第17話 エピローグ

「あっ、こっちです! こっちこっち!」


 店に入ってきた男を見つけ、サニーは手招きした。

 王都の表通りにある食事処。

 庶民的な店内に似合わないような端正な顔立ちをした背の高い男は、彼女の声に従って席へ着く。


「――待たせてしまったかな」


「いいえいいえ。拙者、エンシス殿のことなら3日ぐらいは待ち続られるというものです」


「それはそれでどうかと思うが」


 エンシスは苦笑しながら店員に料理を注文をした。


「……それで、話というのは?」


 彼の言葉にサニーは笑顔を浮かべた。


「はい。ラティさん周りの情報をまとめていまして」


「……ラティの?」


 サニーの言葉に彼は眉をひそめる。


「はい。実は拙者、半ばラティ殿に養われていたようなものでしたので……ラティ殿がいなくなった以上、どうにか自分で食い扶持を稼がねばと」


「ふむ?」


「そこで始めたのが記者です! 拙者の隠密能力は、影が薄すぎて魔神殿にすら放置されるほどに強力なもの!」


「あはは……。そういえば木の上から落ちて気絶してたんだったか」


「ええ、あの時は死ぬかと思いました」


 こほん、とサニーが咳払いをする。


「……というわけで、いろいろ取材しようかと思いまして。よければエンシス殿からもいろいろ聞きたいのです」


 彼女の言葉にエンシスは首をひねる。


「うーむ……。しかしそれは家の問題でもある。何とか兄に全ての雑務を押し付けて爵位の剥奪は免れているが、あまり表立って噂になるのは避けたいところだ」


 彼の言葉にサニーは頷いた。


「はい。なので今回のものは一部情報をぼかして、冒険活劇のように書こうかと」


「なるほど……。……それならきっと、ラティも喜ぶよ」


「そうでしょうか? ……まあラティ殿が口出しすることはできないので、発売したもの勝ちということで一つ。絶世の美女ラティメリアの伝説で一山当ててやります」


 サニーの言葉に二人は笑う。

 店の店主が、サンドウィッチを持ってきてテーブルの上に置いた。


「……といっても、俺は詳しい事情までは知らないからな。あの時だって、俺は足止めをしていただけだ」


「足止め?」


 エンシスは肩をすくめるような仕草を見せた。


「ああ。魔神の手下は体内にあの『白い人形』を飼っていてな。5体に襲われたときは死を覚悟したよ」


「ほほう……。そんな死地をどうやって切り抜けたんです?」


 目を丸くしつつ興味津々に尋ねる彼女に、エンシスは苦笑した。


「切り抜けてはいないよ。コボルトくんたちと協力して、市街地の中を逃げ回ってたんだ」


「コボルト殿たちと?」


「うん。彼らは穴を掘るのが得意だからね。出ては隠れ、隠れては逃げ……。そうしているうちに彼らは動かなくなって、ラティが魔神を倒したことを知った」


「なるほど、なるほど……」


 サニーはコクコクと頷く。


「……と、まあそんなところさ。面白い話じゃないだろう?」


「いえいえ、そんなことはありませんとも。なにせエンシスさんと話をしているだけでも拙者は面白いのですから! もっともーっと! お話がしたいです!」


 露骨にアピールをするサニーに、彼は笑いながら頬をかいた。


「……さすがにこれ以上妹の友達と親交を深めすぎるのは、いろいろと問題がある」


「そんな……! いつまでもラティ殿に縛られていてはいけません!」


「……縛られているつもりはないんだが……」


「――それに……」


 サニーは視線を伏せる。


「……ラティ殿は、もういないのですし」


 その言葉にエンシスは天井を見上げた。

 目を閉じて、ため息をつく。


「……そういう問題ではないだろう」


「そういう問題ですとも!」


 サニーはそう言うと、目の前に握りこぶしを突き出した。


「シスコンであるエンシスさんを陥落させるには、ラティ殿がいない今がチャンス!」


「シ、シスコンって……。そんなつもりは俺には無いが」


「いーえいーえ! 絶対そうです! 女の拙者にはわかります! ささ、ラティ殿が帰ってくる前にいろいろと遊びに行きましょう! こうしてはいられません! へいマスター! お勘定!」


