第10話 名人伝




「それで、何でお前達がここにいるんだよ」


 ショウはこの日初めてのため息をついた。

 頭が痛い。夕べまた飲み過ぎたから夢の続きを見ているのではないだろうか、と淡い期待を抱くのだが、目の前の栗色の髪の下で動く形の良い唇の動きは、夢にしてはあまりに明快すぎた。


「ほらクオって、賢いでしょ? ちゃんとショウを探してくれたのよ」

 ミリアムの言葉を受けて、ブヒヒ~ン、と自慢げないななきが鼻につく。

「僕たち二人を乗せてもへっちゃらだもんね。クオは本当に名馬だね」

 すっかり旅支度を調えた姉弟が、彼らをここまで連れてきた馬の労をねぎらっていた。天才的な馬鹿馬は、丹念に足跡を消して移動したショウを200km以上も追跡してのけたのだ。


「あのな、お前達、オレがどういう人間かわかってるだろ!」

 怒りで暴発しそうになるでもなく、諦観に崩れ落ちるでもなく、何とも言えない気怠い激情がショウの口をついて出てくる。けれど、その湿った感情は、あっさりと春のそよ風に吹き払われた。


「よくわかってるわ。ちょっと斜に構えてるけど、寂しがり屋でお人好しのお節介屋さんでしょ?」

「それとね、それとね、僕知ってるよ。ショウ、お姉ちゃんのことが大好きなんだよ」


 ため息が止まらない。

 違う。そうじゃない。そういう問題じゃない!

「農場は? 農場はどうした!」

「いい値がついたのよ。知ってる? ティーゴさんの屋敷が『ごろつきたちの内輪もめ』で焼けちゃったのよ。それでね、町の人達が、また農業はじめたくなったのよ。あの町も活気が出てくるでしょうね」

 ミリアムは実に楽しそうだった。

 だめだ。こいつら、わかってない。何にもわかってない。


「わかってるってば。ショウ、人を捜してるんでしょ? 邪魔なんかしないわ。むしろ逆よ、私達が手伝ってあげる。ほら、ショウって、放っておくと要らないトラブルに巻き込まれそうじゃない、そういうの困るでしょう?」

 困るよ。こういうのが困るんだよ!

 ショウは何か言い返そうとして、こめかみを押さえた。畜生、頭が痛い。飲み過ぎはやめようと思ったのに。きっと、今日も酒が過ぎることだろう。


「大丈夫? ショウ、具合が悪そうだよ。安心して、ショウが銃を使わなくていいように僕ががんばるから」

 ウィルが、子供にだけ許される天使のような笑顔を浮かべてショウの顔をのぞき込んだ。


 だから! だから、お前がそういうことをするから、オレにツケが回ってくるんだろ?

 姉弟を振り切って立ち上がろうとしたが、足下がふらついた。そこを、しっかりとミリアムに支えられてしまった。


「私達、いいチームになれそうね。やだ、もちろん、クオもチームの仲間よ!」

 既に、誰が主人なのかをはき違えている元愛馬は、嬉しそうにミリアムの手をなめた。


 二日酔いで身動きがとれなかったショウは、なすすべもなく、姉弟とその愛馬に連行されていく。



 

 *



 19世紀の半ばから20世紀の初頭にかけて、開拓地を中心に銃の名人に関する伝説は事欠かない。けれど、ショウという名人が活躍したという記録は何も残っていない。





(了)

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荒野の名人伝 石田部 真 @ECTAB

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