番外編『二年生のとある教室にて』

 それは一学期の出来事である。

 教室でスコアブックを見ている田城。その右隣の席で読書する高坂。の、後ろの席の椎名は最後列で椅子をユラユラ揺らしながら暇そうにしている。

 ……この二人、席隣同士でいつも本ばっか読んでんだよなー。長年連れ添った夫婦か? てかタッシーはスコアブックとか経典見てっけど、高坂はいつも何の本読んでんだ? 堅苦しい秘伝書か?

 気になった椎名は、後ろから顔を出し本を覗き見する。すると書かれている内容に驚愕した。

 ちょっと待て、この女、まさかっ……!

 ちょうど剣道部員に呼ばれて席を立つ高坂。机の上に取り残された本にはカバーがかけられている。椎名は、後ろの席から手を伸ばして本を掴む。田城はそれに気付くと、

「おい、勝手に何してんだよ」

「一瞬だけ……」とカバーをパラリ捲る。

「ふっ、やっぱりな」

「何が『やっぱり』だ。さっさと戻せ」

「タッシー、隣の席の女はとんでもねぇモン読んでやがる……」

「はぁ?」

 椎名はスッと表紙を見せながら、

「エロ小説だっ」

 タイトルには『中世騎士が忠誠したのは淫魔だらけのお嬢さま倶楽部クラブだった3』と書かれている。

 思わずバサバサバサとスコアブックを落とす田城。

「あの女、清楚な顔しといてなかなかの変態だった」

「だ、誰が変態ですかッ」

 と、高坂が椎名に抗議する。

「ゲッ、戻りはえーよ」

「貸してた竹刀を返してもらってただけです。それに引き換え人の物を勝手に持ち出して、心外です! 椎名くんには武士道精神がないんですか?」

「あるワケねーじゃん、剣道部じゃなくて野球部だもん」

「え、野球部には武士道がないんですか……?!」

 高坂は本気で困惑している様子だ。

「うるっせー、教室で淫乱本読むようなド変態に武士道もクソもあるかっ」

 と言いながら、椎名はガタッと立ち上がる。

「やめろ、オマエのその言動が非道極まりねーわ」

 田城が言葉で制した次の瞬間、竹刀の先が、椎名の喉元で止まる。左片手一本突きに竹刀を構える高坂は、

「次に、私の愛読書を侮辱したら……突きます」

 目が真剣マジだ。

 牙突? と田城は内心思いながら、

「いや、高坂も……竹刀は脅す為の道具じゃないだろ」

 と、宥めると、高坂は我に返り、

「は、すみません! 田城くんのおっしゃる通りです。私が未熟でした!」

 と、頬を赤らめて竹刀を戻す。

 だがそれで事を済ませる椎名ではなかった。

「はんっ……上等だオラ、未熟で済むんだったら剣道部はただの殺人集団じゃねーか」

 後ろのロッカーの上に置かれたバットを何故か雰囲気で出してくる。椎名はキレやすいらしかった。騒がしかった教室も、不穏な空気に徐々に静まり返る。

「いい加減にしろ、椎名」

 と、田城がそろそろ本気で止めに入ろうとすると、

「……聞き捨てなりませんね、今の言葉。剣道で人をあやめる事はできませんよ」

 本気で止める相手がもう一人増えた気がする田城だ。

 高坂は静かに士気を強め、続ける。

「椎名くん、私に三尺以上の物を向け攻撃するのなら、私はアナタを容赦しません」

「おもしれー、その竹刀へし折って、泣きっ面拝んでやんよっ!」

「待っ──」

 一瞬の出来事すぎて田城が止めに入る間もなかった。

 椎名の振ったバットを電光石火、竹刀で軽々と上方へ弾き飛ばしたかと思えば、ヒュンヒュンヒュンと回転しながら落ちてきたバットを高坂はパシリッと手元でキャッチし、クルリ回して椎名に持ち手側をスッと差し出す。

「どうぞ。大事なバットとアナタの身には、傷一つ付けていません」

 妖艶に笑む高坂を、田城は只々見惚れた。

 これが、武士・高坂亜実にクラス全員が堕ちた瞬間だった。

 尚この後、田城の仲介の元、椎名も謝ったのでめでたし、めでたし!

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