1-4 インターン 前編
何日ぶりか、俺、リーゼ、トーマスの三人がゼミ室に揃って作戦会議を開いた。
俺は先程までにらめっこしていた教科書をひらひらとあおいで、言う。
「あれから二週間くらい経ったけど、着実に実力が上がってきてる。俺、次の試験でだいぶ順位上がるんじゃないか?」
鼻を伸ばして見せるが、二人は即座に根元から叩き折りに来た。
「確かに開始当初に比べればマシにはなっていますが、それでもまだまだです。調子に乗らないでください」
「このままなら間違いなく退学だね」
「頑張ってきたのに……」
俺は肩を落とすが、内心分かっていたことでもあった。筆記試験の劇的な改善は望めないだろう。
「リーゼ君、目標の平均50点、試験までに間に合いそう?」
「あと二週間だと……かなり際どいです。カルトさんも無い頭なりに頑張ってるとは思いますけど」
「ひどいな!?」
俺がリーゼの侮辱に噛みつくと、教授もうなずく。
「うん、ひどいね。まさかここまで低レベルだったなんて予想外だった」
「こっちも辛らつだな……」
「ま、そっちはリーゼ君に一任してるから。今日はそれ以外の話をする」
俺は気分を落ち着かせ、言う。
「それ以外? となるとインターンか?」
「うん。筆記試験対策もやりたいだろうけど、それだけだと退学は免れないから」
「でも、カルトさんに十分な仕事ができるでしょうか?」
リーゼの心配はごもっとも。正直、俺も不安だった。
教授はニヤリと笑う。
「平気平気。ちゃんと内容を選べば問題ないでしょ。前にも教えてるけど、カルト君はつい二年前までハンターをしてたんだよ、しかもこの辺りより需要の高い地方で」
「それは知っていますが、カルトさんが突出した成果を上げることはできるでしょうか? 他の学生と比較して頭一つ抜けていなければ、見向きもされないでしょう」
「需要が高いということは、それだけ魔獣が生活する上で脅威になっているということ。僕の予想では、付近の
教授が俺に顔を向けてきた。
俺はこの町にやって来てから、氷魔法の自主練習は町はずれの森の中で行っていた。時間はいつも月が昇っている頃合いだったので、魔獣も活動していた。
それ故にやむを得ず交戦することもあった。俺はこれまでを振り返り、呟く。
「……こっちの魔獣は見たことのないやつが多かった。本気で狩りをしたわけじゃないし、インターンの依頼内容を知らないからはっきりとは言えないけど、多分大丈夫だと思う。多分……」
俺の不安に気付かないのか無視しているのか、教授は涼しい顔で立ち上がる。
「よし、ならインターンは問題なさそうだね。明日からの休日でこなせる範囲でお願い。ハンエルクの狩猟班から頻繁に仕事が来てるから、適当に受けといて。あ、もちろん違う内容でもいけそうなものはやっておいてよ」
用事があるから、とそそくさ退散していった教授の背中を見送っていると、リーゼが言う。
「私、カルトさんが無事にインターンをこなせるとは思えないんですけど、本当に大丈夫なんですか?」
「心配してくれてるのか、馬鹿にされてるのか……。まあ、無理はしないよ。無謀な依頼は受けない。それもハンターとして生きていく上では大事なことだしな」
度々、父にその件で叱られていたことを棚に上げた発言だが、そんなこと知る由もないリーゼに言っても問題はない。
「……最悪、助けてもらうあてはある」
白い犬の姿を思い浮かべながら呟いた。リーゼは首をかしげたがスルー。
「じゃあ早速、良い依頼がないか探してくるよ」
俺はリーゼを残し、第一校舎へと向かった。
***********
翌日、早朝。ほのかに白みがかった世界を進む。いくら休日とはいえ、人通りはまだ少ない。店の準備をしていると思われる人たちとたまにすれ違うくらいだ。
商店街の一角に小振りな雑貨屋がある。木の板の看板が店の前の屋根から吊り下げられている。明るい色をした木々で構成されている建物で、オシャレな雰囲気を醸し出している。外から覗く店内も、優しい色をした木製の棚、白塗りの壁と、デザインにセンスを感じた。
「うわ、凄いオシャレで可愛らしい、イイ感じの店だ。これはセンスを期待されると困るな……」
このインターンの内容は、雑貨屋で氷の造形魔法を用いて小物を製作してほしい、とのことだ。製作依頼なので、どんなものを作ってほしいかは指定してもらえると踏んだことと、氷という単語に思わず食いついてしまったが、これは油断できないぞ。気を引き締めてかからないと。
俺は『準備中』と札をかけられている扉をノックする。
「すいませーん、ハンエルク魔法学園からインターンでやって来ましたー」
しばし待つが、反応は帰ってこない。
ドアノブを回してみると、なんと扉が開いた。そーっと中を覗いてみると、人影は見当たらない。
「すいませーん……」
俺の声が寂しく室内に響く。
と、物音が聞こえた。どうやら奥の部屋に人が居たらしい。
「誰だオイ、俺のインスピレーション溢れる設計を邪魔する奴は……ん? その制服は魔法学園の学生じゃねえか」
奥の扉から姿を現したのは、長身でガタイの良い大男だ。眉毛は濃く、口元に髭を蓄えている。
――えっ?
