夏のひんやりスイーツ

いろいろ

第1話

キューー三分クッキング。

という訳で唐突ですが、まずは予め眠らせておいた人間を持ってきます。出来るだけ新鮮なものが良いですね。重いですが想いを込めて運びましょう。キッチンまで引きずり終えたら事前に用意していた巨大な箱に人間を入れます。大きな衝撃を与えないよう慎重に乗せましょう。作業中目が覚めることを考慮して箱と四肢を強力防水テープで貼り合わせます。これでいくら暴れても箱から出るどころか身動き一つすら取れません。次は浄水器のホースを引っ張り出して箱の中へ水を大量に注入します。箱を水で満たしたら蓋を閉め、空気を送るパイプ装置を側に取り付け、特別製の製氷機に仕舞います。普段使いより高めの温度でゆっくり冷やしましょう。そうすることで気泡が減少し、綺麗な仕上がりになります。

冷凍が完了するまで数時間待ちます。この時間を利用して夏休みの課題を進めたり、コーヒーを飲んでリラックスしてもいいかもしれません。ちなみにわたしは紅茶より断然コーヒー派です。当然豆から挽きます。

適当な頃合を見計らって、製氷機の中を覗きます。良い塩梅に凍結しているようなら箱を製氷機から外に出しましょう。外に置いた方が全体像がよく見えます。満足ゆく出来栄えを確認したところで、溶けないように特注の保冷キャリーバッグに詰め込みます。この時箱は不要かつ邪魔なので、人間と接着している面以外は切断してしまいましょう。パイプも外しましょう。

氷がバッグに収まった後は、周りをアウトドア用の保冷剤で取り囲みます。これで少なくとも半日は溶けることがありません。

最後の仕上げに凍らせた薔薇の花を添えて、完成です。

とぅっとぅるとぅるとぅっとぅー。

はい、クッキング終わり。


……はぁ、可愛い。れいちゃん可愛いなぁ。

か細い手足、さらさらした髪の毛、鋭い目尻。身体の部位のどれをとっても可愛い。怜ちゃんの身体はとっても可愛い。可愛い過ぎて殺しちゃったよ☆。厳密に言えば製氷機が殺した訳でわたしの手は下してないんだけど、凍死したことに変わりはないよね。

いやぁ同じクラスになってからというもの、怜ちゃんのことが気になって気になって仕方なくてさ。今まで他人に興味を持つことなんてあんまりなかったから、その反動なのか怜ちゃんへの関心が日を追うごとに高まっていってね。最初は殺す気はなくて、ただ単に友達になろうって思ってたんだけど、今日初めて家に呼んでみたらつい欲望が疼いちゃった。ついコーヒーに睡眠薬入れて、つい製氷機で凍らせちゃった。こんなこともあろうかと日頃から準備しておいてよかった。

しかし見事に凍っていますなぁ。努力した甲斐あって不純物も少ない。天日干しとか標本にするとか、怜ちゃんを保存するやり方は何通りか考えていたけど、結果的に冷凍は上手くいったね。怜ちゃんの凛とした顔がそのまま保存されているよ。生きている時から綺麗だった輪郭とボディラインがより美しく際立っていますぜ。余計な洋服は剥ぎ取ったから生まれたままの怜ちゃんが拝める。わたしに言わせれば衣服なんて怜ちゃんの愛らしさの前では障害でしかないからね。でも一応ハンガーに掛けてクローゼットに閉まっておいた。匂いだけは氷の中から伝わってこないから。これでいつでもくんかくんかできる。あ、声とかも氷からは聞けないか。まぁそこらへんは生前の脳内再生で何とかするよ。

怜ちゃんはクラスの中でも容姿端麗的にも成績優秀的にも一目置かれる存在で、わたし以外にもファンは多い。まぁわたしは主に身体が好きなんだけど。だから失踪がバレたら、てか確実にバレるだろうけど、蟻みたいに多くの人々から非難を頂戴する訳でありんす。場合によっては殺意も向けられるかもしれない。でもそんな未来のことは無視して、今を楽しもうぜ。人間は今を生きてるんだからさ。そういう意味では凍った怜ちゃんには「今」があるのかな。認知していなかったら「今」はないのかな。どちらにしろもう死んじゃったけどね。

