第18話 彼方より
「キョン!」
「ん?」
「なにぼーっとしてんの? 帰るわよ」
いつの間にか俺は病院の正面玄関フロアにいた。ハルヒは俺の気持ちがどこかに飛んでいると即座に感知する能力があるらしい。俺は持っていた携帯をポケットに入れた。
「……悪い。古泉の病室に鞄を忘れてきた」
「あんたは相変わらずね。ま、いいわ。ここで解散にしましょ。明日は今後の団の方針について話したいことあんのよ。あんたも必ず来なさいよ」
足取りの軽いハルヒを先頭に制服姿のSOS団三人娘は玄関ロビーを抜け、自動ドアの向こうに消えた。
俺は病棟のナースステーションに向かう。鞄を置いてきたのはわざとだが、もう時間を過ぎているので代わりに取ってきてもらった。
看護師の女性に頭を下げてお礼を言い、俺は再び携帯の画面を見つめ、鶴屋さんからのメールを改めて読む。これから向かう先は駐車場だ。
「キョン君。乗ってかない?」
俺が広い見舞客用の駐車場に入ったときだ。リムジンのドアがあいて、鶴屋さんが手を振った。
これで俺は偶然、病院に来ていた同じ学校の先輩に送ってもらったことになる。すべてメールの指示通りだ。
車中に招き入れた鶴屋さんは進行方向を背に俺と向かい合った。運転席とは仕切りがあって後部座席の会話は聞こえないようだ。
「突然メールが来たんで驚きました。やはり発端は鶴屋さんだったんですね」
「まあ、ね」
「ずっと俺はあなたの手のひらで踊っていた。新聞情報の改変だって鶴屋家ならできたかもしれない」
「古泉君がそう言ったのかな?」
鶴屋さんは学校で見せるよりずっと大人っぽく見えた。冷静で何か大きな目的のために動いているかのような。
「俺の考えです」
「古泉君はいい友だちを持ったね」
「どうですかね」
車は駐車場を抜けて、ゆっくり郊外に向かっている。少しばかり話は長くなりそうだ。車窓から流れ込む街路灯の光が鶴屋さんの輪郭をあらわにする。いつもの冗談めかしたところはまったくない。
「あたしも最初は全然信じてなかったんだよね」
「ハルヒを、ですか」
「ううん。ハルにゃんは間違いなく本物。不思議な力を持ってるってこと、自分の望みを必ず叶える人なのはわかってた。あたしはそんなハルにゃんを見守っているだけでよかったのさ。でもね、うちのおやっさんとか親方衆が動き出してさ……『機関』とは方針がすこし違うらしいんだよね」
「鶴屋家は『機関』のスポンサーって古泉が言ってましたが」
「うちは代々男子相続なの。でもあたしは兄弟がいない。それで
「まさか、あの子供が……」
「百年ぶりの儀式なんだってさ。きっと昔も同じことがあったんだね。子供を川に流すふりをして、下流で拾う予定だったんだ。でもうっかり流されたところをキョン君たちがひろったってわけ。あの子は候補者だったんだよね。あたしの遠縁の子だよ」
「もしかしてあの場所にいたのは、」
「全員、鶴屋家ゆかりの人たち。分家とかお社のお守りをする人とか」
「でも、その儀式は徒労になった」
「うん、本当に赤ちゃんが流れてきたから。『機関』の手も借りて子供の素性を探ったんだけどわからない。それでさ……。キョン君は赤ちゃんのほかに何か拾わなかった?」
思わず俺は胸ポケットに手をやる。そこには金属棒が入っている。長門は別の世界線からの干渉と言っていた。
「俺が渡さなかったらどうします?」
「キョン君はずるいよ。キョン君には長門さんや古泉君、そしてみくるがいる。別の未来からやってきた未来人さん」
「どうしてそこまで知ってるんです」
「あたしたちは遠い昔から、こうやって家系を繋いできたの。キョン君が拾った物はその指示が書かれているってわけさ」
車は高速に乗って、隣町にひた走る。
沈黙が続く車中で俺は金属棒を取り出した。細く長い箸のようなそれは車外からの光で淡く輝いている。鶴屋さんは促す言葉もなく、じっと俺を見つめている。静かに深い知性のきらめきを見せる瞳で。
「質問していいですか」
「部室にいる時みたいに肩の凝らない話しようよ。訊きたいことは何を訊いてもいいさっ!」
向かい合う薄暗がりの中で鶴屋さんが笑ったようだ。これは社交辞令ってもんだろう。ほんとうは俺なんかが気安く話しかけていい人じゃないんだ。
「これを渡したらどうするつもりなんです」
「それを読み解いて、お告げの通りにするかもね」
どうやって鶴屋家の人々がこれを読むのかは解らない。だが自分たちの世界線だけでなく他の世界線まで変えようとするやつらは解読方法も一緒に伝えたはず。
「ずっと昔、あたしのご先祖様の鶴屋
「でも、鶴屋さんが
鶴屋さんは黙っていた。たぶんそれが答えなんだろう。
だがまだ俺には訊きたいことがあった。
「あの赤ちゃんは鶴屋家が引き取ったんですね?」
「あたしの弟、になるかもね」
俺は黙って鶴屋さんに金属棒を差し出した。
鶴屋さんは俺から受け取った金属の棒を丁寧にハンカチで包んで鞄に入れた。
「ありがとうキョン君。最後に一つだけ教えてあげる。昔、あの焼けた岩場に行った話をしたでしょ。そこで誰かを待っていた記憶。違うんだよ。ほんとはあたしがお爺ちゃんに迎えに来てもらっていたのさ。それがあたしの人生最初の記憶なの。あたしもたぶんあの赤ちゃんと同じなんだ」
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