一瞬、思考が停止してしまった。
出てきた男は、工場で働いているのかと勘違いしそうな薄汚い作業着を着ている。半袖から覗く腕はとても太く、この可愛らしい印象を受ける店からは想像もつかない風貌だった。
そして、何よりも、髪。何だこの髪型は?
この人の髪は爆発していた。これが、アフロというやつなのか?
俺は混乱を抑え、会釈をして、言う。
「あ、はい。インターンの依頼を受けて来ました、高等部二年のカルト・バーグリーです」
店主と思しき男は表情をぱっと明るくする。
「おお、ついに来てくれたか! 俺はこの雑貨屋の店主のフアロダってんだ。ずっと待ってたんだぜ、ほらほら、デザインは山ほど溜めてあるんだ、早速作るぞ!」
「え、今すぐ?」
「当たり前じゃねえか、形にしたいアイデアを描いた紙が溢れてきてるんだぞ? 期待してるぜ、名門の魔道士さんよ!」
「あ、ははは……。氷魔法以外は期待しないで下さいよ」
フアロダさんはピクリと眉を上げる。
「ん? まあ氷の造形さえしてくれりゃ構わんさ。付いてきてくれ、奥に作業場がある」
俺は男の大きな背中を追いかけ、奥の扉へ進む。
そこは、お世辞にも綺麗とは言えない小部屋だった。複数の棚から紙が散乱し、製作品に用いたであろう素材の切れ端がそこら中にこぼれている。塗料が跳ねたのか、壁や床、作業を行っていると思われる大きな机の上などが、一色の単調なカラーリングから、カラフルな色合いへと変化している。
「どうだ、ここが俺の作業場兼、工房だ! ちょっと汚ねえが、汗と情熱が詰まってるだろ?」
「いや掃除サボってるだけでしょ……。まあ、この雰囲気は嫌いじゃないですけどね」
「おっ、おめえ、よくわかってるじゃねえか! やっぱりこれこそ、男の作業場だよな!」
「え、ええ……。掃除はした方がいいと思うけどな」
ぼそりと呟いたが、フアロダさんの耳には当然届かなかった。
「さあ、お前さんの魔法の腕を見せてもらおうか。まずはこれだ、さあ、造形してみてくれ!」
一枚を紙を渡された。
――絵、上手っ! 凄い、丁寧な線のタッチといい、この外見から全く想像出来ないぞ。
俺はフアロダさんの器用さに驚きながら、内容を確認する。
「えーっと……。これは、魚が跳ねている?」
「ちょっと違うな。ぶりぶりに身の引き締まった魚が、大きく跳ねて獲物を捕食する瞬間だ! サイズはこんくらいで、野性感をしっかり出してくれよ?」
フアロダさんは、両手で人の頭くらいの丸を描いて、そう言った。
水面から魚が身を捻りながら飛び出し、口を大きく開いて小魚を食べようとしている。おまけに水を飛び跳ねさせ、躍動感を演出していた。鉛筆一本で書いているように見えるのに、それがにわかには信じられない。
「この絵を再現しないとダメなのか、難題だな……」
じっくり目を凝らし、描かれている情報を全てくみ取る。
それを頭の中で立体図に変換していく。絵に描かれていない裏側の光景は想像で補う。絵の上手さもあり、それはそこまで難しいことでもなかった。
「……」
フアロダさんは鼻を鳴らすだけで、何も言ってはこない。配慮に感謝し、集中力を高める。
「――【”
いける。そう思った瞬間に詠唱を行い、一息で造形した。
「お、おおお……?」
フアロダさんは白煙の中を覗き込む。すぐに完成品が姿を見せた。
「これは……凄いじゃねえか、魔道士! 俺が期待していた遥か上の品物だ!」
「げほっ、痛い痛い!」
ばんばんと背中を叩かれ、軽くむせる。
フアロダさんの賞賛は素直に心に染みて、嬉しくなった。
「良かったです、氷魔法は唯一の取り柄ですから」
「これまでにもインターンに依頼を出して何人かに来てもらってはいたんだが……今日まではどうも、満足できる奴が来なくてなぁ。半ば諦めていたんだが。いやあ待ってた甲斐があった!」
少し照れていると、フアロダさんは途端に視線鋭く、俺の造形品を見つめる。
