第1話 研究員古河忍の憂鬱

古河ふるかわラボ室長、古河研究員入ります。」

「どうぞ。」


 扉を開け管理官執務室に入った私は一礼し、ホワイトボードの前に立ち軽く深呼吸をすると、捲し立てるように一気にプレゼンを始める。


「異形頭がこの世界に出現してから3年、研究所設立から2年。私が言うのもアレですが優秀な研究者が集まって2年間研究してその結果が“異形頭は基本的に頭以外は人と大して変わらない”なんて小学生でも導き出せる程度の成果です。彼らが一体どこから来てどう誕生しどう死ぬのか、頭の部分は一体どうなっているのか、人間に異形頭のどこか一部を移植したらどうなるのか、その辺は全然解明できてないに等しいんですよ!なぜか?研究所側が法的に問題ないのに倫理的に問題があるからと過剰な自主規制をかけるからじゃないですか!!」

「古河研究員・・・」


 シュバルツ管理官が嗜めるように声を挙げるが、私は無視するように続ける。プレゼンは止まったら負けだ。こちらも手で制止するようなジェスチャーをしつつ答える。


「分かってます。分かってますよ。倫理的に問題があるかもしれないからスパコンを利用したシミュレーターでの実験ならOKだってことは。でも。でもですね?あんなものデータの寄せ集めを元に再現しただけ、悪く言えばゲームですよ!ナマのデータから得られるものに比べたら重要度は天と地、現実の人間と交際しないで恋愛シミュレーションゲームやってるようなもんですよ!」

「いやその表現はどうかと思うが。」


 今度は白木しらき管理官が顔を顰めながら声を上げる。とりあえず前置きは言い切った。芝居がかった感じで溜息を大袈裟について続ける。


「・・・つまり!生のデータが圧倒的に不足してるんです!!世界人口の3割程度が異形頭という現状からすればデータが集まりにくいのは分かります。ですがそれでも世界に約10箇所ある研究所のうち1つあたりに割り当てられている異形頭の被検体が10人に満たないって少なすぎます!そりゃ臨床試験やら解剖実験やらが進まないわけですよ!」

「あー・・・つまり?」

「収容・・・いえ、異形頭の被験者受け入れを増やしてください。あと実験も。」

「ダメです。」

「なんでですか!」


 シュバルツ管理官の無慈悲な結論に白木管理官が続ける。


「いいですか?現状で我々は厳しい立ち位置にいます。世間では“人体実験施設”といわれ、ゴシップ誌やなんかではまるで怪しい秘密結社のような扱いです。」

「分かってますよ。ひどい時には我々の秘密実験によって異形頭は生まれたとかいうワケのわかんない風説を流されてることぐらい。いや、むしろそうならどれだけ面白・・・」

「古河研究員・・・」

「すいません。」


 異形頭と人がお互いに平等な立場でお互いを研究し合い、お互いの未来に貢献できるよう設立された施設にして組織が異形頭研究所。「所長」という役職が存在せず、その代わりに異形頭と人間がそれぞれ一人ずつ「管理官」という役職で居る。ここ日本支部ではシュバルツ管理官が異形頭側の、白木管理官が人間側の管理官だ。しかし研究に携わる者は不用意に研究内容が外に漏れないよう、基本的に外に出ることができないようになっている。そんな現状では我々が「何をしているか」など大衆には知ることもできない。故にオカルト雑誌や創作、暇なマスコミのにされ、それに踊らされている人々に白い目で見られているのである。


「とにかく、連日のように人権保護団体からも抗議文や脅迫状が来ている現状、いくら外に出ることが許可されてないとはいえ無駄にあなた方を危険に晒すわけにいきません。実験の自粛もその一環です。ください。」

「・・・・・・。」




 管理官執務室でのプレゼンに失敗した私はラボに立ち寄り、常備してある生クリームのチューブを冷蔵庫から引っ張り出すと喫煙室へ直行した。

 ストレスにはタバコ。脳の疲れには糖分が最高の組み合わせだ。タバコの苦味を味わいながら甘い生クリームをパウチゼリー感覚で食べているとノックとともに扉が開き、一人の異形頭が入ってきた。


「やぁ。ここだと聞いてね。」

「あなたは・・・。」


 壱千十せんと研究員。壱千十ラボの室長であり、異形頭ながら異形頭の研究を行うという風変わりなことをしている。また頭脳明晰ながらも性別不詳、研究の途中経過は報告せずいきなり結果を提出する、果ては裏の組織と繋がりがあるなどという怪しい噂が絶えない胡散臭い研究員だ。