 そう言ってサニーはテーブルの上に幾枚かの貨幣を置くと、エンシスの手を引っ張って店の外へと連れ出すのだった。



  §



「うーあー……あっつぅーい……」


 差し込む太陽の光がチリチリと肌を焦がします。

 ゴウンゴウンと轟音が響き、わたしの耳を刺激しました。


「――『監視塔』、作ってみたものの全然気持ちよくないですねぇ」


 そこはダンジョンの最上階、地下から生えた塔の上です。

 魔神さんを次元の狭間へと放流したことで、『白い人形』はその動きを止めました。

 それは魔力の結晶のような魔法生物だったらしく、消化槽にぶち込んでみたところダンジョンのレベルは10ぐらい大きく上がったのでした。

 外を眺めることができる『監視塔』の他にも、ダンジョンの表面に敷き詰めて日光のエネルギーを魔力へ変更する施設だとか、魔力を利用して地面を掘り進めてダンジョン自体を動かす自走機関だとか、さまざまな設備が一度に解放されました。

 ……とはいえ、あまり無駄に使ってはまたダンジョンの魔力が尽きてしまうのですけれども。


「こらー! ラーティー!」


 石造りのような『監視塔』の階段を登ってきつつ、ミアちゃんが怒ったような声をあげました。

 その姿は、以前と違って少しばかり急成長しています。

 だいたいわたしより2,3歳ほど下ぐらいの外見でしょうか……?