ただこうして眺めていると可愛さは生きているよなぁって思う。ひょっとすると生きてる時より可愛い。水の透明感が怜ちゃんの肌と調和して輝きを増してる的な。実際部屋のライトに照らしてみると白い光が反射してより美麗に見える。裸だから尚更だ。怜ちゃんの裸をまじまじと見れるなんて最上級の幸せだよ。スペースの都合上軽度な体育座りの体勢となっていて絶妙に局部が隠れているあたりも評価ポイント。評価する人わたしのみだけど。わたしが怜ちゃんの身体を所有していると知ったら、クラスメイトは嫉妬と発狂の嵐だろうなぁ。ちょっぴり優越感。

怜ちゃんもよくまんまとわたしの誘いに乗ってくれたよ。知り合いになって数ヶ月なのに、一か八かでお茶に呼んだら来てくれてさ。怜ちゃんはそういう触れ合いは苦手な雰囲気出してたから予想外だったね。わたしも苦手だし。そんな怜ちゃんが我が家に訪れたら、そりゃあ勢い余って凍らしてしまいますよ。

あぁ怜ちゃん可愛い。キャリーバッグに入った怜ちゃん可愛い。お人形さんみたい。あるよね、クリスタルの中にレーザーで彫刻が描かれた記念品。あれの上位互換だよ。これが芸術ってやつか。良い作品を生み出すと気分も良いね。まぁわたしが創り出したということよりも、怜ちゃんが可愛いってことが一番重要だけど。

氷の中だと劣化しないっていうことも利点だよね。わたしにとっては人類最強レベルで可愛い怜ちゃんだって歳を取れば老いるし、段々と醜くなっていくだろうし。凍ってくれればその不安要素も水に流せるよ。氷だけど。あと将来のことは考えないって言ってた数十行前と食い違う気もするけど、明るい希望について述べているということで矛盾はしてません。論破です。

あぁ怜ちゃん可愛い怜ちゃん可愛い。具体的には、うーん、絞れないや。全部可愛いもん。怜ちゃんの身体全体が可愛い。性格はよく分かんない。

可愛過ぎて、舐めちゃう。ぺろぺろしちゃう。透明な氷の表面から、怜ちゃんをなぞってみる。一センチの厚みを挟んで、怜ちゃんの顔をぺろり、胸をずるり、脚をじゅぱじゅぱ。はぅぁ、最高。ひんやりして気持ちいい。ふぁはぁぅぇっぁはぅぁっえっへっぁあっ。ぞくぞくする。力が抜けて、立っていられなくなって、肘を付きながら顔を擦り寄せる。キャリーバッグを跨ぐ形で真上から舐めずる。知覚が冷たさに刺激されて、びくんと身体が反応しちゃう。身体が内側から熱くなっていく。冷気を浴びているのに、熱気が止まんない。火傷しそうだよぉ。

感じるがままに舐めていると、段々と舌が動きが鈍くなってきた。血流か何かが悪いのかなと自分の身体には特別興味を抱えずに舐める内に、ついに舌が氷から離れなくなった。あ、あれと思っていると次第に呼吸が苦しくなってきて、垂れた唾液が目下で凍った。不味いと思い切ってうりゃぁっと頭を振り回したら、皮膚諸共取れた。氷の上に舌の薄皮がちょこんと居座っている。自分の方の舌を指で確認してみると、触っているという感覚だけが宿る。これが噂の低温火傷か。小さな初体験に身を踊らせながらも、これ以上は命の危険が伴うかもと判断して、舐めるのは一旦中止。鑑賞に戻るとしよう。怜ちゃんかわゆい。