「いやー聞いたよ。実験データ増やすために受け入れと実験の増加を直談判しに行ったんだって?ま、ダメだったらしいが。」

「よくご存知だこと。」


 正直な話、私はが苦手だ。半透明の立方体ケースに覆われた謎の機械の頭部をもつ異形頭であるコイツはその風貌から何もかもを読み取ることができない。そのくせ向こうはまるで全てを見透かすかのような言動で私を惑わす。


「君は馬鹿正直過ぎるね。ルールに則るのは良いことだが、それに縛られている。縛られたままじゃ前に進めないのは道理じゃないかね?」

「うるさいわね。だからって勝手にやったもん勝ちってわけにもいかないし、法を犯してやるわけにもいかないでしょう?」

「君のそういうところは評価してるが、もう少し狡賢くなってもいいんじゃないかね?」

「私がそういうやり方苦手なの知ってて言ってるでしょ。」


 加えて意図してなのか所作が芝居がかっていてわざとらしい。


「ま、そうカリカリしても仕方がない。ここにはテレビもあるんだし、そういうのを見て気分転換でもしてはどうかね?」


 そういうと近くにあったリモコンを手に取るとテレビをつけた。

 どうせ碌でもないニュースとくだらないドラマにマンネリ化したバラエティばかりだろう。そう言いかけた私は流れてきたニュースで言葉を失った。


『次のニュースです。近年医療機関において手術中に異形頭の細胞を密かに移植するという実験を行っていた医師ら10数名が逮捕されました。警察の発表によると被害者はこの2年で数十人にのぼるとみられ、背後には何らかの組織的なものがあるとして捜査を進めています・・・』


「いや~世間は物騒だねぇ・・・。眠ってる間に・・・おお怖い怖い。」

「とんでもない事件ね・・・。」


 肩をすくめながら愉快そうに怖がる壱千十研究員を横目に、私は言葉とは裏腹に今後どうやって異形頭の被験者を増やすか。それを考え始めていた。とにかくデータが足りないのだ。そんな私に壱千十研究員は無表情に笑いながら話しかける。


「それにしても・・・これから忙しくなるねぇ?」

「・・・?」

「考えてもみたまえ?これまで研究所のによってできなかった異形頭の細胞の移植なんて人体実験を施された人々が数十人も出てくるわけだよ?データ自体がないからシュミレーションもされていない・・・一体被害者が想像もつかない。そんな彼らを保護し、調べ、治せるところは?そう!ここしかない。そうなれば・・・」


 すっくと立ち上がり愉快そうに、まるで演説をするかのように芝居がかった動きで話す壱千十研究員に私は軽い恐怖を覚える。


「まさかあなた・・・・・・」

「何かね?そのまるで犯罪者を見るような目は。生憎と私は。そもそもここから出られない我々が何かできるとでも?」

「それは・・・」

「ま、こういう事態を予測してなかったわけではないからね。対応策は考えて草案として纏めてある。あとで管理官殿に渡して来よう。ではまた。」


 そう言って出て行った壱千十研究員の閉めた扉を見つめながら、私は脳内でさっきの言葉を反芻する。


『―――ここから出られない我々に何かできるとでも?』


 そう、機密保持といえば聞こえはいいが我々は身の自由と引き換えにここで(制限はあるが)好きなだけ研究を行える。逆に言えばここから出ることはできない。しかし連絡などやろうと思えば方法はどれだけでもある。事実過去に何度も彼の研究員は嫌疑をかけられ取り調べを受けているがその度に証拠不十分で不問になっている。のだ。おそらく今回の件でも取り調べがあるだろうが、きっとまた証拠不十分で不問に付されるだろう。そうしてこの研究所に新たな被検体がやってくる・・・・・・。

 やめよう。私が考えたところで仕方ない。私の仕事は研究員で、刑事でも探偵でもない。とりあえず研究に戻ろう。考えることを諦め、食べ終えた生クリームチューブをゴミ箱に放り込み、3本目に突入し半分ぐらい吸ったタバコを灰皿に捩じ込む。立ち上がり大きく伸びをしつつ今後に思考を巡らせる。

 とりあえず忙しくなる。新たにやって来る被検体。それは「人間」だろうか。「異形頭」だろうか。それともどちらでもない「」だろうか。興味は尽きない。調べなければ。

 手をかけた扉の窓に映った自分の顔が不覚にも笑顔になっていたことに軽い自己嫌悪を覚えながらも、私は喫煙室を出るとラボへと向かった。

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異形頭研究所 歯車壱式 @Haguruma_Hitoshiki

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