第103話『超サイコーっ』

「僕の代わりにマウンド立つからには、しっかり投げてくださいよー」

 と、宮辺はベンチ内からジトーとした目を向ける。

「う、ううううん、もももちろんだよ!」

 と、恐怖を隠しきれていないピッチャーの様子に、大丈夫かな……? と田城はそっと息を呑んだ。

 この日の準決勝は、宮辺がドクターストップで登板できない為、控えピッチャーの山田が投げる事になっている。前日の休養日に対戦校の情報含め、できる限りの対策は施したが、あとは山田のメンタルに掛かっていた。

 ちなみに対戦校は数年前にセンバツで優勝経験がある。言わずもがなの強敵だった!

「あちゃー、山田先輩そうとう緊張してんなぁ」

 と、ベンチ前で素振り中の武下は苦笑いしながら声を漏らす。

「いいじゃん。今日、外野そっち大活躍しそうだな」

 嫌味ではない。翔斗は至ってポジティブだ。

「はは、超サイコーっ!」

 笑顔が引き攣る武下は、田城先輩司令塔殿マジで頼みます! と神頼みせざるを得なかった。

「なんならいつでも代わりますからぁー」

 ご機嫌斜めな宮辺はしつこくベンチ内から山田に絡み、登板できないストレスを発散させている。

「コラ、オマエは投げれないだろ。先輩をイビるんじゃない」

 と、田城は指摘すると、ベンチ前の隅で直立不動気味になっている山田に声を掛けた。

「さっきブルペンで受けてみた感じ、悪くなかったよ。ちゃんと球走ってる」

「えぇっ?! ほほほホントぉ?!」

 パァーッと明るい表情になる山田。素直さが憎めない所だ。

「うん、自信持って投げて大丈夫」

「そ、そうかなぁ! へへ、良かったぁ!」

 と、嬉しそうに頭を掻きながら、

「この試合で頑張って投げたら、こここ高坂さんも喜んでくれるかなぁ?」

 テヘテヘと、いつの間にか例の消しゴムを握り締めている。田城はすぐに返答できなかったが、やがてニコリと笑みを見せた。

「あぁ。高坂もきっと、オマエが頑張って投げた事知ったら、喜ぶぞ」

 投手を励ましモチベーションを上げるのも、捕手の役割の一つである。



「え、嘘……」

 だが嘘でもなんでもなかった。

 試合が始まってから仕切りに我が目を疑う万理だったが、五回が終わった時点で、無失点どころかノーヒットに抑えている山田に度肝を抜かされた。

「ちょ、ちょ、ちょっと彼イイじゃない! 誰よ、ヘボピッチャーみたく言った奴! さすがメンバー入りしてるだけの事はあるわ。むしろ宮辺くんと良い勝負じゃない?!」

「オマ、一昨日と言ってる事エラく違うな。てか、俺そこまで言ってねーし」

 と、またも解説係で捕まっていた長谷部は睨む。

「言ってたわよ! 宮辺くんが投げられなくなったら終わる、って!」

「『終わる』とは言ってねーッ。『ヤバイ』つったんだ!」

 どっちも同じじゃない? と万理は怪訝そうに思う。

「山田先輩、今すげー気持ちが安定してんだろな。本来の力が発揮できてる。このままノッてくれたら優勝も夢じゃないかも」

 ドヤリ顔の長谷部に、

「ちょっと、変なフラグ立てないでよ!」

 と、万理は笑いながら冗談を言った。


 攻撃陣だって奮闘した。

 四回表で打線が繋がり、クリーンナップからの快進撃で満塁のチャンスを作ると、七番打者──この日ファーストでスタメン起用された宇水うすいが、タイムリーヒットを放ち、二点を先制した。二年生達が「よく頑張った、うしゅいー!」と一斉に歓喜の涙を流す光景が異様だったが。

 さらに次打者の武下が、一点追加する事に成功し、三点のリードを付けて山田を後押しした。

「前の回、よく当てたな」

 グラウンド整備に入り、ベンチ内で翔斗は羨望を込めて言った。

「俺レベルになれば、スクイズなんてお手の物よ」

 武下は鼻高々に返す。翔斗はバント処理が苦手なのだ。

「それにしても先輩、絶好調で凄いな」

 と、翔斗は山田に目を向ける。

「あー、結局前半、外野こっちヒマだったわー」

「その代わり、内野こっちにチョロッと出番あったかな」

 とは言えゴロ処理程度だ。

「あーあ、せっかく華麗に走り回って好返球スーパープレーを披露したかったんだけどなぁー!」

 と、武下は、カラカラと笑った。


 もう、勘弁してくれ……!

 外野陣の心の叫びは山田に届く事もなく、痛快なヒッティング音と共に、幾度となく芝生中を駆けずり回される。

 ──それは六回裏から始まった。これまで好投を見せてきた山田が、相手打線についに捉まり、立て続けにヒットを打たれる。それでも根気良く女房役が、

「高坂も今頃きっと大会頑張ってるから、俺達も負けずに頑張ろう」

 などと励まし続けたが、その甲斐虚しく、一イニングで一挙五得点を挙げられ、一瞬で逆転されてしまう。

 高坂マジックもここまでか、ありがとう……と田城が仏の如き微笑を浮かべ、気が付くと、八回の時点で被安打数は二桁を軽く超え、点差も六点に広がっていた。

「や、やめてぇ……山田先輩の気力・体力は共にゼロよ……!」

 と、スタンドでは万理がカタカタ震える。

 しかも打たれたほとんどが長打だった。センターからは「山田ァ!」と椎名がキレる声、ライトからは「山田……!」と恵が懇願する声、レフトの武下は「山田せん、ぱい」と白目を剥く姿が見受けられた。

 あいつの『好返球スーパープレー』まだかな……? と、中継プレーに勤しむ翔斗は密かにワクワク待つが、一向に披露される気配もない。

 それどころか、もう一点を追加されてしまい、これを以て北条は八回コールド負けとなった。


「惜しかったねー、山田先輩も頑張ってたんだけどなー。やっぱ僕が投げないとダメかー」

 ベンチ内で嬉しさを滲ませる宮辺に、桜は苦笑いして「整列行こっか」と促すと、駆けながらメンバー達の背中を目に映す。

 本当に、皆よく頑張ってた。長い長い秋の戦い、お疲れ様でした……。

 桜は胸の内でチームを労った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る