そうして鑑賞していたら、いつの間にか夜中になった。

楽しい時間は過ぎるのが早いという定説は真実なんだなーと思いつつ、用意周到の精神で明日の身支度に取り掛かる。洋服を出そうとクローゼットを開けたところで、隣に掛けてある怜ちゃんの服が目に入る。そうだ怜ちゃんの服を着ればいいじゃんと思ってキャリーバッグの横に放り投げ、次にキャリーバッグの保冷剤を入れ替える。わたしの舌が裂けるほど強力とは言え、あれだけ体温を吸ったら念には念を入れておいた方がいい。ついでに怜ちゃん入りアイスも製氷機の中へ収容して、扉を閉める間際、こちらも念のため投げキッスとウィンクしてみた。愛の念ですぜ。

全ての準備を整えたわたしは、まだ涼しい空気が流れるリビングに戻り、ソファの上で就寝する。

明日は、街に出掛けよう。



キャリーバッグに人一人と氷数キロを詰めて炎天下のコンクリートジャングルを歩くのは自殺行為だと思いがちだけど、わたしにかかれば何てことない所業だよ。夏のひんやりスイーツは如何ですかぁ?と宣伝しながら歩くことも可能なくらい。まぁそんなことはしないけど。第一怜ちゃんはわたしの物だし。

昨夜の宣言通り、わたしは今怜ちゃんの服を着て地元の街中を歩いている。息を吸うだけで怜ちゃんの爽やかな香りを味わえるから呼吸も捗るよ。ちなみにこの都市はそれなりに発展していて、人口も百万人超えているだとか。だから娯楽施設やイベント事には事欠かない。そんな街を、バッグに隠れた冷凍怜ちゃんと優雅にお散歩しているのです。楽しいね。今ふと思いついたけど、冷凍怜ちゃんって冷凍みかんみたいで可愛いね。ただ直接凍らせている冷凍みかんと違って冷凍怜ちゃんは水の媒介があるけどね。どうでもいいね。

眩しい太陽の下、西洋風のタイルの上、大好きな人の凍死体と一緒に進む街道は心が晴れ晴れするよ。わたしの彼女可愛いでしょー、羨ましいでしょー、って自慢したくなるね。あわよくば涼も取れるし。死んでるけど。怜ちゃんも凍っているとは言え外に出られて嬉しいんじゃないかな。物理的な氷の表情の裏には、きっと愉快な心持ちが潜んでいるでしょう。世に言うツンデレだね。ツンドラでもある。かもしれない。

正直特に予定を立てずに怜ちゃんとデートしたい一心で市街へ出てきたけど、幸いにも夏休みということで色んなイベントが催されているっぽい。家から程よく歩いた先のちょっとした広場に着くと、昼間にも関わらずお祭りのように出店が連なっている。このうち一つくらいは違法営業してそうだなぁと果てしなく無関係なことを考えながら、低温の彼女と散策してみる。今更だけどこの位置関係は彼女というよりかはペットかな。キャリーバッグの取っ手がリードみたいに思えてきた。まぁそれもそれであり。ペットな怜ちゃんも可愛いよ。今は閉じてるから見れないけど。

店と店の隙間を歩き回っていると、最近のお祭りはこんな風なのかへぇと感心する。まぁ昔と何一つ変わってないけど。昔は意味もなく地域の活動に参加したものだよ。今はからっきし、こうして怜ちゃんと遊ぶための手段としてしか利用しないし、今後もそうだろうな。

一通り見回したら、払う金額と正当な対価を得られそうな店を選定する。まず定番のチョコバナナ、いちご飴、かき氷などの甘味系。甘味ならこちらにも怜ちゃんという名のスイーツがあるので、もうお腹いっぱいであると言える。よって却下。第二候補は冷やし中華屋さん。こういう屋台で冷やし中華って中々見ないからミジンコ程度の興味は惹かれたけど、如何せん一皿千二百円と値段が高すぎるので却下。冷やし怜ちゃん。言ってみただけ。

