窓の向こうの冒険者

大石 優

窓の向こうの冒険者

 僕の名前はトム、名付けたのは相棒の『たっくん』さ。


「さーて、今日はどこへ行こうか、相棒」

「あの空に浮かんでる雲はどうかな? トム」

「オッケー、じゃあ早速出発だ」


 僕は窓の向こうの相棒に手を振ると、腰掛けていた木の枝を勢い良く蹴って空に向かって飛び立った。さすがに一瞬で到達ってわけにはいかない、沈黙もつまらないので相棒に話し掛ける。


「聞こえますか、聞こえますか? 君は曇ってどんな所だと思う?」

「聞こえるよ、トム。雲のベッドで寝そべったり、ワタアメみたいにちぎって食べられたり出来るといいな」

「そいつはご機嫌だね。もうちょっとでたどり着けそうだ、そうすればハッキリするね」


 程なく空と雲の境目に到着、早速相棒に知らせる。


「待たせたね。着いたよ、相棒」

「雲は水滴の集まり……らしいんだけど、どうかな?」

「そうだねー。残念だけどちぎって食べたり、ベッドのように寝そべるってのは無理みたいだ」


 出発前はあんなにワクワクしていた相棒の声がみるみる沈んでいく。


「水滴なのになんで空に浮いてるのかは不思議だけど……なになに、のせい。そっか、掴んだり出来ないのか……」

「出来る事なら相棒が見てる前で好きな形に変えてあげたかったけど、無理っぽいや。ごめんね」

「トムのせいじゃないから……戻っておいで。今日の冒険は終わりにしよう」


 明らかに気落ちしている。


「次回はどこへ行こうか。この間行った富士山もなかなか良い景色だったし、また行く?」

「でもあんな奇麗な青色じゃなくて、茶色いゴツゴツした岩ばっかりだったんでしょ」


 しまった、逆効果か。

 僕はこんな時になんて言ってあげれば良いのか思い付かない。


「えーっと、それじゃあ……この間見た虹とか――」

「ゴホッ、ゴホッ。ごめん、トム……ちょっと具合が……」

「ごめんよ。また明日来るから、元気出すんだよ。僕は君との冒険楽しみにしてるんだからさ」


 慌ただしくカーテンが閉められ、相棒の姿は見えなくなってしまった。



 翌朝いつもの木の枝に腰掛け、カーテンの開かれた窓を眺めると相棒の姿は無かった。その代わりに綺麗に畳まれたシーツとベッドテーブルに乗せられたノートパソコンがそこにあった。


 僕は両手を広げてしげしげと眺める。

 段々と身体が透き通っていく、この世界ともお別れなのかもしれない。


「――たっくん、冒険お疲れさま。もしも今度があるなら僕なんて必要ない冒険が出来る事を祈ってるよ……」

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