第104話『十分後出発なのに』
『今日は残念でしたが改めてベスト4入りおめでとうございます。大健闘誇らしく思います。こちらも個人戦でブロック予選優勝し来月の県本選へ出場します。明日は団体戦です。それではまた学校で』
相変わらずあいつらしい文面……と思いながら、田城は届いたばかりのメッセージに目を向ける。ホテルのロビー横を歩いていたが、立ち止まってから返信を打つ。
『ありがとう
そっちも優勝おめでとう
明日も頑張って』
それだけ打って送信し、ちょっと淡白だったかな、と少し気にしていると、ふと、目の前の売店に売られた、ご当地キャラクターらしい
猫……。
田城はキョロキョロと周りを見渡した。メンバー達はこれからホテルを後にし帰路に着くので、各々帰り支度をしているはずだ。
よし、と意を決して、キーホルダーを掴んだ。
その様子を、横のロビーで休憩していた(小さすぎて田城は見えてなかった)万理に、目撃されていたとも知らず……。
ね、ねぇちょっと……! キャプテンさんが女子向けのキーホルダー買ってるんだけど! ま、まさか噂の高坂先輩にお土産だったりして?! それ、どちゃくそ
もはや完全に万理の推しとなってしまっている。
それにしてもキャプテンさん……そのキーホルダーのデザインは、女子が貰って嬉しいか正直微妙なところよ……。
万理は教えたい衝動に駆られたが、余計なお世話だと思い直した。
「あ? なんでテメーが風呂入ってんだよ。今日負けたんだから、とっとと帰りやがれ」
露天風呂へやって来るなり、千宏は先客を見て言い放った。
「言われなくても十分後にはここを出発するし」
と、露天湯に浸かる翔斗は澄まして言う。千宏はチャポンと入りながら、
「オマ、十分後出発なのに風呂入ってるとかどんな神経してんだ、自由かっ」
「うっせ、オマエに言われたかねぇ。
「俺達のせいじゃねーもん。頑としてあの宿を譲らなかった老人会に言ってくれ」
「そこは率先してお年寄りに譲ってやれ」
翔斗はすかさずツッコミを入れる。
「にしても、
キシシ、と千宏は笑う。
白付も同じ球場で、北条の前に準決勝が行われたが、こちらは見事勝利していた。
「楽しんでもらえて良かったよ」
と言いながらもジトリ見やる。
「まーまー、オメーらの分まで勝ってやるから、地元に帰って血眼で練習に励むと良いよ♪」
「そうさせてもらおうか……」
翔斗は鋭い目線を向けると、そういえばと思い出し、
「三葉から聞いたけど、森、マネージャーの一人が眼鏡外すと桜に似てるからって、追いかけ回してんだろ?」
「あのアマ……! 喋りやがって!」
「そういうの、怯えられるからやめた方が良いぞ」
翔斗からの忠告に、千宏は鼻で笑うと、
「あの変態ブラコンは図太すぎて、逆にこっちが怯えるレベルだわ……」
どーゆう事? と翔斗は思う。
「それに、やっぱ女の子らしい恥じらいを持った桜の方が、断然良いって気付いたぜ」
フッと千宏は謎な笑みを浮かべる。
「ふーん、そうっ……」
と、翔斗は眉を顰める。するとそこへ、露天風呂の扉がガラリ開くと、
「あー、翔斗くん! やっぱりここにいた! もう皆とっくに集合してるよ!」
プンスコ怒りながらやって来たのは、桜だった。当たり前だがちゃんと制服は着ている。
「桜?! ここ、男湯だぞ?!」
翔斗は焦る。
「大丈夫だよ、誰もいなかったもん」
「そういう問題じゃねぇ……」
マジで三葉に似てきたな、と翔斗は冷や汗を掻く。
女の子らしい恥じらいを持った桜はどこに……? と千宏は思考が停止している。
「ほら、翔斗くん! 早く出る!」
「桜がいたら出れねーよっ!」