「だが……惜しいな。ここまでやってくれる奴が来てくれたんだ、どうせなら文句の一つもない作品を作りてえ」
「えっ、ダメでしたか?」
「いいや、お前さんの魔法の腕にケチつけるわけじゃねんんだ。絵で見えていなかった部分に納得いかないところがある。それに、この氷を見たら、少し構図をいじりたくなった。ちょっと待っててくれないか?」
「……ええ、もちろん!」
フアロダさんの取り組む姿勢は熱心で、この仕事が大好きなのだろうと感じられた。俺は羨望を抱きながら、鉛筆を走らせるフアロダさんに尋ねる。
「――フアロダさんは、この仕事が好きなんですか?」
「あん? なんだ急に」
「いえ、さっきからずっと、楽しそうにしてるので……」
フアロダさんは少し唸ってから、
「いいや。楽しんで仕事をしてるわけじゃねえな」
そうきっぱりと言った。
俺は驚いて、聞き返す。
「え? 楽しんでないんですか?」
「ああ。楽しいとは思っちゃいねえな、きっと。振り返れば、きついことばかり頭に浮かんで来やがる」
よくわからないが、暗い気分になる。
しかしフアロダさんは、からりと笑った。
「だがな、俺が生涯進むと決めた道だ。いくら隣の芝生が青くても、今更この仕事以外をやろうなんて思わねえなあ。この道を選んだことに後悔は微塵もなしよ」
この人――不器用とも言えるくらい、周りを見ずに自らの歩を進める職人は、自分の仕事に誇りを持って日々を生きている。
「うわあ、なんかカッコいいなあ」
「おい氷の兄ちゃん、変更したデザインだ。さあ、造形してみてくれ!」
「早っ。て、氷の兄ちゃん?」
「分かりやすいじゃねえか、氷の兄ちゃん。ほら、さっさと頼むぜ! 納得できる代物になるまで試行錯誤するぞ!」
フアロダさんの熱気に当てられながら、俺は案外乗り気で仕事に励むのだった。
昼食を食べ終えた俺は、一人町を歩いていた。
フアロダさんの雑貨屋でのインターンは、大成功を収めた。
職人に納得してもらえる商品を幾つか作ることが出来たし、店頭に置いてくれるらしい。「また来てくれよな、今度は指名させてもらうからよ!」とも言ってくれた。
「一つ目はいい感じだったな。次も頑張らないと……」
一日に二つの依頼を受けていた俺は、午後からは二件目となっている。多忙なスケジュールだが、これくらいしないと学園に残してもらえるとは思えない。
俺が向かっているのは、町の最南端だ。
町の出入り口となっているそこには、案内所といった特有の施設がある。そこに混じって、”狩猟班”と書かれたぼろっちい木の板でできた看板がおかれている。
目的地に到着したことを告げていた。
ハンエルクの町が運営している内の一つ、狩猟班は、町の外に生息する魔獣への対応を専門としている。例えば、町を行き来する際に通る道で危険な魔獣が目撃されれば、それを狩るといった仕事だ。町の人はもちろん、頻繁に出入りする商人にとっても非常にありがたい、大切な役割を担っているといえる。
俺は元ハンターということもあって、狩猟班から学園へ依頼がきていたことに一抹の不安を覚えていた。
ここは魔法の町。魔道士は当然だが、戦闘用の魔法、魔術を駆使する魔術士もたくさんいるはずだ。それでもわざわざ学園に依頼を出しているのはどうしてだろう。
学生たちに経験の機会を与えるため? それなら何も問題はないし、良いことだと思う。しかし、狩猟班の手が足りておらず、猫の手も借りたい状況だとは考えられないだろうか。
「よし、気合入った」
この町にお世話になっているのだ、恩返しできるなら願ってもない機会だし、絶対に成功させる。
一軒家の二倍程の大きさで構えるその建物は、町の中心にあるレンガで組まれた役所と違い、木製だ。しかも、町が運営しているというのにどうも古臭く、第三校舎と近い雰囲気を感じた。
ぎしりと軋む扉を引いて開ける。
まず目に入ったのは、受付とその内部。受付に居る女性が一人と、奥で座っている初老の男性が一人。働いているように見えるのはその二人だけだ。役人の職場といっても、こんなものなのだろうか。
