第19話 エピローグ
俺は駅前の公園で下ろしてもらうことにした。
いきなりリムジンで家の前につけたら近所になんと言われるかわからない。
ショックでまだ声も出せないでいる俺はよろけながら車外に降りた。目の前に夜の公園が広がっている。朝比奈さんが初めて自分の正体を明かした場所だ。そして俺の背後の車中にはハルヒが召喚したもう一人の存在がいる。
「キョン君! あと半年だけどよろしくねっ!」
いつもの鶴屋さんに戻った声は元気よく、そして暖かかった。やがてリムジンのドアが静かに閉まり、車は去っていった。
長門は公園のベンチで、一年と少し前初めて待ち合わせをした時と全く変わらない制服姿で文庫本を読んでいた。
「あの金属棒は鶴屋さんに渡したよ」
「そう」
「これで良かったんだろうか」
長門から答えはない。
俺は古泉のお見舞いに行く直前、ハルヒが部室に来る前に長門に金属棒に描かれた文様の解読を頼んだ。
「長門、これなんて書いてあるか解るか」
長門はちっこい手で俺から金属棒を受け取りしばらく指を走らせていたが、
「彼らの時間操作は原始的。長い時間をかけて近隣の平行世界を改変している。この情報媒体は、改変する時代の有力者に渡していたと考えられる」
「つまり、自分の支持者というか仲間をつくってそいつらに進んだ技術とかを渡していた……?」
「そう」
そいつらはずっと昔から俺たちの世界に働きかけていたんだ。たぶん鶴屋家はその協力者たちの一つなんだろう。
「何が書いてあるんだ?」
「複数の先進的技術情報、今後の歴史的トピック……子供の育て方などが圧縮された状態で記載されている」
「子供ってあの赤ちゃんだな?」
「そう」
この指示通りにあの赤ちゃんを育てると、将来とんでもないことになるらしい。俺とハルヒばかりでなくたくさんの人々が苦しむことになる。
そして朝比奈さんの未来は生まれない。
「長門、それを書き換えられないか」
「可能。しかし私は改変内容を決定できない」
「子供に関することを全部消したら、その赤ちゃんだって普通に育つはずだ」
「わかった」
それから長門は机の上に置いた、金属棒に触れると一瞬の閃光が走った。それで消去が終わったらしい。
俺は夜空を見上げる。空気が澄んでいるせいかやけにくっきりと見えた。
結局ハルヒは暴走しなかったし、世界は終わっていない。俺はやるべきことはやったんだろう。あの子が鶴屋家の跡取りになるのか、強力な権力を握ることになるのかはわからない。でももう情報は消したし、あの鶴屋さんなら自分の弟をそんな風にさせないはず……。
「ちがうんじゃないか」
俺は独り言を言う。何かずっと前から覚えていた違和感の正体。これまで鶴屋さんはハルヒが巻き起こす騒動をずっと温かく見守っていた。
みんなの幸せを見ているだけで、あたしも幸せなのさっ
もし、それが本心でなかったとしたら。
自分が鶴屋家の跡取りになるという
これで超能力者、未来人、宇宙人……そして異世界人がそろったことになる。
「これから先どうなるんだろう」
俺の問いにこたえは返ってこない。すぐ横に座っている長門は部室にいるときと全く同じ姿勢で本を読んでいる。こいつにとって事態は完結したらしい。
俺は以前からこいつに訊くつもりだったことを思い出す。
「長門」
「なに」
「お前は一体、いつの存在なんだ」
長門は俺をチラリと眺め、それから微妙に目をそらした。読みかけの本からしおりを取り出して俺に渡す。しおりにはあの奇妙な文様が書かれていた。
”わたしはここにいる”
それがどんな意味を持つのか、今の俺には解る。
……ほんの少しだけ。
秋風タービュランス 伊東デイズ @38k285nw
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