あっ、そっか、と桜は踵を返し、「じゃあ一分以内に来てね!」と言い残して出て行った。
翔斗はようやくザバリと立ち上がると、一応千宏に「じゃあな」と声を掛けて露天風呂を後にしようとする。その背中越しに、
「おい、ショート!」
と、呼び止められた。翔斗は「あんだよ?」と振り返る。
「次は、来月の一年生大会でな」
千宏がニヤッとした表情を見せた。
翔斗はしばし目を瞬かせて、
「あぁ。次こそやり合おう!」
ニッと笑って、今度こそ露天風呂を後にした。
翔斗が急ぎ足でホテルを出ると、目の前に停まったマイクロバスは発車寸前だった。
急いで滑り込んで、怒り顔の監督に「すみません……」と平謝りし、空いた席を探していると、
「もう、すぐどっか消えちゃう翔斗くんは、罰として私の隣です!」
前方に座る桜が、通路側の隣の席をポンポンと叩く。ニヤニヤするメンバー多数。
別に良いけど……と翔斗は心なしか頬が赤くなりながら、着席する。バスは待ちくたびれたかのように走り出す。
「悪かったな、探し回ったんだろ?」
ほどなくして翔斗は隣に謝った。
「マネージャーの務めですから。お風呂でヒロちゃんと何の話してたの?」
「あー……次は一年生大会だな、って話」
色々と端折った。
「そういえば来月だもんね。準決勝と決勝が、文化祭と被っちゃうのは残念だけど」
もちろん狙うは
「文化祭と言えば、武下が言ってたけど桜、クイーンの選抜に残ったって? クイーンに選ばれたら大忙しだな」
「私も武下くんからそれ聞いたんだけど、辞退しようと思って」
「え、そうなの?」
「うん。と言っても、クイーンに選ばれるとは思ってないけど……文化祭出れないかもしれないって最初から分かってるのにそのままにしておくのも、どうかなって」
「それは……残念、だな」
「私は、一年生大会に同行して、皆を応援する方が良いから」
えくぼを覗かせてニコッと笑う。
「そうか」
と、翔斗も笑みを返す。
良かった、いつも通りの桜だ……そう思うと、翔斗はますます嬉しくなった。
「あの、なんか、ごめんね。ちょっと心配させてたみたいで」
桜はおずおずと言った。何の事を言ってるのか分かっている。
「あぁ……うん、けどもう大丈夫そうで、良かった」
「実は、私ね……」
ポツリポツリと語り始める桜の昔話を、翔斗は真剣に頷きながら受け止めた──。
そんな前方の二人の様子を眺めて、
「なんとまぁ、仲睦まじい事ー」
中程の席に座る宮辺は、ジトーとした目を向けている。隣の席の武下はハハッと笑って、
「がーんばれっ」
と軽いノリで励ます。
「キミは良いよね。てゆーか、バスの席余ってんだから、新聞班も乗れば良かったのに」
「……あの子はガチお嬢様だから、野郎まみれのバスに三時間揺られるのは耐えられないんだよ」
有料特急に乗って帰るって言ってた、と武下は付け加える。
「凄いねっ、宿泊も自腹なんでしょ? どこの資産家の娘だよ」
宮辺は冗談のつもりで言った。
「いやまぁ、それはおいおい……」
と、口籠る。首を傾げる宮辺に、ピロリン♪ と通知音が鳴る。携帯電話の画面を見ると、メッセージが届いていた。
『ユウくんお疲れ様ー! ベスト4おめでとう♪ でも足が心配だよぅ、、、ノリくんも夏に右足故障しながら投げてたから、やっぱり二人とも似てるって思っちゃった。それでも投げ抜いたユウくんはもっとスゴイ! さすが渚の王子様♡ ご馳走用意して帰りを待ってるね!』
目を通すと、テンションたっか……と呆れながらも、目を細めて「ヘイヘイ」と呟いた。
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