中に入って、扉を閉める。受付の女性と会釈を交わした後、右の待合スペースに目を配る。そこにはぽつんと一人、男の背中があった。
革の鎧の下に鎖帷子を着込んでおり、動きやすさと防御力のバランスが取れているように感じた。使い込まれているのだろう、その色や、所々に見える傷と修繕の跡が年季を物語る。
俺は自身の得意な魔術の特性から、武器や防具を装備していなかったので、良し悪しまでは分からないが――――この、黒髪の男は、ベテランの気質を備えていた。
こんな都会にもこういうハンターがいることに安堵して、受付の女性に話しかける。
「あの、ハンエルク魔法学園高等部、二年生のカルトといいます。インターンで依頼を受けてやって来ました」
年齢は二十台頃、すっきりとした佇まいの受付嬢は微笑を浮かべる。
依頼状などの手続きに入る。
「――――はい、ではこれで受付は完了致しました。行ってらっしゃいませ、ご武運をお祈りしています」
思っていたよりあっさりと済んだので、拍子抜けした。
もっと面倒だと思っていたのに、と考えながら振り返り、出口へと歩く。
「ちょっと待ちな、お前、独りで狩りに行くのか?」
左方から話しかけられ、立ち止まる。あのベテランさんだった。
俺は男を見て、答える。
「はい、そうですけど……」
「見ない顔だな。服装からして魔法学園の学生だろうが……ハンターだな?」
「休業中だけど。凄いですね、どうして分かったんですか?」
「魔術士特有の驕りがないからな。魔獣に対してちゃんとした警戒心を持って臨んでいるだろう?」
「あはは、まあ、魔獣の恐ろしさは身体に染みていますから」
俺はここの現状を探ろうと、男の近くまで歩き、言う。
「ところで、狩猟依頼が学園にまで届いているんですけど、人手不足なんですか?」
男は顔をしかめる。
「全くもって足りていない。おかげで今日も仕事だ。やってられん」
「地元でハンターをやっていた身としては、気になるんですけど……。町の安全は大丈夫なんですか?」
「俺たち狩猟班は精いっぱいやっている。被害が起きてしまう前に、俺たちハンターが危険を排除する――それが俺の考える理想だ。しかし……」
男は拳を震わせ、続ける。
「騎士になりたいなどとのたまう奴らばかりで、うんざりしている。国に仕えて国民を守る、だと? ふざけやがって、足元は今にも崩れそうだというのに、周りしか見ちゃいねえんだよ」
俺はきょとんと聞いていたが、思わず顔が緩む。
「この町が好きなんですね」
「当たり前だ。生まれ育った故郷だからな」
「……良いハンターですね、あなたは」
「ふん。俺の実力もしらんくせに」
「実力のことを言ってるわけじゃないですからね。ところで、そちらはどんな仕事を?」
すると、男は立ち上がった。がしゃり、と音を立てる。
「ウチの班長は心配性でな。手が足りないからわざわざ魔法学園に依頼を出したというのに、いざ来てもらうことになったら、不安だから付いていってあげてほしいなどと言ってきた」
「え? それって……」
男は正面に立ち、俺を見据える。
何もしていないし口も閉ざしているというのに、魔獣さえも後ずさりしかねない程に重厚な威圧感だ。何が来ようともその仁王立ちを崩す場面を想像さえできなかった。
身体は魔獣との戦いで鍛えられているのが防具越しでも分かる。相当な筋力の持ち主だ。
――もしかしてこの人、凄いハンターなんじゃ……?
「お前はカルトだな? 俺はハンエルク支部の狩猟班、グストフだ。今日やってもらう仕事に、もしもの時のため俺が付いていくことになった。邪魔はしないから安心しろ」
グストフさんは机の上に置いてあった、全長が人間一人分はあろうかという大剣の鞘を掴んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。