猫レストラン『注文の多い料理店』
タカナシ
第1話
ポツ、ポツ。
塾の帰り、外へ出てみると雨が降り出してきた。
雨はしだいにひどくなる。
「今日って雨の予報じゃなかったわよね……」
あたしは独り言を呟いて、手のひらに雨粒を当て感触を確かめる。
確かに雨だ。本降りだ。
カサも持ってきてないし。どうしたものかしらね。
誰かカサを持っていそうな知り合いはいないかと辺りをキョロキョロと見てみるけど、みんなも同じように突然の雨に困っているようで、親に迎えを頼んでいる子も少なくなかった。
あきらめてもう少し小降りになったらダッシュで帰ろうと考えていると、ヴヴヴゥとマナーモード中の携帯電話が振るえた。
「ん? 誰だろうこんな時に?」
携帯の画面を見ると、『母』の文字。慌てて電話をとる。
「もしもし、お母さん? どうしたの?」
「
「わかってるよ! もう! あたしそんなに子供じゃないんだから!」
勢い良く電話を切ってぐいっとポケットにしまう。
お母さんの中ではあたしはいまだに男の子に混ざって遊んでいた頃のイメージのようで、よくあらぬ疑いをかけられる。
もう小学6年生になるのに、流石に雨の中じゃ遊ばないわよ!
塾用のリュックを背負い直し、薄暗い空を見上げた。
「まぁ、確かに走って帰ろうとしたけどさ……」
5分もすると雨は小降りになってきて、これなら走って帰った方が早いのでは。と考えてウズウズしていると、目の前に車が止った。
ゆっくりと開いていく窓から、とても良く見知った顔と声が聞こえた。
「あんた、今なら走って帰れるじゃんとか思ってたでしょ」
ニヤニヤ顔のお母さんがピタリとあたしの考えを当てた。
「そんな訳無いじゃん。あたし、もう6年生だよ。来年は中学生よ!」
リュックを後部座席に投げ入れてから、助手席へと乗り込む。
「リュックを投げない!」
「は~い」
あたしは適当に返事をすると、ドカッと座った。
「子供らしさは無いかもしれないけど、女らしさもないわね」
お母さんは軽口を言ってから車を出した。
車の中は静かで、あたしはぼぉーと外を見る。
いつもの風景が流れていく。そんな中、毎日疑問に思っているお店の明かりがついている。
あのお店はレストラン『
「ねぇ、お母さん。あそこっていつも閉まっているけど、なんで?」
「え? ああ、あそこ。あそこはね、朝早くから漁師さんのために開けていて夕方5時には閉めているのよ。漁師さんたちの間では人気みたいね。夜開けなくても問題ないくらいだし。最近ではネットでの口コミで観光客もよくランチに行くらしいわよ」
「お母さんは行ったことあるの?」
「そうね。お昼なら何回か行ったことあるわよ」
お母さんの話では、おすすめはエビフライ。デカイ! うまい! 安い! の三拍子そろった究極の品らしい。近海でとれたプリップリのエビにサクサクの衣。この店特製のソースがエビの甘みを邪魔せず、見事な中和をもたらしていると絶賛の声。
なんであたしに言わずに食べに行くかなぁ! ずるい!
あたしが頬をふくらめていると、
「ま、そのうち連れていってあげるからさ」
「むぅ~、仕方ないなぁ」
「漁師が多いからかネコも多いのよ。あんた好きでしょ。楽しみにしてなさい」
「ほほぉ~」
キランとあたしは目を輝かせ、レストラン『注文の多い料理店』を見送った。
毎日のように行かなくてはならない学校。そしてやっと終わったと思っても待ち受ける塾。げんなりしながらいつもは向かうのだが、今日は違った。
全ては可愛いネコちゃんの為に!
