第105話『女主将の苦悩ってヤツ』

 翌日の放課後──。

「白付、結局優勝逃したかー。あそこのチームやっぱ強かったもん」

 と、部室へ向かう途中の外廊下で恵は残念そうに言った。隣を歩く田城は、

「それでも頑張ったよ、二-六だってな」

「まぁ、俺達も頑張ったけど!」

 昨日の今日で苦い思い出が蘇る。

「本当、外野陣には頑張ってもらったし、なんだかんだ山田もよく投げて──」

 田城が言葉を切ったのは、その山田が外廊下に突っ立っていたからだ。

「あんな所で何してんだろ? 山田の奴」

 と、恵はキョトンとする。

「さぁ……」

 すると、後ろの方からゾロゾロと物々しい様子のいかつい集団が歩いてくる。

「おっと、剣道部のご帰還か」

 振り向いた恵は呟く。

 一番前を歩くのは一回り二回り華奢な主将の高坂だが、制服を着ていなければ女子だと一目で気付かない程、キレイな顔をしたおとこの雰囲気だった。

 田城はチラリと見やる。外廊下の両隅では女子生徒達が、

「はぅ、こーしゃか様お帰りなさい♡」

「しゅてき……美しくて罪深いわ……」

「試合後の雄々しい雰囲気がえっちでけしからん……」

「昨日の個人戦、優勝なさってますますオスみが増してりゅ♡」

 と、花道を作っている。その光景に恵は呆気に取られ、

「相変わらずスゲーな、高坂の人気っぷり」

「そうだな」

「クイーンの選抜メンバーにも入ってたもんなー。タッシーはもちろん高坂に投票すんだろ?」

「……ナイショ」

 高坂は田城に気付くと、後ろを振り向き部員達に声を掛けた。

「私は野球部の主将さんにご挨拶がしたいので、アナタ達は先に道場へ行っておいてください」

「はい、分かりました」

 高坂お付きの女子部員が返事をすると、ゾロゾロと田城達に軽く会釈しながら通り過ぎて行く。

 すげぇ……さすが生真面目集団、と半ば感心する田城に、「あの」と高坂が呼び掛ける。なんとなく、ピリピリしているように見えた。いつの間にか女子生徒の花道も解散している。

「地区大会、お疲れ様でした。野球部におかれましては好成績を収められ、剣道部一同心よりお祝い申し上げます」

 何だその堅苦しい挨拶……何者?! と恵は初めて目の当たりにして面食らう。

「あぁ……ありがとう。そっちは今日の団体戦、どうだった?」

 田城のこの問い掛けに、みるみると高坂の表情が険しくなる。

「惨敗、でした……! 男女共に初戦突破する事ができず……! 私が、不甲斐ないばかりに……本当に……己が情けなくて」

 ホロホロと涙まで溢している。

「あー、タッシーが泣かせたー」

「俺ッ? いや、でも、昨日の個人戦ではブロック優勝したんだろ? なら良かったじゃん」

「私が優勝しても……チームで、勝てなければ……これだから女主将のチームはと……部の皆さんに、申し訳が……」

 武士のガチ泣きだった。

 男子が多い部の女主将の苦悩ってヤツか……恵も貰い泣きしそうになる。

「そんなの言う外野は勝手に言わせとけば良いよ。男とか女とか関係なく、部員達はオマエを認めて付いてきてくれてんだろ」

 田城は高坂の目線の高さに合わせて、真剣にそう説いた。

「高坂はよくやってるよ。俺だって、認めてる」

 菩薩のように柔らかく微笑むものだから、高坂は「田城くん……」と落ち着きを取り戻し、涙を拭う。

 涙脆い恵はついホロリと貰い泣きしてしまう。

 そんな感動ムードの中、

「高坂さんっ!」

 と、空気を読まない二号の山田が駆け寄ってきた。ちなみに一号は椎名だ。

「山田くん?」

「あの、おか、お帰りなさい……」

「はい。山田くんも、昨日登板されたそうですね。お疲れ様でした」

「う、うん……十失点しちゃったけど」

「そうですか。じゅっしって……十失点?!」

 高坂は田城の顔を見る。山田の名誉の為にその事は伏せて伝えていた田城だ。

「強力打線だったから」

 と、フォローを一応入れておく。

 十失点した彼に私は何と声を掛けたら良いのでしょう??

