に覆われたこの槍こそ、はるか昔、とある氷獣によって生み出され、地域まるごとの気候を変化させてしまった、災厄の槍である。

 俺の実力不足なのだろう、この手に握っていても、ほんの少し冷たいと感じる程度で、辺りの気候は至って普通のままだ。まあ、情報通りの性能をしていても困るのでこれでいいんだ。

「で、できた……」

 しかし、これは間違いなく凄い性能を秘めている。その力に言葉を失っていると、レオンは俺の後ろの方角へ歩き出す。

「ふん、ひどい出来だが、一応体裁は保っている。それならばあの程度の魔獣、一瞬で決着を付けられるだろう。もう帰る。次に食べに行ったときは、格別の待遇を忘れるな」

 俺は火グマを見据える。

 必死の形相だった。俺にこの槍を使わせまいと、猛スピードで迫る。

 それは大きな隙だった。覆いかぶさろうとする火グマを下に、俺は飛び上がった。

 頭上。通常なら絶望的な状況だろうが、今は違う。

 空中で身体を捻じる。

「うおおおお!!」

 全力で、俺を見上げる火グマの顔めがけて槍を投げた。

 火グマはまた手の平で防ごうとする。

 しかし。ここからは先の再現とはいかなかった。

 火グマの右前足――槍に触れている部分が凍り付く。瞬間、それは体全体に広がり、瞬く間に火グマは氷漬けになった。

 地面に着地して、俺は唖然とした。

「た、倒せた……。一撃で? 嘘だろ?」

 火グマに刺さっていた槍が魔力となって消えていく姿を、呆然と見つめる。

 あそこまで苦戦した火グマの手のひらを、こうも簡単に突破し、一気に凍らせてしまうとは……まるで他人事のように、事実を咀嚼する。

「うっ!? 身体が重い、なんだこれ……一気に魔力を喰われたのか」

 緊張を解くと、どっと身体が重くなった。

 どうやら”氷獣の造形術”は相当に魔力を使うらしい。適応がまだなっていないこともあるだろうが、なんて低燃費だろう。使いどころを見極めないと。

 俺は今日から訓練の内容を変更しようと思索しつつ、辺りを見渡す。

「グストフさーん? 終わりましたよー?」

 声を出してみるが、辺りは自然がいっぱいなだけで、人影は見当たらない。

 どこに行ってしまったんだろう、と不安に思っていると、足音が聞こえた。

「よかった、見つかって。グストフさーん」

 俺はその足音の方へ歩く。

 それは予想通りグストフさんだった。しかし、予想外な点が一つ。

「終わりま――えっ? なんですか、その血は?」

 よく見ると、グストフさんの鎧が所々、血で濡れていた。間違いなく、森に入る前にはなかったはずだ。

 すると、とんでもないことを口にした。

「ん? ああ、お前に狩ってもらった火グマだが、オスメスの二匹が居てな、そいつはメスだ。戦闘を見ていて問題ないと判断したから、俺の方でオスを狩ってきた」

「……」

 クマ系の魔獣は、オスの方がメスより体格が大きく、手強いという。

「そ、そうですか……お疲れ様です」

 自覚無しにはしゃいでいた俺の心は、安らかな落ち着きをみせた。


 ******


 二日後。

 俺は今にも閉じそうな、霞む目をこすりながら学園の中庭を歩く。

 あの日は帰宅してから勉強、翌日はレオンに邪魔されながらも勉強した。

 あんな週末、もう二度とごめんだ。

「あー……」

 擦れた声を上げた。こんな状態で、一日を耐えきったのだから褒めてほしい。

 ここまで来たけど、ゼミに寄らずに帰りたくなってきた。それくらい、瞼が重い。

「あ、そうだ。ゼミで寝ればいいんだ」

 リーゼという生真面目の塊が存在する以上、それは実現不可能であるということさえ判断できないボケた状態で、俺は第三校舎へと向かう。

 のんびりとゼミ室へ向かっていると、室内の話し声が聞こえてくる。なんとなく、トーマス教授とリーゼ以外も居ると予想しながら、扉を開けた。

 ゼミ室にはその二人に加え、副学園長、カールさんが居た。

 さっきまで感じていた眠気が吹っ飛んだ。

「か、カールさん!? どうしてここに」

 カールさんは振り返ると、表情を和らげた。

「おお、カルト君! 君を待っていたんだ」