塾のリュックには勉強道具のほかに、ニボシにマタタビ、さらにはネコじゃらしを忍ばせ準備は万端だ。
早く終われ~と念じながら受ける塾の勉強はいつもより3割増しでながく感じ、終わった頃にはげんなりとしていた。
「くっ、負けるか。あたしにはネコが待っているんだ」
塾のトイレで顔を洗って気合を入れなおし、今日の装備を再確認する。
うん。ネコ用のおやつに道具はちゃんと入っているわね。あとは……。
トイレの鏡で身だしなみの確認もする。
髪は邪魔にならないよう後ろで結んであって、ヒモもほどけてないわね。
汚れてもいいTシャツにジーパン。こんな適当な格好なのに鏡に写るあたしの姿はかわいらしいことこの上ない。自分の容姿の美しさが怖くなるわ。
気合を入れなおしたあたしは
やっぱり看板は準備中になっているのに明かりはついている。
「明かりがついているのは謎だけど、今はネコちゃんを探すのにちょうどいいわね」
キョロキョロと辺りを注意深く見回し、ネコを探していく。
近所のネコは全員知っていると思っていたはずなのにまさか、こんなところに見落としをしていたとは、ネコ好きにかけて絶対に見つけてやるわ。
ネコの額程の小さな駐車場の端にある草むらで身を潜めつつ探していると、近くの物かげがガササッと音を立てた。
音の感じから大きさはネコくらい。ついにしっぽをつかんだ!
あたしは息を殺し、物かげを見つめる。
がさがさっと音はだんだん近くなり、ついにバサンッとネコが飛び出した。
やっと見つけた!
そう思ったのは一瞬で、
「ありゃ、な~んだ、山田さん家のラムちゃんじゃない」
ご近所に住む山田さんというおばあさんの家で飼われているサバネコだった。
「もしかして、あたしが知らなかったのは、近所のネコが来てるだけだからかな?」
そう呟きながらも視線はラムちゃんを追いかけていくと、ラムちゃんは真っ直ぐにレストラン『注文の多い料理店』へ向かっていった。
ラムちゃんはレストランの扉の前までたどり着くと、扉に頭を押し付けるように進み、そのまま中へと消えていった。
「えっ!」
あたしは驚いて扉へと近づく。
扉自体は特に怪しいところはなく、ステンドグラスがはまったアンティーク調なステキな扉だ。
「ラムちゃんはこの辺から入った気が……」
手探りにその辺りを探すと、一部が中へと開くようになっていた。
「これって、わかり辛いけど、ペットドア?」
ネコとかイヌとかが自由に出入りできる扉。動画でしか見たことなかったけど、こうなっているのね。
興味本位にパタパタと動かしてみる。
中はどうなっているんだろう?
地面へと、べたりと座り、ペットドアを開けて中を覗き込む。
「う~ん、よく見えないなぁ」
あたしはペットドアから頭を入れてさらに中を覗き込む。
それでもよく見えず、さらにさらにと体を入れて行く。
スカートだったらとてもじゃないけど、恥ずかしくてできない格好ね。まぁ、スカートなんてほとんど履かないけど。
ぐぐっ!
ん?
「あ、あれ? 動けない?」
ちょうど胸のあたりで詰まって動けなくなってしまった。
まぁ、ナイスバディなあたしがここでつっかかるのは仕方ないことね。
うん、うん、仕方ないわね。けっして肩幅があるとかそういうことじゃないし。
あたしは気を取り直し、その状態で店内を見てみることにした。
まず初めに気づいたのは、がやがやと人がいるような音だった。
おかしいわね。確か外には閉店の看板がかかっていたのに……。
さらに見てみるけど、人影は見えない。かわりにテーブルにつく動物がいた。
「ネコちゃんだぁ」
それも1匹や2匹ではない。お店の中が満員になるくらいだから、ざっと数えても20匹は居そう。
ネコたちはみんなテーブルでお行儀良くご飯をおいしそうに食べている。その姿がなんといってもかわいい!
ほのぼのとその食事風景を見ていると、1匹の服を着たネコが歩いていた。二本足で。
えっ! 二足歩行!!
あたしたち人間と同じように歩くネコに驚きの声を上げそうになりながらも、なんとかガマンできた。
そのネコからもう目が離せないでいると、服を着たネコは別のネコの近くまで来て、気さくに手を上げながら、
「ニャニャ、このところはどうですかニャ~」
シャムネコっぽいのに、きれいな日本語で語りかけた。
声を掛けられた方のネコも、
「にゃ~、ぼちぼちかナァ~」
と当たり前のように答えており、さすがのあたしも、
「ね、ね、ネコがしゃべったぁぁぁ~~~~!!!!!!!!!!!!!」
思いっきり大声で叫んでしまった。
さすがにこの大声では気づかれ、ネコたちはいっせいにあたしの方を向いた。
「あ、やばっ……」
冷や汗が頬を伝い、ぽたりと地面へと落ちる。
ビニール床に落ちた汗はそのまま粒のまま残って、いっそうあたしに緊迫感を与える。
ど、どうしよう……。
と、とりあえず、ペットドアから抜け出そう!
