不眠症その2


 雪は部屋の前まで来て何故か俺が中に入るのを止めた。まあ、雪だって年頃の女の子な訳だし、兄貴だからってプライベートな部屋にドカドカ入るのもどうかと思う。


「き、きちんと寝るから……ありがとうひろちゃん」


「ほら、お肌年齢がどーのって言ってただろ、なんか眠れない理由でもあるのか?」


「……」


 何故か雪は俺の顔を見て、また背けて、また見る……そんな謎のチラ見を繰り返していた。なんだなんだ、俺の顔に何かついてるのか??


「どうした?」


「あのね……ひろちゃん、このまま1階に戻ってくれると嬉しいな〜なんて……」


「?? まあ、雪がちゃんと寝るならこのままリビング戻るしいいけど……」


 よく分からないが、俺は雪に部屋を見るなと暗に言われているらしい。確かピンクで統一された落ち着かないイメージしか覚えていないが、あれに何か追加されたんだろうか?

 背中を向けて下に降りようとした瞬間、背後で雪が思い切り転んだ音がした。


「ゆ、雪!?」


「うぅ、いたた……」


 目を閉じたまま部屋のドアを半開きのまましゃがんでいる。


「どこぶつけた、大丈夫……」


「ひゃああああ! ひろちゃん、雪の部屋見ちゃダメ〜!!」


「はぁ??」


 雪は隠しきれなかった自分の部屋を俺に見られた方が辛かったらしい。一体何が──


「……ポスター?」


 ベッドの真横には紳士服を来たゲームのキャラクターが微笑んだ巨大なポスターが貼られていた。

 まあ、雪は女子校に居るから、別に異性関係のゲームの話が出たり、2次元とかそういうものに興味があるのは至極当たり前だと思う。

 寧ろ俺以外の男に興味を持ってくれた方が少しは安心したというか……。


 ただ、そのポスターがどう見ても見覚えのある画像に見えて仕方ない。これはあまり考えたく無いんだが、どう見ても似てる。まるで双子かと思うくらい。


「……これ、まさか俺?」


 雪は顔を押さえたままコクコク頷いていた。


「……これ、まさか執事カフェのやつか?」


 恐る恐る真実を尋ねると雪はまたコクコク頷いている。

 最近はCG技術も凄いらしいから、俺の写真1枚程度加工するのなんて簡単だろう。

 しかしだ。

 何故あんな執事カフェの写真を後生大事に、しかもこんなバカデカいポスターにするまで、一体誰に依頼したんだ!

 俺じゃなくてももっとイケメンとか芸能人とかアーティストとか色々あるだろ、なんで俺……。


「……雪、これの出処はどこだ」


「あのね、ひろちゃんの執事人気がありすぎて、写真部で何枚か出回ってたみたいなの。全部回収したんだけど、どうしても雪の許可が欲しいからって、これは雪にだけ特別作ってくれたやつで……そのぉ……」


「……いや、別に俺は有名人でも何でも無いから、俺如きの写真がどこに出ようと悪用されなければどうでもいいんだけど……そこまでして飾りたいか? こんなの……」


「何言ってるの! ひろちゃんの笑顔は100万ドルなんだよ!!」


 100万ドルって、それは女側に使う方じゃないのか? 俺の笑顔にそんな価値あるとは思えない。

 やはり雪の目は悪いのか明らかなブラコン補正がかかりすぎている。女子校のせいで尚更他の男を見る機会も少ないから尚更変な道に進んでしまいそうだ。


「まさか……雪が夜に眠れない理由って……」


「このひろちゃんを見てると胸が苦しくなって、幸せな気持ちになって、気がつくと朝になってたりするの」


 本当に幸せそうにそう語る雪。これはかなり重症だ。よく、恋の病だとか言うものがあったけれど、雪の場合とんでもない合成写真に恋焦がれてしまっている。

 多分、雪の不眠症はこのポスターを剥がしてしまえば解決しそうなのだが、これを捨てたらきっと雪に一生怒られそうな予感もする。


「分かった、雪が寝るまで手を握っててやるから、そのうちこのポスター剥がしてしまえ。こんな人間の顔に見つめられていたらそりゃ寝れないだろ……」


「えっ! ひろちゃん隣に居てくれるの?」


「毎日は無理だけど、まあこんなに眠れなくなるなら可哀想だし。あと、ちゃんとポスターは剥がしておけよ」


「はぁ〜い」


 やや渋々の様子だったが、俺が手を握ると言った途端、雪はポスターを丁寧に剥がして机の引き出しにしまった。

 そして嬉しそうにベッドに横たわると俺に手を出してきた。これを握れと言うことか。


「雪が寝たら俺も宿題しなきゃ行けないから部屋戻るな」


「うん! ありがとうひろちゃん。ああ〜ひろちゃんの手はあったかい。気持ちいい」


「いいから、下らない事考えないで寝ろ」


 羊を数えたり、雪は色々俺に話をしたかったのか雑談をしていたが、手の温もりが気持ちよかったみたいでそのまま1時間半くらいでようやく寝落ちした。


 俺の顔を加工したポスターはすぐに剥がしてくれたが、これからも不眠症の度に呼び出しされたらこっちの身が持たない……何か他の対策を考えないと、と思い俺はそっと雪の部屋を後にした。

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妹が可愛い過ぎて困っています。 蒼龍 葵 @aoisoryu

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