「や、やっぱり、退学通告ですか!?」

「違う! 上層部で君の評価がうなぎ登りに上がっているのだ」

「え? 上がった?」

「そうだ。先週末、インターンで依頼を受けただろう? どちらからも絶賛されていてな。学園の評判アップに貢献した、と。さらにいえば、かの有名な狩猟班の一員であるグストフから高評価を得ていたことが大きい」

 俺は笑ってごまかす。グストフさん、あまり俺の狩りを見ていなかった気がするんだけどな……。しかも、レオンに頼らなければ危なかった。

 トーマス教授はへらりと笑い、言う。

「言ったでしょ、彼なら何の問題もないって」

 口調、声音からは敬いを一切感じない無礼極まる発言だったが、カールさんは表情を強張らせることなく、頷く。

「ああ、そうだったな。私もカルト君の実力を見誤っていたようだ」

 ふと、リーゼが俺のことを無表情で見ていることに気が付いた。

 視線を合わせると、リーゼは本に目を戻す。

「……まあ、努力した結果が着いてきたのでしょう」

 前の道は真っ暗だったのに、一日で突然、快晴になったようだった。

 俺は思わずにやけ、言う。

「じゃあ、退学の危機は免れたってことですよね!?」

「む……」「あー……」「……」

 三者、沈黙。ずーん、と雰囲気が一気に重くなった。

 俺は予想外の展開に戸惑う。

「あ、あれ? 違うのか?」

 教授は静かに首を振る。

「頭の固い連中の意見を変えるためにはね、相当な理由が必要なんだよ」

 また問題になりそうな発言を、とカールさんの様子を窺うが、特に反応はなく、安心した。どうやらリーゼも同じことを考えていたようだった。

 カールさんは腕を組み、言う。

「……確かに厳しいだろう。カルト君を評価したのは、いうなれば一般人で、魔道士の彼らからすれば、無視しても何ら問題のないことでもある」

「何か、めんどくさい話ですね」

 政治的な話はさっぱりだ。俺はとにかくどうすればいいのか気になり、尋ねた。

「結局俺は、これからどうすればいいんだ?」

「ま、とにかくカルト君は頑張ってくれればいいよ」

 教授は朗らかな表情を一変、真剣な面持ちになり、続ける。

「勉強、インターンとやってもらってるけど、最後に残った一番重要なピースである――カルト君はいけそうだって思う?」

 魔術戦。文字通り、戦闘用の魔法――魔術を用いた対人戦だ。優秀な魔術士は重宝される存在で、学園としても魔術戦の指導に力を入れている。一年生の頃から必修だった。ただし、一年生は安全を考えて実戦は不可であると魔法学会はルールを規定している。

 魔術戦試験は、その実戦を行う数少ない機会だ。時期は筆記試験の次の週。対戦相手、試合数などは学園側が判断しているらしい。

「講義だけでいえば、相変わらず下の方だった。”白兵魔術”、”魔力の衣マジックコート”といった基礎魔術の効率化がどうにもできなくて」

 教授は下を向き、ぶつぶつと言う。

「数日でどうにか出来るようなことじゃないな。でも、最下位になるほどじゃないんだろ? それならまあ……ハンターの仕事してた分の慣れがあるだろうし――」

 その間にリーゼが言う。

「”魔力の衣”……やはりこの技術が魔術戦の強さに直結すると言っても過言ではありません。実技試験はどの程度の成績でしたか?」

 俺は口の端を震わせ、言う。

「え、えーっと……。確か、瞬発力がクラス平均くらいで、持久力が下から3番目くらい……」

「はぁ……やっぱりそれくらいですよね」

 リーゼは頭を抱えた。

 しかし、教授の表情は軽かった。

「確かに一年生での基礎魔術の実技と実戦の成績で大きな差が開くことは稀だけど、カルト君はその例外だと予想してるよ」

「どういうことだ?」

 カールさんが尋ねると、教授は即答する。

「彼の得意分野は氷の造形です。確かにエネルギー効率は良くないかもしれないけど、応用が効くし、使いこなせるなら絶対に通用しますよ」

「……なるほど、魔術戦の主流には無い戦闘スタイルになるから、その点でも有利だろう。しかし、その使いこなせる、が問題だ。カルト君、君の氷はハンデを覆せる自信があるのか?」