「それは……頑張り、ましたね」

「うん……! 自分、高坂さんに喜んで欲しくて、がが頑張ったんだけど、結局負けちゃって……」

 どうでも良いが山田は俺とタッシーの姿が見えてないのか? と冷静に恵は思う。

「それでも、やややっぱり、伝えたくて……自分は、自分は高坂さんが好きですっ! 付き合ってくださいっ!」

 山田は叫んだ。

 うん、やっぱ俺達の姿見えてねーな。

 しばらく目をパチクリしていた高坂だったが、やがてその場で正座をし始めた。

「ええ、高坂さん?! 何を……?」

 青褪める山田。ギョッとする二人。

「大変、申し訳ありません……」

 と言うと、まるで見本のような美しい座礼をした。だがハタから見ると土下座である。

「高坂さん……やめ、やめて!」

 高坂は頭を上げると背筋を伸ばし、山田の顔を見た。

「一身上の都合ゆえ、私はアナタとお付き合いする事はできません。そのお気持ちだけ、有難く頂戴いたします……」

「だ、だよね……」

 と、山田は肩を落とす。

 山田、気を確かに……心折れんな! と恵は心の中で励ました。

「ですが、誰かに想いを伝えるのはとても勇気のいる事です……私は山田くんが投げている姿を拝見した事はありませんが、きっと、とても勇気あるピッチングをされる、良いピッチャーなのでしょうね」

「こ、高坂さん……!」

「いつの日か是非、試合を拝見させてください」

 ニコリと笑みを向けた。

「うん! うん……! 自分、もっと出番貰えるように頑張るっ」

 グシグシと男泣きする山田の肩を、恵は黙ってポンポンと叩いた。

「あ、めぐくん……いたの?」

「山田、オマエひでーな! タッシーも何か言ってやれっ」

「え……うん」

「どったの? さっきから惚けて」

「いや、別に……」

 と、田城は目を伏せる。

「それでは私はこれで」

 と、立ち上がる高坂に、

「あっ、スマン高坂、オマエに渡すモンがあるんだった」

 思い出して、田城は、恵及び山田を先に行かせた。

「生徒会から追加の宿題でも出されたんですか?」

 高坂が首を傾げると、

「そうじゃないけど……これ、お土産」

 バッグから取り出した物を、田城はポンッと渡した。

「ネコちゃんのキーホルダー……?」

「オマエ、よく猫グッズ持ってるから好きかなと思って……一応ご当地キャラらしい」

「こちらを、私に……?」

「何て言うか、応援してくれた、お礼。昨日だって、高坂のおかげで山田も頑張ってくれてたし」

 途中までだけど、とは心の中で付け加える。

 何も言ってこない高坂に、もしやビミョーだったのかな……と、田城はここで初めて気付く。だが、

「嬉しいです……とっても可愛らしいネコちゃんです! ありがとうございます♡」

 と、耳を赤らめて、高坂はメスの表情で喜んだ。

「そう言ってくれて、良かったけど……」

「このキャラクター、ぬるネコさんですよね! 私、密かに好きなんです」

「あ、これぬるネコって言うんだ」

「はい、あまりメジャーではありませんが」

 早速付けてみますね! とイソイソと竹刀袋のファスナー金具に取り付け始める。

 武士の魂を入れるモンにそんなの付けて良いのか……? と少し心配になる田城だ。

「できました! どうでしょう?」

 竹刀袋に温い猫がニャーン! と揺れている。

「うん、良いと、思う……」

「一生、大事にしますね」

「そこまで大事にしなくてもっ」

 とツッコミながらも、田城の耳がほんのり赤らんだ。それを隠すかのように、

「あのさ、そっちの部は文化祭何かすんの?」

 と、世間話で誤魔化す。

「はい! 模擬店をしようと思ってます」

「あ、ウチとおんなじ……」

 その様子を死角から覗き見する二つの影があった。

 あの温い猫のキーホルダー、自分もホテルの売店で見かけて止めといたヤツだ! かか買っとけば良かった……!

 ポンコツ奥手くんが女子に贈り物を……! デザイン微妙だけど、高坂の心を掴むなんてタッシーやるぅ……!

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