黒い何か
スパロウ
黒い何か
あれはテスト期間中のために早く帰宅することのできた、中学2年生の頃だ。その日のテストは昼前で終わり、学校指定のバッグを背負い、私は意気揚々と帰宅した。夏も真っ盛りであったため非常に暑く、帰宅するころにはじんわりと汗がワイシャツ
を湿らしていた。
家に入ろうと、バッグのポケットをあさって、はじめて自分が朝鍵を持って出かけるのを忘れたことに気付いた。たまたま今日早く一番に帰ってくることになってしまったため、普段鍵を持っている親や弟がまだ帰宅していなかったのだ。今家にはだれもおらず、試しに裏手に回って窓のカギを確認したが、今日という日に限って全ての窓を施錠しており入ることができなかった。こうして非常に暇な時間を手に入れてしまった私は、特にすることもなかったため、暇つぶしにと散歩に出かけることにした。
自宅から少し歩いた先にある川沿いを、ただのんびりと歩くだけの行為を、暇つぶしと称し、到達地点をその川の先にある、まったく縁のない小学校に設定して歩き始めた。けたたましく鳴くセミを挿入曲にし、ただひたすらに歩く。目論見はこうだ。丁度往復して自宅に戻ってきたころに、鍵を持っているであろう親か弟が帰ってきていて、何事もなかったかのように合流して部屋に入る。そのための辛抱だと思えば苦じゃない散歩であった。
電信柱を何本も通り過ぎたころ、運動部でなかった私にとっては数キロメートルがかなりの運動になっていた。夏だったこともあって水分も奪われ、飲み物を買うお金もなければ水稲も持っていない私はその場で休憩することにした。もう何本目かもわからない電信柱に手を当て、息をハアハアとさせながら呼吸を整える。大分呼吸も落ち着いたころ、身体も休めようと背伸びをした時だった。はるか上空、私の背の3倍も4倍もある高さに、ソレは存在した。
黒かった。立体なのかすらわからないほど真っ黒であった。黒くて空を飛ぶものとしてカラスを思い浮かべた。大きさも同じくらいか、もう一回り大きいサイズであった。だが、すぐに生物でないことに気付いた。綺麗なひし形をしていたのである。それに、電線に留まっていたのではなく、まさに空中で静止していたのだった。ただ何をするわけでもない、純粋な黒いソレはただじっと空中に鎮座していた。私は、ただそれを見ることしかできなかった。
昔から、妖怪や幽霊、怪物が好きであった私は、表情こそ強張っていたが、脳内は昂っていた。なにより、今まさに見ているソレは、まさに未確認飛行物体そのものなのである。『UFO』といえば宇宙人が乗る乗り物というイメージが強いが、当時の私は同年代としては大分ひねくれた考えをしていて、「正体不明の空飛ぶ物体がUFOであるだけで、宇宙人の乗り物とは限らない」という考えを持っていた。その考えを前提として、様々な考察をした。
まずは単純な妖怪説。幼少より親に妖怪図鑑をねだるほど好きであった妖怪の可能性を考えるのは私にとって当然の思考であった。例えば空を飛ぶ妖怪として一反木綿や
次に考えたのは、そういったおもちゃ説だ。最近はドローンが流行っているが、当時はラジコンヘリがまだ盛り上がっていたころだろう。これも一瞬でないことになった。ひし形のヘリコプターは存在しない。そういうキャラクターはいるかもしれないが、真っ黒という条件には当てはまらない。
そもそもの話である。光の反射すら存在してないその黒い物体は、太陽とは真逆の方向に存在していたのだ。つまり、太陽に照らされている状態でなお真っ黒なのである。そこまでの思考に到達して、ようやく本来の考えが出てきた。
これは宇宙人の乗り物なのではないか?
携帯電話を持っていなかったことが悔やまれるレベルである。撮影しておけば、後々色々と考察ができただろう。ただ、昔携帯電話を毛嫌いしていた私が持っているわけがなかった。いや、持っていたとしても学校に持っていけない以上、手元にはなかったかもしれない。だが、私は携帯電話を欲しいと思うきっかけになるほどこれは悔しいものであった。アレの正体を突き止めたい、ただその気持ちしかなかった。
だが、別れは突然やってきた。黒いソレは突然奥の方へと平行移動し、どんどんちいさくなっていった。あれだけ大きく真っ黒なものである。追いかけようと思えば造作もなかっただろう。だが、それをすぐに不可能にさせた。消えたのである。跡形もなく、その場から、突然消え失せてしまったのだった。
あれからソレを見たことはない。今まで鼻で笑っていたUFO番組を見るようになったのは、この体験の後からである。きっと正体を突き止める何かが、情報として出てくるかもしれない。心の中でそんな淡い期待をしながら視聴をしている。だが出てくるのは陳腐なCG合成と演技で『作られたUFO』しかでてこない。結局その黒い何かはいまだ正体不明のままである。だが、正体不明なものは、正体不明だからこそロマンを感じるのかもしれない。私は、どこかで正体を知ることを恐れているのかもしれない。だが、知りたいという欲望を持つ私もいる。私は、また何かの拍子にソレとまた出会えるのではないかと信じながら、今日も生きている。
黒い何か スパロウ @sparrow_akira0704
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