よって、最終候補かつ最もまともなジュース屋さんに決定。キャリーバッグをごろごろさせながらその店へてくてく向かう。西瓜、檸檬、桜桃など夏らしい多種多様な商品のイメージ画像が垂れ幕のように掲げられている店の前まで来ると、鉢巻で額を圧迫するおっさんが年甲斐もなく「へいらっしゃい!」と威勢を張ってきた。来る店を間違えたかと再度看板を見上げても「ジュース屋」の表記は依然としてそこにあったので、商品と店主のギャップが売りなのかなと噛み砕くように理解し、飲み込むためのジュースを二つ注文した。苺味と梨味だ。わたしと怜ちゃんの間に季節感の壁はないからね。強いて言うなら永遠に冬かな。

「でっかい荷物だね。旅行者かい?」

ジュースが完成するのを待っている合間に、おっさんが話しかけてきた。荷物……あ、キャリーバッグのことか。もはや人間として見なしているから急に物扱いされるとびっくりする。中身を見せればおっさんもびっくりして相殺できるね。

「いいえ、彼女です♪」

遂行した翌日から早速警察沙汰になるのは流石に勘弁なので、核心は濁しつつも嘘偽りのない答えを音符付きで奏でた。おっさんは「?」の疑問符を鉢巻の上に浮かべて、曖昧な相槌をレジと一緒に打ちながらも別れ際「毎度ぅ」と挨拶してジュースを手渡した。二つで八百円。まぁそんなもん。

右手にリード、左手にカップをダブルで持っていると、そろそろ何処かで休憩したい思いに駆られる。店の集団を抜けて座れる場所はないかときょろきょろしたところ、広場の奥に噴水が見えた。そういやあんな空間もあったなと追憶して、ごろごろてくてくたぷたぷ歩みを進める。三つ目の音はジュースの揺れる音かね。

天に向かって唾を吐くような噴水に到着し、円形の椅子に座る。キャリーバッグも隣に相席させて、ほっと一息。近くの時計台を見るともう夕方に差し掛かっていることに気付いた。夏だからまだまだ日が高いんだなぁと自然に畏怖しつつ、作りたての苺ジュースをあおる。うん、普通。半分残して梨の方も頂く。梨汁の方も半分残す。残した分は家に帰って怜ちゃんにあーんしてあげよう。氷の上からだばーっと。

噴水の周りでは夏休みに突入して大胆になった子供達が水鉄砲を発砲したり水風船で爆撃したりして世紀末風に遊んでいる。わたしに誤射するなよと心許りに所望してわたしはその戦闘を見守る。暑い日本の夏もああやって遊べば快適に過ごせるんだろうけど……あぁほら大人に注意された。怪我するような遊びは規制されかねないからね。まぁわたしは怪我どころか生死の一線すら越えさせたし、あんな手の平で操れる程度の水遊びとは規模の違う氷遊びに励んでいる訳だけど。

しょぼくれた少年等が表舞台から去ると、それを切っ掛けにわたし達も腰を立たせた。リードを伸ばして、噴射の止まった噴水からキャリーバッグを運んで広場を抜け、来た道を逆再生するように道を辿る。

もう、怜ちゃんとの和やかな休日は十二分に堪能できたかな。キャリーバッグの中の怜ちゃんも、きっと満喫してくれたよね。

じゃあ暗くなる前に、帰ろっか。


玄関を通り、置き去りにした靴に哀愁も込めずリビングに入る。はぁ帰ったぞぅと溜息を吐きながら床の上でキャリーバッグの留め具を解除した瞬間、はっと頭が過去に戻る。

家を出発する時、製氷機の扉を閉めていなかったかもしれない。閉めたかもしれないし、閉めてないかもしれない。どっちか全く分からない。どっちだどっちだ。急に不安になってきた。何故ならこれは由々しき問題。閉め忘れていたら冷凍に影響が出てしまう。早急に対処せねば。そう思い、二つのカップを置いて慌てて台所へ走る。

製氷機の前に駆け込むと、扉が閉まっていることを無事確かめられた。ふう、よかった。これで怜ちゃんもフローズン怜ちゃんのままだ。

そう安堵した時、


がたっ。


後ろから物音が聞こえた。

あれ、おかしいな。この家にはわたししか住んでいないはずなのに。何の音?空耳?

不思議に思って、振り向いた瞬間。



びしょびしょに濡れた怜ちゃんが目の前にいた。




脳が、凍りついた。

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