第6話

 翌日、あたしは塾が終わると、すぐに『注文の多い料理店』へ向かった。

 もちろん、ダイが子ネコのマトを連れてくるのを待つため。

 けれどもいつまで経ってもダイは現れず、


「う~ん、もう少しであたし帰らないと……。大将、もしダイが来たらどうなったか聞いといて」


「わかりましたよ」


 大将は手を動かしながら応える。

 さて、もう少しだけ待つかな。

 あたしは時計とにらめっこしながら、残りの時間、ダイを待つことにした。

 秒針が1周するのをじっくり見続けたところで、


「す、すまないナァ。良子のアネゴ」


 ボロボロになったダイがペットドアを押しのけ、店内へと現れた。


「い、いったいどうしたの!」


 あたしはすぐにかけよると、


「ふっ、ミスっちまったナァ。オレも焼きが回ったもんだぜ」


 なぜか任侠映画のキャラクターのような言い回しを先ほどからしている。もしかして意外と余裕あるのかしら?

 けど、その考えはダイの赤茶色の毛をさわったとたん吹き飛んだ。

 毛にツヤが全く感じられず、バサバサしている。あたしはすぐに、アルに水を用意するよう声をかけた。


「ちょっと、脱水起こしかけてるじゃない!」


 アルが急いで持ってきた水を飲ませ、ダイが一息つくまで見守った。


「ふぅ、生き返るナァ」


 だいぶ回復してきたのか、ダイは今日起こったことを話始めた。


※※※


 ダイの話によると、今日は昼間からマトを探すため、あたしの家の近くで見張っていたらしい。

 そして、太陽がちょうど真上にくる辺りで、目的のマトらしい、サバネコの子ネコが現れたそうだ。

 ダイは気さくなアニキ分のような語り口調で話しかけた。


「よぉ、お前さん、この辺じゃあまり見ない顔だけど、どこから来たんだナァ」


 マトはムシして、あたしが置いたご飯を食べ始めたそうだ。

 ダイはムシされたことにもめげず、さらに話かけた。


「良かったらこの辺のルールや、ご飯が置かれる場所とか教えてやろうかナァ?」


 そうすると、


「あ、ぼくこの辺りに住んでたんで、だいたい分かるんで大丈夫です」


 っていうようなことを言われたらしい。


「まぁまぁ、でも『注文の多い料理店』ってところは知らないだろう? すごい上手い飯が食えるんだナァ」

「いえ、結構です」

「まぁまぁ、そう言うなナァ」


 ダイは捕まえようと、前足を伸ばす。


 スッ!


 マトに軽く避けられ、


「くっ、このっ!」


 で、ムキになって炎天下の中、ずっと捕まえようとしていたら、脱水になって今倒れているということだった。


「全く、なさけないわね。なら、今度はあたしがやるわ!」


※※※


 で、翌日、あたしは学校が終わると、すぐに家に帰り、ネコのご飯を置き、網を片手に張りこんだ。

 大将の案を採用したのだ。

 しかし、1時間経っても現れず。


「あ、やばい、あたしもダメかも……」


 あまりの暑さにクラクラしていると、ようやくマトが現れた。

 なけなしの体力で網を振るうが、

 ひょい!

 軽くかわされ、距離を置かれてしまった。

 ここからさらに持久戦になったらあたしが倒れる。

 体力の限界を悟ったあたしは、


「ふっ、今日のところはあたしの負けのようね。でも、あたしは冷たい部屋で麦茶でも飲ませてもらうわ」


 捨てゼリフだけなんとか吐き、よろよろと自宅へと戻った。


※※※


 マトを捕まえることができないまま、夏休み前、最後の日。

 終業式はつつがなく取り行われた。

 夏休みを楽しみにする子、いまから宿題にうんざりする子、そして――。

 通信簿の結果に落ち込む子。

 あたしは通信簿の中で踊る、3と2の文字たちを穴が開くほど眺めてはため息をつくという作業をかれこれ5回ほど繰り返している。

 帰りの会での先生の話なんて全然耳に入らず、気が付けばほとんどのクラスメイトが下校していた。


「5段階評価でこれじゃあ、お母さんに怒られる……」


 全くいいところがなかったかと言えばそんなこともなく、体育と国語は5の評価をもらっているのだけど、


「せっかく塾に行っている算数、理科、社会が軒並み3って……」


 ついでに他の、図工、家庭科、音楽は2だ。


「得意だからって塾でならっていない国語が5っていうのもまずいわよね」


 きっとやる気がないからだ! とか言われるに違いないわ。


「これはやはり隠すしか……」

 あたしはバレないように算数の教科書に挟み、ランドセルへと突っ込んだ。

 帰り道。あたしは川の手前で立ち止まった。

 小さな川でとてもじゃないけど川遊びはできない。なんでもバス釣りができるらしく、たまに細い釣竿を持った人が何度も竿を振っているのを見るときがある。

 たまたま今は誰もいないようで、あたしの中の悪魔がささやく。


「今なら、ここで通信簿を捨てちゃえば誰にも見つからないぞ」


 よし! 捨てよう!

 そう思ってランドセルを降ろすと、今度は天使の声が聞こえる。


「待ちなさい。通信簿は夏休みが終わると学校に返すわ。捨てたことはそのときにバレてしまいますよ」


 確かにそうだわ! 危ない危ない。危うく考えなしに悪魔の誘いに乗るところだったわ。

 捨てずに隠す方法を考えないと!

 とりあえず、『注文の多い料理店』へ行こうと考えていると、サッと目の前を何かが横切った。


「あれ、マトじゃない!?」


サバネコの子ネコで、150メートルいないの場所。それについこの前見ているのだ。見間違えるはずはない。マトだ!

 むこうは逆に、どうやらあたしにはまだ気づいていないみたい。

 あたしはゆっくりとランドセルを降ろすと、


「ふっふっふ。いつ出会ってもいいように持ってきておいたのは正解だったみたいね」


 あたしはランドセルの中から秘密兵器を取り出した。

「じゃ~ん! 洗濯ネット!」


 これで包むとネコは大人しくなるのよね!

 そろり、そろりと気配を殺し近づく。

 マトはネコじゃらしに夢中なようで、遊び、はしゃいでいて、まだこちらに気づかない。

 しょせん子ネコね! チャンス!!

 あたしはガバッとネットをかぶせ捕獲した。


「よし!」


 あたしは手を伸ばし、マトを掴もうとすると、


「ふぅーー!」


 威嚇の声を上げ、今にも暴れだしそうだった。


「しかたないわね――」


 あたしはランドセルの底からさらに携帯電話を取り出す。

 学校には持って行っちゃいけないけど、こんなこともあろうかと隠し持っていたのよ!

 注文の多い料理店に電話をかけると、大将の低い声が聞こえてくる。


「もしもし、あたし良子。アルに代わってもらえる?」


 大将はすぐにアルに代わってくれた。


――どうしたのニャ?


「今、マトを捕まえたんだけど、暴れないように言ってくれない?」


――わかったニャ。


 それからネコ語で何か話して、しばらくするとマトから緊張が解けたのがわかった。

 再び電話越しにアルに声をかけると、もう大丈夫だから、とりあえずお店に連れてくるようにとの事だった。


「わかったわ。これから向かうわね」


 ゆっくりとマトに手を伸ばす。

 先ほどのように威嚇されることもなく大人しいのでしっかりとつかむと、腕の中に抱き入れた。

 やれやれ、ようやくって感じね。


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