しかし焦りも手伝って体が引っかかり上手く抜けない。
いつの間にか目の前には服を着たネコが立っていた。
真っ白な毛並みに、水玉のベストを着ている。
「え、えっと、すてきなベストね」
愛想笑いを浮かべながら、声をかける。
「ありがとニャ~」
照れたように頭をかく白ネコ。
「でも、ここを知られたからニャ」
服を着たネコの目が細く鋭くなる。
こういうときの展開としてはよくあるけど、口封じされるってやつよね。
ど、どうしよう。
さらに1滴、汗が地面へと落ちる。
なにか打開策はないか、周囲を注意深く観察すると、ネコの中に見知った顔があった。それも1匹や2匹ではなく、何匹も。
これは使える! と思い、あたしはネコ全員に聞こえるよう口を開いた。
「ちょっと待って! そこのあなた。あなた、山田さん家のラムちゃんね」
「にゃんと! なぜわかったのにゃ」
「で、あなたは、高橋さん家のピーちゃん、であなたは――」
あたしはご近所のネコの名前を次々と答えていく。
学校の勉強はあんまり覚えられないけど、こういうのはなぜか覚えられるのよね。
ほぼ全てのネコの名前を言い終えると、
「ここでのことを飼い主たちに言われたくなかったら、あたしを中へ入れてよ!」
「そ、そんなの人間が信じるはずないニャ」
た、確かに、ネコがしゃべってご飯を食べに来ているなんて信じられないわよね。あたしだっていまだに信じられないけど……。
「でも、家を勝手に抜け出して、外でご飯をもらってるって聞いたら? あたしだったら悲しくなっちゃうな」
「に、にゃ……」
辺りがざわめく。
おっ。これならなんとかなるかもっ!
もう一押し!
そう思った矢先、あたしの上に黒い影が落ちる。
「あ、大将だニャ!」
「大将にゃあ!」
とネコたちの大声が聞こえる。
「あれ? 急に暗くなったけどいったい何?」
頑張って上を見上げてみると、そこには ガッシリした体型で山のように立ちはだかる怖そうな顔の男の人。
コック帽とかエプロンが全く似合っていなくて、余計に怖く感じる。
「え、えっと……」
今度こそもうダメだ。目をぎゅっとつぶって覚悟をしていると、
「もう、みんないじめちゃダメですよ」
野太いけど妙に優しい調子の声が響いた。
「キミ、大丈夫? とりあえず、下がってそこから出られます?」
あたしはきょとんとしながら、「はい」と言う事しか出来なかった。
※※※
あたしは言われた通りに下がると、つまっていたペットドアからはすんなり出られた。
一瞬、ていよく追い出されたのではと思ったけど、お店のカギが開く音がして、すぐに取り越し苦労だったとわかった。
キイィー。と少し油が切れているような音をさせて開いた扉から、先ほどの怖い顔のコックさんが顔をのぞかせる。
「さ、どうぞ」
そう言って見せた笑顔は普通にしているときよりも数段怖かった。
わかってはいたけど、中に入るとそこにはネコ、ネコ、ネコ!
ほとんどが近所の見知ったネコだけど、こんなに集まっているのは見たことがなかった。
行ったことないけど、きっとネコ喫茶ってこんな感じの天国なのね!
いつの間にか大将と呼ばれていた男の人はネコに呼ばれていなくなっていたけど、今のあたしにはどうでもよかった。
あたしがひとしきり感動していると、ふと目に付くものがあった。
それはネコたちの前に置かれた美味しそうな料理の数々だった。
「何これ、おいしそう! なんで、ってここレストランだから?」
「大将が招き入れた客人なら、ボクが答えますニャ」
そう言って一歩前へ出てきたのは先ほどの服を着た白ネコ。
「あなたは……、この近所でも見たことないネコちゃんね」
「そうですニャ。お初にお目にかかります。ボクはここ『注文の多い料理店』の看板ネコを務めるアルというニャ」
優雅に軽く一礼するので、つられてあたしも頭を下げる。
それからアルに流れるように席を勧められ、店内中央のテーブルに座る。
「さて、ここのことでしたね。えっと……」
そう言えば、名前がまだだったわね。
「あたしは
相手も自己紹介したならあたしもしないとね!