 なぜ彼女の姿がそんなことになったかと言うと――。


「日の光は浴びるなと言ったろうが! 今、ラティは『レッサーヴァンパイア』なんだぞ!」


 そう言いながらミアちゃんは、呆れるようにため息をつきました。

 ……魔神さんと戦った後のこと。

 瀕死だったわたしを助ける為に、ミアちゃんはわたしの血を吸いました。

 それは何やら魔術めいた物らしいのですけれども、詳細はわかりません。

 結果、わたしは『レッサーヴァンパイア』となり、ミアちゃんは『ヴァンパイア』になったとのことです。


「あはは。通りで暑いわけですね」


「笑い事じゃないぞ! 弱っていればそのまま灰になるかもしれないんだからな! ……ああもう、少し火傷してるじゃないか!」


「大丈夫だいじょうぶ、この体凄いんですよ。たぶん1時間もすれば治りますし」


「……そういうことじゃあない!」


「はいはい。もう表には出ませんから……」


 ミアちゃんはわたしの腕を取り、地下の方へと引っ張ります。

 どうやらわたしの体を心配してくれているようです。

 ……この体になってからと言うもの、なんだかミアちゃんの言うことを無性に聞きたくなってしまったんですよね。

 ミアちゃんの言葉に従うと、その……心地良いんです。

 ……まあべつにミアちゃんは無茶な命令をしてきたりはあんまりしないので、困ったりしているわけではないんですけど。


「――面倒な体にしてしまってすまないな、ラティ。あの時はそれしか手段がなかった」


「いえいえ、全然。わたしは気にしてませんし、感謝してますよ」


 どうやらミアちゃん、他人の血を吸って仲間を増やすというヴァンパイアの体質があんまり気に入ってらっしゃらない様子。

 わたしはそれで命を取り留めたので、文句なんて何もないんですけど。

 ――そうそう、命を取り留めたといえば。


「あっ、ラティさん! どうだったッスか『監視塔』は!? っていうかダンジョン、本当に動いているッスか!?」


 螺旋階段の途中、グラニさんとすれ違いました。


「ええ、それはもう凄いですよ。巨大なダンジョンがズズーっと動いてます」


「うひょー! 見たい見たい!」


 そう言いながらグラニさんは階段を駆け登っていきます。

 ――戦いの中で、わたしは魔神さんの腕を大剣で切り飛ばしました。

 グラニさんは戦いの最中、それを食べることで魔神さんの不死性をわずかながらに獲得したらしいとのことです。

 彼女いわく、「尻尾を切り落としても3日ぐらいで再生されるようになった」とのこと。

 ちなみに切り落とした尻尾は勿体無いからとステーキにされて食卓に上がりましたが、人の顔を見ながらその体を食べるという体験はなかなかに恐ろしいものでした。……二度と食べたくはありません。

 それにしても、グラニさんに魔神さんの『呪い』が感染していないかは、少しだけ心配なのでした。

 ……まあ、ピンピンしているし大丈夫なんだとは思いますけれど。

 わたしがそうしてミアちゃんに連れられて水晶の部屋に降りると、そこではヨルくんがぽよぽよと待ち構えていました。


「――ラティ。あと少しで目的地に到着するよ」


「おお、ついにミアちゃんのご両親にご挨拶ができる……」


「いや、ラティ。これそういうのじゃないから」


 わたしの言葉にミアちゃんが首を横に振りました。


「……っていうかね、ラティ。血を吸うっていうのは、その、血族を増やすような行為というわけだ。だから、その」


 ミアちゃんが顔を赤らめて、しどろもどろ言葉を選ぶようにして喋ります。


「――両親に挨拶とかジョークのつもりかもしれないが、本当にそんなことを言ったらちょっとシャレにならない」


「あ、そうなんですか……?」


 えーと、つまりそれは。


「わたしはミアちゃんの家族の一員に……?」


 ミアちゃんの家系はコウモリなんでしょうか。

 それともヴァンパイアなんでしょうか。


「あ、あれは不可抗力だから! 家族とかそういうの、ラティは気にしなくていいから!」


「……ミアちゃんはわたしが家族になるの、嫌ですか?」


「い、いやだとかそういう問題じゃなくてだなぁ……!」


「……そうですね。それよりも、どちらが花嫁さんなのかが重要な問題かもしれません」


「それは本当に重要なことなのか!?」


 ミアちゃんをからかいつつ、わたしは笑いました。

 うーん、でもたしかに吸血鬼が血族を増やすって、男女とか関係ありませんからね。

 つまり女性同士のカップルもあり得るということ……。


「……とにかくラティ、あと少しの辛抱だ。きっと実家になら、何か吸血鬼化を治す方法があるはず……」


 ミアちゃんはそう言って、わたしの体を心配してくれます。

 わたしはその様子が微笑ましくて、思わず笑ってしまいました。


「……まあ急ぐ必要もありませんし、のんびりといきましょう」


 わたしはヨルくんをクッション代わりにして座ります。

 ――思えばダンジョンに来てから、いろんなことがありました。

 ……アリー先生はもういませんが、先生から教わったことは全てわたしの中に残っています。

 きっとこれからも、ミアちゃんやグラニさん、コボルトさんに、そしてまだ見ぬダンジョンの仲間たちと、のんびりとした生活が続いていくのでしょう。

 ……それなら吸血鬼のままでもいいかな、なんて思ったり。

 ミアちゃんの家族になるのもまた、面白いのかも……。

 吸血鬼は不老の噂だなんてもありますしね。

 ……はっ! わたしはもしや、永遠の若さを手に入れてしまったのか……。

 そんな益体もないことを考えながら、わたしはダンジョンが移動する振動にゆるりと体を任せます。


 ……こんな楽しい生活が、ずっとずっと続きますように――。

 わたしたちを乗せて、ダンジョンは今日も稼働します。

 その洞窟の続く先にいったい何があるのかはわかりません。

 でもそれはきっと楽しい暮らしなのだろうと、わたしは思うのでした。

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迷子スキルのダンジョンキーパー 滝口流 @Takigutiryu

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