床の上

@t_tsugihagi

床の上


 俺、清掃員のバイトしてるんですよ。


 サークルの後輩がいう。


 へえ、それは知らなかった。どんなことするの。


 興味本位で私が問うと、彼は、そうですね。まだそんな長くやってないんすけど。


 といって説明をしてくれた。


 持ち帰っている作業着と作業靴を付けて、家から直接バイト先の人と待ち合わせの場所に行くという。そこからワゴンカーに乗り合わせて、指定の仕事場へ向かうのだ。


 仕事場は、オフィスビルや工場が多い。施設のゴミ捨て場の整理もするが、基本は床掃除。


 掃除用具はワゴンカーに積まれている。掃除範囲の指示された見取り図をバイト先の社員から渡されるため、それに則って掃除をするのだ。塵やごみを掃き、終えると洗剤と水をまいて、ポリッシャーという回転する電動タワシを両手で押して床を磨く。水切りで水を取って、最後にモップでワックスをかけなおして終わり。

 ビルの廊下の端から端や大部屋、工場の区画と任される範囲は大きく、なかなかの重労働だという。黙々とひとりで作業するため、あまりほかのバイトとも話さないそうだ。


 掃除場所もそういった企業の他、公共の施設や学生寮、社員寮も担当した。


 そうそう。この間、女子寮のなかも掃除したんですよ、やつらめちゃくちゃ汚くて……。

 ニヤニヤしながら話す彼に、私も冗談交じりに聞いてみたのだ。


 いろんな場所行って掃除してるとさ、ヤバいもんとかあるんじゃないの。

 なんか使用済みの注射器とか、ゴミ捨て場に胎児の死体とかさあ。


 そんなん無いですよ、と彼は笑っていう。


 でも生爪がよく落ちてるんですよ。


 生爪?


 えっ?


 生爪って、あの、指についてる爪? このままの形で?


 驚いた私が聞き直すと彼はうなずいた。


 生爪。


 どこの掃除場でもよく床に落ちてるの見るんですよね。


 この手の爪がボロボロっと、取れたのそのままあるんです。


 ま、普通に掃除しちゃうんですけど。


 あっけらかんと彼はいう。工場とかで事故って爪が剥がれたとかならわかる。オフィスビルとかにも普通に落ちてるものなのか。というと、落ちているらしい。


 でしょ。なんかしょっちゅうあるんすよねえ。他のバイトの人は見つけてるのかな、ちょっと話したことはないんですけど。

 でも珍しいから、見つけたときの印象が強いだけかもしれないですよね。

 それでほぼ毎回俺だけ目につくみたいな気になってるだけかも。自分から爪を見つけちゃってる、みたいな。たぶんそうなんですけど。



 後輩はそう言った。だからかな。爪、


「俺のアパートの廊下にも、この間落ちてましたよ」







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

床の上 @t_tsugihagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