「そ、そうですね、うーん……」

 副学園長という大魔道士にそんな質問をされると、さすがに頷くことは難しい。

 あたふたしていると、教授がとんでもないことを口にする。

「実際に見せたほうが早いんじゃない?」

 俺はあんぐりと口を開け、教授を凝視する。

 ――おおいぃぃ! 助け舟のつもりか!? 全然助けになってねえよ! 

 カールさんに魔法を披露するなんて、罰ゲームだろ。

 逃げ道はないのか。俺は覚悟しないといけない、と自分に言い聞かせ始める。

 すると、救いの手は、想定外の方向から差し出された。

「いいや、遠慮しておこう。カルト君もやりづらいだろう」

「ほっ……」

 カールさんは激励の言葉を残してから、去っていった。

 教授が俺の背に声をかける。

「カルト君、筆記試験が来週からだけど、大丈夫?」

「全然大丈夫じゃない。次の試験範囲の勉強はまだ一切手を付けていないからな」

 俺は振り返りつつ即答した。

 リーゼは教授に目配せされると、真っすぐにその視線を受け取める。

「カルトさんは一切現状を理解できていませんが、問題ありません。今日までの勉強でどうしようもない状態から少しはマシになっています。あと一週間と試験期間で、範囲内の勉強をすれば目標は達成できます」

 ちらり、と俺の顔を流し目で見て、続ける。

「……もちろん、本人の努力が一層必要になりますが」

「もしかして先週より、さらに厳しくなるのか!?」

「当然です。元はと言えば理解することを放棄していたカルトさんが悪いのですよ? 本来は一週早く試験範囲の勉強に取り掛かるはずでしたが、想像以上にカルトさんの実力が足りなかったので、ここまで基礎固めが伸びてしまったのです」

 辛辣な言葉がぐさりと刺さり、思わずよろける。

「分かった、筆記試験は問題なさそうだね。インターンは上々の成果を上げられたし、試験が終わるまではお休みで大丈夫。あとは魔術戦だけど……一度、練習しておいた方が良さそうだね」

「あっ、私もやりたいです、魔術戦。やはり経験しておきたいですから」

「もちろん、リーゼ君も参加してもらう予定だったよ。対戦相手がいないと話にならないし」

 俺は顔をしかめる。

「え? もしかしてリーゼが相手なのか? 教授、こいつは学年2位、練習にもならないだろ」

「手加減してもらえば大丈夫だよ」

 リーゼが不敵な微笑を浮かべ、言う。

「大丈夫ですよカルトさん。しっかり手加減してあげますから。でもそれだと私の練習にならないしアルネも誘おうかな……」

 ぶつぶつと独りで呟き始めたリーゼ。俺は拳をぷるぷる震わせる。

「こ、こいつ……! 絶対、一泡吹かせてやる」

「じゃあそういうことで。場所を確保するから、決まり次第連絡するよ。それまでは試験勉強を頑張ってね」

 教授は部屋から出ていこうとするが、足を止めて振り返った。

「あ、魔術戦の目標は、二戦目を用意してもらって、なおかつ勝利、あるいは善戦すること。決して無謀な話ではないと思うよ」

 俺は先日の狩りを思い出す。

 ”氷獣の造形術”で造った武器は、相当な性能だった。あれさえあれば勝てるのではないか――なんて甘い期待はしていない。

 対戦相手は皆、俺より上手の魔道士ばかりだ。当然、白兵魔術の技量で大きく劣る。俺は魔術戦の経験がないので憶測にはなるが、造形する間を作れるとは思えない。

「また、頼んでみるか……」

「喋ってる暇はないですよ、さっさと勉強に取り掛かって下さい」

 俺は帰宅後の予定を決め、気分を切り替えて椅子に座った。


 

 






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る