【自主企画「スランプを吹き飛ばせ!!」】参加用作品

かえる

あの夏の思い出

     ◇ ◇ ◇


 昼間の強い陽射しも和らぐコンビニの駐車場。

 早朝に買うサラリーマン達とは違い、俺は夕暮れ時になって、一杯の缶コーヒーに口をつける。

 そうして俺は、流し込む黒い液体の喉越しから、小6の頃の出来事をふと思い出していた。


 今と変わらず、セミの声もうるさいコンビニの駐車場が俺達の集合場所で、クラスの仲間達と夏の陽射しを嫌いながら物陰で寄り合っていた―――。


「カネダくん、ついに見つけたんだね」


 数日見ないうちに、肌をずいぶんと小麦色にしたケイコが言ってくる。

 家族と海へ出かけていたらしいケイコを始め、周りのみんなは俺の手にある茶色い袋に釘付けだった。


「親父のヤツ、タンスの中に隠してやがった。普通、食いモンをタンスに入れるか?」


「よっぽどカネダに見つけられたくなかったんだろ、オヤジさんは」


 連れの一人、テツオがそう言えば、みんなも笑った。

 そしてテツオは、俺から俺の戦利品である茶色い袋ブツを受け取ると、ほうほう、と眺めた。

 親父が上司から貰ったとかで自慢していたブツの中身は、高級なコーヒー豆だ。

 たかだかコーヒー豆。しかしそのやたら値が張り貴重らしい話に俺は興味を持った。

 しかしながら、子供のお前には早いと大人にしか分からない味とやらを理由に試飲を断られた。

 なら、自慢するなよ、と文句を垂れた俺は、数日掛けてこのブツの在り処を見つけ出し、みんなとその大人にしか分からない味とやらを検証しようと集まっていたのだ。


「じゃあ、早速、ケイコんに行って、コーヒー作ってもらおうぜ」


 みんなが首肯し立ち上がったのと同時だった。

 俺達の集まりの影から、のそりと湧いて出た野郎どもがいた。

 大将ツラのヤツは隣のクラスのデブ――クラモトとか言う名前だったが、寒くなるといつも団子鼻を赤くしているから、『ピエロ』とあだ名をつけてやったヤツだ。


「ピエロごときが、気安くカラんで来てんじゃねえぞ?」


 相手の自慢の鼻先で、俺は上背のあるデブを見上げながらも睨む。

 その威圧に呼応するように、後ろではテツオを始めとした男子三人が臨戦態勢をとる気配。いつものことだ、ケイコら女子二人は後ろに下がっていることだろう。

 ピエロのほうも動きを見せた。

 5、6人の人影が俺達を囲む。


「なんだかよお、良さげなモン持ってるじゃあねえか、あん? カネダよお」


 臭い息を吐くようにして言えば、ピエロはテツオの持つ茶色い袋ブツへと視線を送り、手下どもに目配りした。


「そんなに欲しけりゃ、ぶんどってみな、デブスケ野郎ッ」


 俺のこの啖呵たんかが、取っ組み合い開始の合図になった。

 もみくちゃになる中、飛び蹴りを放った―――時だった。


「カネダッ」


 吠えたテツオが駐車場で転がっていた。

 それから事態を飲み込んだ。しかも好ましくないそれだった。


「ハハハ、じゃあな、カネダ。ブツはもらっていくぜ」


 捨て台詞を吐いたピエロとその手下達が一斉に自転車チャリに乗って駆けてゆく。


「くそ、追うぞ!」


 俺達も停めてあった自転車にまたがる。

 女子をコンビニに残して、ガリガリペダルを漕いだ。

 そんな俺達集団の先頭をひた走るのは、ブツを手放したテツオだった。






 急勾配の坂を、ぐんぐん駆け下りる。

 ゴウゴウと風を切る音が鳴る中、俺は自転車のスピードを加速させる―――のだが。

 ここは通称『度胸試しの坂』。

 駆け下りた先には急カーブがあって、勢いをつけ過ぎると曲がりきれずに民家の壁に衝突する。


 急カーブがもうすぐそこまで迫っている。なのに、テツオの背中が一向に近づかない。

 そうこうしている内に、減速しないままテツオが曲がる体勢に入った。

 後ろから続く俺の前で、テツオのチャリがギャリギャリとタイヤを鳴らす。

 俺もタイヤを鳴らしきしませながら、慣性移動パワースライドでチャリの腹を進行方向へと向けた。

 その刹那、前方で壁との衝突シーンが展開された。


「テツオおおおおッ」


「カネダああああ!」


 曲がり切れなかったテツオの叫びに後押しされながら、俺はムカつくピエロのチャリ集団を追った。






 夕方も近い空の下。小学校の裏山に俺達は集まっていた。

 野郎ばかりのここには、俺達がとっ捕まえたピエロ達三人もいる。

 もちろん高級コーヒー豆ブツは回収済みで、これから行うのは縄でふん縛るこいつらへの制裁だ。


「お前ら、サロンパスの刑な」