「では良子さん、このレストランのことでしたね」
アルはコホンと1つ咳払いし、説明を始めた。
「ここは、朝から昼にかけては普通のレストランなんですニャ。でも、夜にはネコ限定のお店になるんですニャ! うちの大将が創意工夫をこらした料理でもてなすんですニャん!」
アルは誇らしそうに厨房の方を見た。
「大将ってさっきの人だよね?」
あたしの質問にアルはすぐに首を縦に振った。
「でも、レストランで大将って変じゃない?」
「そうなんですけどニャ。シェフとかコックさんよりも大将は大将って感じで、自然とみんなからそう呼ばれているのだから仕方ないニャ」
「確かに、あの顔なら大将って感じよね」
あたしの頭のなかで、コック帽と服、エプロンを脱ぎ、板前さんが着るような服を着た大将が出てくる。
うん。完全にこっちの方がしっくりくるわね!
「でもニャ、実は大将はすごく気が弱くて虫と幽霊が大の苦手なのニャ」
「え~、大人なのに?」
「そうニャ! でもそのおかげでこのレストランが出来たのですニャ」
「どういうこと?」
「それはですニャ。うちの大将、クモとかゴキとか1匹見かけたら、2週間はここに来れなくなりますニャ」
「え、もしかして……」
「そうニャ。ボク達が虫を退治する。その代わりにご飯を作ってもらっているんですニャ」
ドンと胸を張って誇らしそうにアルは言った。
「はい。お待たせ」
急に現れた大将にあたしは「きゃ!」と短い悲鳴をあげてしまった。
店内のネコたちは、「あ~ぁ」という目をあたしに向ける。
「うう、や、やっぱり自分って怖いんッスね」
床に倒れ付して口元を押さえる大将。
「そんなことないニャ。今のは急に声をかけたからビックリしただけニャ」
「ほ、ほんとう?」
こちらを見る大将に答えるよう首をぶんぶんと大きく振ってうなずいた。
「そっか、それならいいんだ。ごめんね驚かして」
「いえ、こちらこそごめんなさい」
あたしは深々と頭を下げた。
「あ、そうそう、よかったらこれどうぞ」
そう言って大将が差し出したのはメロンソーダにバニラアイスが乗ったクリームソーダだった。
「わぁ! ありがとう!」
勢い良く飲んでいると、大将は、
「今日はもう遅いし、それを飲んだらそろそろ帰るんだよ」
あたしは元気に、「は~い」と返事をして、クリームソーダに口をつけた。
おいしい!! なにこれ、本当にクリームソーダ!?
メロンソーダは普通のレストランで口にしているのと同じだけど、アイスがこのメロンソーダのためだけに作られたかのようだわ! 手作りなのか知るすべはないけど、すごくマッチしている。まるで赤い糸でつながった恋人同士みたいに!
このアイス、少し甘みが抑えられたアイスだけどバニラの風味が強くて、これだけ食べても満足できる。けど、クリームソーダになることによってアイスがメロンソーダの炭酸の刺激をまろやかにしてメロンソーダの味を少しも逃がすことなく口の中へと広げていく。反対にアイスを楽しむときにはメロンソーダの味が良いアクセントになり、絶妙な味わいになっている。どっちの味がかわってもこうはならないと断言できる!
このクリームソーダを飲んじゃうと今まで飲んできたクリームソーダはただのメロンソーダとアイスってだけでクリームソーダって名乗っちゃいけない気までしてくる。それほどまでにおいしい一品だった。
あたしは名残惜しくチビチビと飲み、めいいっぱい時間をかけて味を楽しむ。
飲み終わると約束通り帰るために扉に手をかけた。
「また明日も来るからよろしくね!」
あたしは大将たちの返事も待たずに外へと飛び出していった。
おいしい料理にたくさんのネコ。ここはパラダイスね。こんなところ今日一日だけなんてムリな話よね。
「え? ちょっと、明日もってどういうことです!?」
大将の声が聞こえたような気がしたけど、あたしの軽やかな足取りは少しも止まらなかった。
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