枕元の、

花 千世子

枕元の、

 これは私が19歳の頃の実体験だ。

 今でも鮮明に覚えているので、これを機にかたちにしてみようと思う。

 


 19歳の夏、学生だった私は夏休みを満喫していた。

 友だちと夜遅くまで遊び、両親を心配させたことも一度や二度ではない。

 ただ、純粋に休みが楽しいというよりは、なぜだか漠然とした不安がいつもつきまとっていた。


 そんなふうに漠然とした不安な日々を過ごし、8月の初旬になる。


 ふと夜中に目を覚ますと、体が動かない。

 声も出ない。

 これが金縛りなの?!

 初めての恐怖体験で、逃げ出したいけれど体はまったく動かない。


 その時。

 すぐそばで、何かの気配を感じた。

 唯一、首だけは動いたので気配のするほうへと頭を動かす。


 すると、私のすぐ目の前に、生首があった。

 日に焼けた浅黒い、怒ったような顔をしたおじいさんの生首。

 それが、私の枕元にあったのだ。


 生首は、私のほうでなく、真っ直ぐ正面を向いている。

 ちょうど部屋のドアのほうを睨みつけているような雰囲気。

 生首は、まるで生きているかのような表情だった。


 突然、現れた生首。

 顔を見ても、私はまったくピンとこない。

 親族ではない。

 近所の人でもない。

 少なくとも、私は初めて見る顔だ。


 怖いと思いつつも、私は生首から目が離せなかった。

 すると、口がぱくぱくと動いているのが見えた。

 声は聞こえてこないが、何かを喋っているようだ。

 すぐ隣にいる私は、口の動きで何を言っているのかわかってしまいそう。


 もしかしたら『お前はもうすぐ死ぬ』とか『呪ってやる』というような恐ろしいことを言っているのかもしれない。


 そう思ったら余計に怖くなって、慌てて生首から顔をそらす。

 恐ろしくて、恐ろしくて、このまま私は死んでしまうのではないのかと思った。

 あの世へ連れていかれてしまうのではないか。

 そんなことを考えていたら、ふっと金縛りが解ける。


 体が自由になり、隣を見てみると生首は消えていた。


 その日以降、私は怖くて眠れなくなった。

 またあの生首が現れたら……私は無事でいられるのだろうか。


 しかし、あれ以来、おじいさんの生首が現れることはなかった。

 とても安心したものの、あの生首の正体とそして私の枕元に現れた理由は気になったいたのだ。


 それから数か月後。

 伯母とドライブをしていた時、なんとなくあの生首のことを思い出し、伯母にあの恐怖の夜のことを話してみた。

 すると、伯母は真剣な顔でこう聞いてくる。


「そのおじいさんって、どんな顔だった?」

「丸い顔で日焼けしてて、怒っているような顔つきだったよ」

 伯母はそれを聞くと、ぽつりと呟く。

「亡くなったおじいさんじゃないの」

「え?」 

「あんたにとっては、ひいおじいさん。私はおじいさんの顔を見たことがあるけど、丸顔で日に焼けた肌で、怖い顔してたよ」

「じゃあ、私が見た生首は、ひいおじいさんなの?」

「そうかもしれないね」


 私は亡くなった曾祖父の顔どころか、写真すら見たことがない。

 あの生首、いや、曾祖父が現れたのだとしたら、何を伝えたかったのだろう。

 もしかしたら、私が両親に心配をかけているのを注意にしにきたかもしれない。


 そう考えたら、急に両親や家族に申し訳なくなり、私は家族に心配をかけるようなことをしなくなった。

 それ以降、漠然とした不安も消えていったのだ。


 怖かったが、とても不思議な体験だった。  

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