 岩に腰掛ける俺が宣告すれば、テツオがガサゴゾ鳴らすコンビニ袋から四角い紙の箱を取り出す。

 でかでかと『サロンパス』と描かれた紙箱が開くと、ツンとした刺激臭が漂った。

 テツオが、ぺりぺりっとサロンパスのフィルムを剥ぐ。


「ピエロらしく、泣いて詫びろ」


 ピエロことクラモトの目元に、ばしり、とテツオの張り手が襲う。

 目隠しをするように、両方の目にサロンパスが張られた。

 テツオに習い、他の仲間も残りのピエロの手下に刑を執行する。


「ぐごおお、目が、目が、しみぐがあああ―――」


 こうしてピエロ達にお仕置きをした後、俺達はケイコの家に向かった。





 とんだ邪魔が入りもしたが、目的は達成できそうた。

 いい香りがする広い部屋。

 ケイコのウチのリビングで、俺達は今か今かと、例のコーヒーを待っていた。

 縦長のテーブルを囲む俺達の前には、よりどりみどりの洋菓子が皿に盛ってある。

 そこに白いカップが、ケイコのきれいな母親の手によって次々と置かれていった。

 カップの中身――つややかな黒い液体は、待望のコーヒーである。


「お砂糖とミルクはこっちね」


 ケイコの母親はそう教えてくれたが、俺、いいや男子全員は、その『お砂糖とミルク』に興味はない。

 コーヒーとはブラックを指し示すものだと、俺達男子は男の美学としてそれを知っているからだ。

 恐る恐るといった様子で、俺達は自分達が大人であること証明するため、目の前のコーヒーに口をつけた。

 そして、このコーヒーはただのそれではない。高級であり一流のコーヒー。その味は特別に違いないはず。





 カップの中身を飲み干すことなく、ケイコの家を後にした俺。

 まだぞんぶんに残りがあった豆は、そのままケイコの母親にあげた。

 だから、お礼を言われた。

 あとその時に、俺が持ち込んだコーヒーの説明もケイコの母親は話してくれた。

 

 なんでも、『コピ・ルアク』という貴重なコーヒー豆だそうだ。

 聞いた感じだと、親父が自慢したくなるくらいにはそうらしい。

 そして、どういったコーヒー豆なのかも聞いてしまった。

 端的に、豆はネコの糞だそうだ。

 つまり俺の飲んだ黒い液体はそういうことになる。


 更には、自宅に帰るとケイコの母親が高級コーヒー豆ブツのお礼を俺の母親にしていた。

 そうなると、親父の耳に入るのは当然のことで、案の定、その夜に親父の鉄拳制裁を受けた。

 ほんと、ネコの糞といい、後味も悪い苦い夏の思い出だ―――。


 ぐいっと缶コーヒーの中身を飲み干すことで、巡らせた昔の記憶を終わらせた。

 ガコン、とコンビニのゴミ箱に缶を捨てる。


 暗くなる駐車場では、停めてある俺の単車の周りに単車乗り達が集まっていた。


「メンツはそろったな」


 チームの仲間に声を掛ける。

 そこには、一際大きい赤い単車を、しげしげと眺める中肉中背の男がいた。


「たまには俺のと取り替えるか、テツオ」


 試しに聞いてみれば、遠慮しとくとばかりに肩をすくめられる。


「ピーキー過ぎて俺には扱えねえし、こんな調整で乗っているお前の気がしれねえ。それに赤色カラーが俺の趣味じゃねえ」


「カネダのバイクの文句は結構だけどよ、今日はちゃんとついてこいよ、テツオ。お前よく転けるからさ」


 仲間の誰かの茶化しに、当の本人はムキになり、俺を含めた周りは笑う。

 そんな俺達が今夜走るのは、最近『ジョーカー』とかいうチームが幅を利かせているらしいとの噂がここまで届いたからだ。

 それでその調子にノってるチームのリーダーが、中学の時に引っ越したあのムカつくピエロってんだから、隣町まで出向いて、ひとつ挨拶でもくれてやらねーといけないわけだ。


「俺は今夜テツオがコケるにワンコインだ」


「おい、カネダ。俺が転けるかどうかで賭けなんてすんじゃねえよ。それよりもだ。ちゃんとピエロ用にサロンパス持ってんだろうな」


「抜かりはないさ。缶コーヒーと一緒にさっき買った」


 テツオとそんなやり取りをしながら、俺はキーを回し、またがる赤い単車に熱を入れる。


「さて、行くか」


 ジョーカーを潰しに、俺達『蛇光ジャコウ』は爆音とともに夏のを駆けるのであった。



          了


 ~あとがき~

 なんだか、久しぶりに文章を描いた気がします。

 良いきっかけになる企画をありがとうございました。

 それと、良い子はサロンバスは正しい使用方法で。

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