番外編 秋月姉弟の冒険 ③(完)
「すみません、逃げられてしまいました……」
江戸探偵と双子は猫を見失って、とぼとぼと依頼人宅に戻ってきた。
「ええと……」
それを出迎えた依頼人も、ばつが悪そうな顔をして江戸探偵の顔を窺った。
「……申し訳ないんですが、もう一度、しろすけの捕獲をお願いできますか?」
「え、ええ、それはもちろん。しろすけくんを逃がしてしまったのは私の責任でもありますから……」
ハァ、と大きなため息を吐きあう大人たちを、追いついてきた双子が覗きこむ。
「それからですね、探偵さん。多分なんですが我が家のどこかに猫が通れるぐらいの抜け穴があると思うんです」
「抜け穴、ですか」
「今回しろすけが最初にいなくなったときも、ほんの数分前まで部屋の中にいたのに、ふと気づくといつの間にか外に出てしまっていて、慌てて追い掛けに出たら逃げられてしまったんですよ……。戸締りはしてあったはずなのに……」
「なるほど、それでどこかに抜け穴があると」
「そういうことです」
依頼人の相馬は大きく頷いた。
「探偵さん。追加の依頼となってしまうのですが、その抜け穴がどこにあるかも探していただけないでしょうか?」
「分かりました。お任せください相馬さん。必ずやしろすけくんを捕まえ、抜け道も見つけてみせますよ」
*
しろすけの二回目の逃亡劇はかなりの短時間で終わりを迎えた。
「いた! あそこだ!」
「もう逃がさないぞしろすけー!」
「それーっ!」
三人は覆いかぶさるようにしてしろすけの動きを奪い、地面に磔にした。
「押さえてろよ二人とも」
「うん!」
「任せて!」
江戸探偵は立ち上がると、念のために持参してきた捕獲網を取り出して開き始めた。双子はふと、仰向けに寝転がったしろすけの真っ白な腹を見て首を傾げた。
「ん?」
「ん?」
「さて、あとはあの家の抜け道探しだな……」
「……あっ」
「ん?」
「あーーっ!」
双子の叫び声が路地裏にこだまする。江戸探偵は何が起きたのか理解できず、目をぱちくりさせた。
依頼人宅に戻った三人は、いちと十一の言うままに、依頼人の相馬と一緒になって、開け放った屋敷のドアを隠れて見つめていた。
「一体何が起こるっていうんだ」
「いいから、見ててくださいって」
五分、十分。ゆっくりと時間が過ぎ、何も起こらないじゃないか、と相馬と江戸探偵が声を出そうとしたその時、家の中から一匹の獣の影が――
「それっ」
「つかまえたー!」
双子はその影に飛びかかり、一匹の小さな獣を捕まえた。それは――
「二匹目の……しろすけ……?」
「その通り!」
相馬は腕の中の白猫と目の前で捕えられた白猫とを見比べる。まるで双子のようにそっくりだ。
「そう、白猫は二匹いたんです!」
「あの時しろすけは家の外に出たわけじゃなかった」
「家の外にいたのはしろすけにそっくりな別の猫だったんです!」
双子の推理に、大人たちはこんな簡単なことだったのか、と額に手をついた。
「お手柄だな二人とも」
「えへへ」
「そうでしょうそうでしょう」
「帰りにおやつおごってくれてもいいんですよ!」
「そうそう。今回はほとんど俺たちの活躍で解決したようなものなんだから!」
「ねー!」
「ねー!」
「……前向きに検討しよう」
「やったー!」
「おやつだー!」
きゃあきゃあと騒ぎ合う江戸探偵たちをよそに、依頼人の相馬は二匹の猫を見比べて途方に暮れていた。
「でもこれだとどちらが本当のしろすけなのか分かりませんよ……」
見れば見るほどそっくりな猫だ。どちらも毛並はつやつやだし、目の色も毛の色も同じ。
困った様子の相馬に対して、いちと十一は不敵な笑みを浮かべた。
「ふっふっふ」
「それなら大丈夫ですよ!」
いちと十一は、二匹の猫の前足を持って、顔を見合わせた。
「いくわよ、十一」
「うん、姉さん」
「せーの」
前足の下に手を差し入れて、びろーんと猫を縦に伸ばす。
「ついてる!」
「ついてない!」
「あっ」
「なるほど!」
下腹部の有無を確認した二人は、オスの方の猫を相馬に手渡した。相馬は「しろすけー!」などと叫びながらしろすけを抱きしめた。
「あれ、じゃあこっちのしろすけじゃない猫は一体……」
首を傾げる相馬に、双子たちは再び胸を張った。
「それも大丈夫!」
「俺たちに心当たりがあります!」
ガンガンガン、と玄関の戸を叩いて、いちと十一は声を張り上げる。
「篠田警部ー!」
「あーそびーましょー!」
ややあって玄関の引き戸は乱暴に開き、怒り心頭といった様子の篠田警部がそこから飛び出してきた。
「うるさい、何だ!」
そんな篠田警部に、二人は「はいどうぞ!」と言いながらもう一匹の白猫を押し付けた。
「……ミャーコ!!」
篠田警部は一気に顔をくしゃくしゃにすると、その白猫にはしっと抱きついた。
「うおお、ミャーコ今までどこに行ってたんだー!」
二人でゆっくり食べなさい、と菓子折りを買ってもらったいちと十一は、ほくほく顔で帰途についていた。
「楽しかったー!」
「流石、江戸さん! 十歩とは全然違うんだね!」
「……いや、二人の協力がなければこんなに早くは解決できなかったよ」
これは謙遜ではなく事実だよな、と江戸探偵は苦笑する。
「しかし俺へのおねだりといい、あの爺さんへの対応といい、推理といい、君たちはすごいな。本当に、どこでそんなことを学んできたんだ?」
二人は顔を見合わせると、江戸に対して堂々と言った。
「だって十歩が言ってたんだもん」
「己の武器は浅ましいほど使っていけって!
「ああいう姿勢は見習っていきたいよね」
「十歩さんのクズっぷりにはヘキエキするけどああいうところは尊敬できるよね」
江戸探偵はそんな言葉に目を見開いて驚き、双子をじっと見つめた。
「江戸さん?」
「どうしたんです?」
「……いや、意外だと思って」
意外? と首を傾げる双子に、江戸探偵は尋ねた。
「割とあの男のことを慕っているんだな」
「うん!」
二人は満面の笑みで答えた。
「あんな風でも十歩さんはすごいのよ!」
「あんな風でも十歩はできる男なんだぞ!」
何故か自分たちが誇らしげな二人を見て、江戸探偵は気難しそうな顔をふっと緩め、眉を下げた。
「邪魔するぞ、霧島十歩」
「十歩さん、お客さんですよー」
「そうだぞ十歩。お菓子もあるぞー」
立てつけの悪い扉を開けて、江戸探偵は霧島十歩の事務所に足を踏み入れる。十歩は奥の椅子に座って眠っているらしく、顔を上向かせて口を開けている。
気持ちよさそうに寝ている十歩に、双子はむーと顔を見合わせると、十歩の鼻に手を伸ばし、きゅっとつまんだ。
「ふがっ」
驚いた十歩が飛び起きて、双子を視界に入れる。何をされたのか徐々に理解してきた十歩は、二人を叱りつけようと口を開いた。
窓をびりびりと震わせるほどの怒声が、ビルに響きわたる。
その様子を見て、江戸探偵は苦笑するのだった。
番外編「秋月姉妹の冒険」(完)
メタフィクション探偵 霧島十歩 黄鱗きいろ @cradleofdragon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます